乗り越えられないと思っていたたくさんのこと。





それでも私たちは生きてこられた。





それはきっと、お互いの存在があったから。














哀しみの華
















「翼、そっち!」

「ああ、わかってるよ!」





私たちの目の前にいる、真っ黒な塊。
動物のようにも見えるが裂けた口から牙を見せ、4本の足と4本の腕があるそれはこの世のものではない。
人間の目には到底追いきれないほどのスピードで、私たちに襲いかかってきた魔の者に追いつき、動揺したところに一撃を喰らわせる。





『ギィィィーーーーーーーーーー!!』





私に叶わないと悟ると、魔の者は雄叫びをあげて翼に狙いを定める。
スピードはあるものの、まっすぐに翼へと向かう魔の者に向けて翼が両手を掲げた。





「僕に向かってくるなんていい度胸だね。」





そう言って不敵に笑うと、翼の両手は光に包まれ、その光は向かってきた魔の者を包んだ。





『・・・ァ・・・ァァァ・・・』





その光に浄化されるかのように、魔の者は少しずつ姿を失い
光が消えるとともに、その姿も失った。

















「・・・ご苦労さま、。」

「翼もね。」





西園寺グループ会長の娘、玲さんと会ってから、私たちは少しずつ彼らの仕事に協力するようになった。
とはいえ力を使えば私たちの存在が目立つことはわかっている。
だから、彼らでは手に負えない魔の者が現れたときのみの協力だ。





「あのスピードについていけるなんて、驚いたな。」





今回の依頼は、身体能力のずば抜けている魔の者を祓うこと。
力こそたいしたことはないとはいえ、その能力の脅威は動物並みの身体能力。
ただの人間では目で追うことすらできない。姿を捕らえることができなければ祓うことだってできない。
そこで私たちに魔の者の動きを止めるように依頼がきたのだ。





「・・・はあ・・・。」

?」

「やっぱりいつまで経っても慣れないわ。」

「・・・そうだろうね。」





先ほどの魔の者との交戦中に奪った力を、自分の体に吸収する。
少しの飢餓感が満たされて、けれど出てくるのはため息しかない。





「とりあえずこっちは一件落着。一馬と竹巳の方はどうなのかな。」

「大丈夫だと思うけどね。そのうち連絡が来るよ。」





いつもは私たちの中で協力できる人が西園寺グループと行動をともにするのだけれど、今回の魔の者は複数。
最初にお目付け役として一緒にいたペアで別れ、それぞれで対処することとなっていた。












「終わったみたいだな。」





翼が携帯を眺めていると、私たちの後ろから声がかかる。
振り向いた先には二人の人影。





「そっちも問題はなかったみたいだね。」

「ああ、真田が意外と強くて驚いた。」

「意外とって何だよ黒川っ。」

「悪い悪い、今の褒め言葉だから。」





翼と同じ西園寺グループに属する黒川くんと、一馬だった。
二人ともケガもなさそうだし、何も問題はなかったようだ。





「後は藤代と笠井か。・・・っと。」





残りの彼らの名を呟いた瞬間、翼の携帯が振動した。
連絡がきたと携帯を開いて中身を確認すると、翼が呆れたようにため息をついた。





「あいつらも問題なかったみたいだ。・・・で、そのまま二人で遊んで帰るってさ。」

「またか。もともと人懐っこい奴だったけど、あんなに他人に懐くのなんて初めて見た気がするな。」

「よっぽど気が合ってるんじゃない?」

「・・・どうでもいい。終わったなら俺らも帰っていいんだろ?」





不機嫌そうな顔をする一馬を見て、翼と黒川くんが顔を見合わせた。
そのまま理由を問うように私にも視線を向けたので、困ったように肩をすくめる。





「真田、まだ笠井と喧嘩してるわけ?」

「別に。」

「別にって顔してないよな。」

「うるせえな、ほっとけ!」





そう、実は今も竹巳と一馬はギクシャクしている。同じ家にいても必要最低限しか話さないのだ。
竹巳はともかく、一馬は意地になっているとしか思えないのだけれど、二人を仲直りさせるようなさりげない気遣いが私にできるはずもなく、ズルズルと今の状態のままできてしまっている。





「俺らって言ってたけど、も一緒に帰るの?」

「当たり前だろ、家が同じなんだから。」

「メシでも誘おうかと思ってたんだけど、どうする?」

「え?」





突然話をふられ、間抜けな声を出してしまった。
そして少しだけ考えるとすぐに返事を返した。





「今日は止めとく。私も帰るよ。」

「そう、残念だな。」





何だかふてくされている一馬をほっておく気にはならなくて。
翼は私がそう答えるのを予想していたように、笑って頷いた。























「行けばよかったのに。」

「別に。気分じゃなかっただけ。」

「ふーん。」





もう『監視期間』も終わっているから、翼たちとはさっきの場所で別れた。
暗くなった道を二人並んで歩く。





「今日も竹巳・・・遅いのかな。」

「・・・。」

「最近ちゃんと話せてないよね。」





もともとお互いの生活に干渉はしなかった。
いくら一緒に暮らしているとはいえ、それぞれのプライベートに踏み込むことなどしたくなかったからだ。
ただし、"魔の者"に関することは必ず報告しあうことにはなっていたけれど。

だからそれぞれのバイトも自分たちで見つけて、遅くなるときだけは連絡を入れる。
早番で朝早く出るときもあれば、深夜バイトをしているときもある。お互いの生活サイクルが違ってくることも当然あった。

それでも出会った頃とは違い、リビングで顔を合わせれば話はするし、同じ時間に家にいるとわかれば、一緒にご飯を食べたりもした。

けれど、最近竹巳とはそういった時間が少なくなっている気がする。





「・・・アイツは俺らといるよりも、藤代といた方が楽しいんだろ。」

「その発言、やきもち焼いてるみたいだね。」

「誰がっ・・・!何でそうなるんだよ!」





生活サイクルの違いもあるのだろう。
けれど、確かに彼は私たちといるよりも、藤代くんといる時間の方が長いと思えるくらいに、彼とともにいるように感じる。

それは悪いことじゃない。
ようやく信用できると思い始めてきた人たち。
私たち以外の世界を持つことが悪いことだとは思わない。





「一馬、いつまで意地はってるの?」

「・・・は?」

「一馬が怒るのはわかるよ。だけど・・・竹巳の気持ちだってわかるでしょ?」





竹巳が私を襲ったあの日から、一馬と竹巳はギクシャクしていて。
竹巳は一馬が怒っている理由を知っているから、彼に気を遣って話しかけないし、一馬は一馬で竹巳と目をあわせないでいる。





「いつも冷静に見えても、竹巳だって苦しんでたんだよ。」

「でも・・・それは・・・」

「うん、私たちだって同じだよね。でも・・・私たちだって竹巳と同じことをしたかもしれない。」

「・・・。」

「苦しくてつらくて、どうしようもなくなって・・・。でも私たちには迷惑をかけたくなくて・・・
ちゃんと考えればわかるのに、後先なんて考えていられなくなる。」





一馬が何か考えるかのように黙り込んだ。
そう、一馬もわかっているから。意地っ張りで気持ちの整理のつけ方が下手なだけ。





「でも、だからこそ私たちがいるんじゃないの?」

「・・・え・・・?」

「間違えてたら、間違ってること教えてあげればいい。怒ってあげればいい。」

「・・・。」

「私たちは一人じゃないんだよ。」





人間にはありえない身体能力、傷ついてもすぐに治る傷、定期的に喰い続けている魔の者。
今はまだ何かが起こったわけじゃない。けれど、私たちの中にいる魔の者がいつ私たちを侵そうとするのか。
私たちはいつまでもこのままなのだろうか。周りさえも信用できずに、ずっとずっと。

そんな不安を抱えて、時には自分を見失うことだってある。





「ちゃんと話そうよ一馬。」

「・・・・・・。」

「一馬はあの時怒ってて、竹巳とまともに話をしてないでしょう?
だから気持ちの整理だってつかないし、竹巳を許すきっかけだってないままなんだよ。」





別に何でも話せる仲になろう、なんて恥ずかしいことを言う気はない。
けれど、私たちには私たちでしかわからないことがある。
つらさも痛みも苦しみも、そんな負の感情ばかりを持ってしまったとき、それでも自分は一人ではないとそう思っていてほしい。





「・・・でもアイツ、今日も帰ってこないんじゃねえ?」

「かもね。藤代くんと遊んでくるって連絡の後は大体日をまたいで帰ってくるよね。」

「それも結構イライラするんだけど・・・!何でついこないだ知り合った奴とそんなに仲良くしてんだよ!
何でも疑ってかかって、俺らの数倍は慎重だったくせに・・・。」

「・・・まあ竹巳の慎重さは私たちのことを考えてのことだったからね。
自分の友達としては、少しくらい気を緩めて考えてもおかしくないんじゃない?」

「それは・・・そう、だけど・・・」

「あはは、やっぱり一馬ヤキモチ焼いてるみたい。」

「だ、だから何でそうなるんだよ!」








誰だって、間違った道を進むことはある。



誰だって、悩みを抱えて、一人じゃどうしようもなくなることだってある。



それでも、その度に道に戻してあげればいい。



出会ったばかりのあの頃じゃない。



もう私たちはお互いに、なくてはならない存在となっている。



この痛みも苦しみも消えることはない。



けれど貴方たちと一緒ならきっと、乗り越えていけるはずだと







そう、信じていたんだ。










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