お互いしかいなかった世界。





他の人がくれる温もりなんて、もうないのだと思っていた。














哀しみの華
















「・・・。」

「・・・。」

「ねえ、。」

「・・・何?」

「そこの二人は喧嘩でもしたわけ?」

「・・・まあいろいろと深い事情があるので。そっとしておいて。」

「・・・ふーん。」





乗ったこともないような広い車内の中で、翼が私の隣にいる二人をマジマジと見つめる。
右隣にいる竹巳は困ったように肩をすくめて笑い、左隣の一馬は窓から外を眺めたまま、反応すら返さない。





「まあ別にいいけどさ。あっちについてもその態度は止めてよね。
印象悪くなったら、困るのはたちだよ。」

「わかってるよ。でしょ?二人とも。」

「ああ、もちろん。」

「・・・。」





翼たちと会ってから、少しの時が流れて。
私たちは彼らをまとめる西園寺グループに初めて出向く。
翼たちを私たちそれぞれにつけることで、私たちの安全を確認した西園寺グループは、ようやく相応の立場の人と会わせると言ってきたそうだ。

翼より上の立場ということで慎重なのはわかるけれど、協力を求めた割にはかなり失礼な扱いだ。私たちにも、翼たちにも。





「・・・もしかして、西園寺グループの本拠地ってことで緊張でもしてる?」

「誰が!どうでもいいんだよ、何のグループだろうが。」

「柾輝も言ってたけど・・・ご機嫌ななめだね真田。」

「・・・。」





一馬の機嫌が悪い原因はわかっている。
それを翼に話すわけにはいかないけれど。

数日前、私は竹巳に襲われかけた。
それは竹巳一人で私たちに告げもせず行った、「実験」の結果。
家に帰ってきた一馬は、意識を失っていた私を見て竹巳を問い詰め、竹巳も正直に全てを話した。

私もそうしたように、一馬も竹巳を怒った。
ただ、私はもう普段どおりに竹巳に接しているけれど、一馬はまだ怒りが収まらないようで、竹巳とはあれから口を聞いていない。





「気にしないで。今回のことは俺が悪い。」

「・・・。」





窓の外を眺めたままの一馬を一瞥して、それから竹巳の方に視線を向けた。
すると竹巳は困ったように笑って、そう言った。





「何だ、やっぱり喧嘩?しかも笠井が悪いんだ?」

「そうですね。真田の熱が冷めるまで待ちます。」

「笠井って本当に僕より年下?というか、真田と同い年?やけに大人びてるよね。」

「・・・っ・・・。」

「何笑ってんだよ・・・。」

「何でもありませんー。」





翼の言葉と同じ考えを私も何度も思っていたから、思わず小さく吹き出してしまった。
外の景色を眺めていた一馬が、不満そうな目で私をチラリと見る。

あんなことがあって、もう普段どおり竹巳と接している私が理解できないんだろう。
けれど竹巳は、ちゃんと謝ってくれた。もうしないと、そう言ってくれた。
竹巳の気持ちがわからないわけじゃなかったし、もうこれ以上彼を責めても仕方ないと思った。

一馬だってそんなことわかってるはずだ。
だけど彼は感情を抑えられない。抑えられないから、今はまだ竹巳と話そうとしない。





「今日会う人は翼の上司?」

「まあ、うん。上司っていうのかな。西園寺グループの会長の娘。」

「え?いきなりそんな人と会わせてくれるの?私たちのこと怖がってたんじゃなかったっけ?」

「結構言うね。そうだね、大半は君らを怖がってる。
だけど玲は・・・会長の娘は自分で希望したんだ。だから実現した。」

「・・・ふーん。」





それなりの地位にいて、周りの人が止めるのも聞かずに、突き進む。
何よりプライドの高い翼が従ってる人。どんな人なのだろうと思考をめぐらせる。
















「ちなみに、ここが西園寺グループだよ。」

「うわ・・・。」





ゆっくりと走る車から、翼が指を指した。その方向には見上げるほどの大きなビル。
スーツを着た大人たちが出入りし、都会の会社のビルを思いおこさせる。
昔ながらの日本家屋だった松下家とは正反対の、近代的なビルだ。





「・・・西園寺グループって退魔師なんじゃなかったの?」

「裏家業ってやつ。一般社員は普通に会社員をしてるよ。」

「何でわざわざ退魔師の仕事もしてるわけ?」

「まあうちは昔からそういう力を持つ家系だったし。・・・まあ、ならわかるだろ?
下手に力を持つと、魔の者に付け狙われる。」

「・・・なるほど。」

「今までは副業としてやってたんだけど・・・同じ思いをして困ってる人がいるはずだって立ち上げたんだ。
僕らは自分だけじゃなく、自分以外の人を守る力もあったからね。」





翼が不敵に笑う。
彼の言葉はいつも自信に溢れているけれど、いつもそれに納得してしまうから不思議だ。
一緒に過ごすうちに彼が只者じゃないことは理解していたけれど。





「どうせ立ち上げるのなら、どこにも負けない組織にしたいと思った。
でも昔ながらの老舗と肩を並べるのは結構大変だからね。たちに会えてよかったよ。」

「私たちまだ何もしてないけどね。」

「いいよ、これからどんどん働いてもらうから。」





彼のその言葉に肩を竦めて苦笑しつつ、先ほどのビルより少し先まで走ったところで、見慣れた顔を見つけた。





「あー!いらっしゃーい!!」





こちらに向かってブンブンと大きく手を振っていたのは藤代くんだった。
その隣では黒川くんが小さく手をあげる。





「タクー!何日ぶり?!元気だったー?!」

「元気だよ。誠二は・・・聞かなくても元気そうだね。」

「おう!俺のことは心配すんな!」

「うん、まあ心配はしてないけどね。」





車を降りるなり、藤代くんが竹巳の元へと駆け寄る。
仲良くなったのは知っていたけど、なんというか・・・想像以上だ。





「真田、まだ機嫌直ってないのか?」

「・・・。」

「まあいいけど。無理すんなよ。」





こちらはこちらでバランスがいい。
一馬の不機嫌な態度に必要以上につっこんでこない。
黒川くんの性格は一馬にとっては、気疲れのしないもののはずだ。





「この家も充分大きいね。」

「まあ会長の娘の家だからね。っと、行こう。玲が待ってる。」

「玲って人が会長の娘?」

「ああ、僕のはとこ。」





そういえばさっきの話で翼も退魔師の家系だということを言っていた。
そうか、西園寺グループは翼の身内ってことだ。





「よっし!行くぜタクー!俺についてこいっ!」

「うわ、ちょっと引っ張るなよ誠二。」





よっぽど竹巳に会えたことが嬉しかったんだろうか。
藤代くんが竹巳を強引に引っ張って先に進んでいく。
横では翼がため息をつきながら、「僕らも行こう」と呟いた。




























「こんにちは。」

「・・・こんにちは。」





翼たちに案内されて着いた部屋には、一人の綺麗な女の人がいた。
彼女はニッコリと笑みを浮かべて私たちを迎え入れる。





「翼から話は聞いているわ。私は西園寺 玲。この退魔師グループの責任者です。」

「・・・。」





会長の娘とは聞いていたけれど、予想以上に若くて。
私たちの姿を見ても、怖がる様子も動じる様子もない。





「挨拶が遅れてごめんなさいね。少し周りがうるさかったものだから。
貴方たちが協力してくれると知って嬉しいわ。」





少し気構えていったのだけれど、彼女のあまりのやわらかさに拍子抜けしてしまった。





「そこに座って。いろいろ話が聞きたいわ。」





ニッコリと綺麗に笑う彼女のペースのままに、私たちは何も言えず、言われるがままに示された場所へと腰を下ろした。






















「・・・そう、大変だったのね・・・。」





私たちはこれまでのことを、かいつまんで説明した。
完全に信用できないとはいえ、少なくともこれからの私たちの協力者。
話をしておく必要はある。すると彼女は本当に切なそうな表情で私たちを見た。





「・・・ちょっと、聞いてもいいですか?」

「ええ。何かしら、笠井くん。」

「俺たちを保護する理由・・・。本当にグループの底上げがしたいってだけなんですか?」

「・・・なぜそんなことを聞くの?」

「椎名さんから聞いた話もわかるにはわかります。
確かに俺たちの力はその辺の退魔師ではかなわないくらいにはなってる。
だけど、この業界で最も力のある松下家を敵にまわすことと天秤にかけて・・・どっちがメリットがあるかなんてわかりきってる。」





初めて会った西園寺グループの権力者に対し、竹巳はずっと持っていただろう疑問を直球でぶつけた。
何事にも動じない彼女の変化を見極めるには、遠回りは無駄だと悟ったんだろう。





「貴方たちを助けたい、じゃ理由にならないかしら?」

「!」

「貴方たちの事情を聞いて、なおさら思ったわ。だって貴方たちは何も悪いことはしていない。
勿論、人を喰ってしまった佐藤くんは、それなりの償いが必要だったと思うけれど。
なのに追われて、命まで狙われている。そんなの悔しいと思わない?理不尽だと思わない?」

「・・・な・・・」

「正直に言えば、貴方たちを引き込めればこちらのメリットになるというのも本当。
けれど、貴方たちに協力したいと思ったのも本当。」





玲さんは表情を崩さない。
それどころか私たちを、私たちだけをまっすぐに見つめて言う。





「・・・メリットが少ないことなんて百も承知。それでも君らを保護するよう上にかけあったのは玲だよ。」





横から翼の声が聞こえた。
私と一馬はその声に振り向いたけれど、竹巳は玲さんから目をそらさない。





「タクー!玲さんを信用しろって!俺らの認めた人だぜ?!」





椅子に座っていた竹巳の肩を組むように、藤代くんが声をかける。
竹巳が藤代くんの方へ視線を向けると、拍子抜けするほどの爽やかな笑顔。
ようやく竹巳の表情にも笑みが浮かぶ。





「他に何か聞きたいことはある?」

「・・・いえ、ないです。」

「あ、あのっ・・・」





温かな雰囲気に私も流されてしまったのかもしれない。
信用していなかったはずのこの人に思わず声をかけた。
あの日からどうしても気になっていたことがあった。





「・・・松下さん・・・松下左右十さんは・・・今どうしているか知っていますか?」





松下家と別れた日。シゲを失った日。
大きな力のぶつかり合いで倒れた松下さん。
病院に連れていかれたことは知っているけれど、その後彼がどうしているかは知らない。
追われている身では調べることもできなかった。





「・・・知っているわ。」

「・・・できれば・・・教えてはもらえないですか?」

「・・・・・・。」





玲さんが真剣な表情を浮かべ、隣では一馬が心配そうな表情で私を見ている。





「・・・彼はまだ入院したままよ。意識も戻っていないと聞いたわ。
代わりに松下家を仕切っているのは榊綜一郎。松下家当主の側近。」

「・・・。」





・・・やはり。その考えがないわけではなかった。
それでも傷ついた松下さんを思い返し、未だ目を覚まさない彼を思うと胸が痛くなった。





「・・・おい、・・・。」

「大丈夫だよ一馬。」





私の様子をうかがう一馬に小さく笑みを返す。

傷ついた松下さん、そして克朗、三上はどうしているだろうか。
私たちに協力していたといわれ、立場を追われたりはしていないだろうか。





「・・・貴方は、貴方たちは本当に優しい子ね。」

「え・・・?」

「いいえ、また何か聞きたいことがあったら言って。いつでも協力するわ。」





その笑顔は嘘をついているようには見えなくて。
魔の者と同化した私たちを怖がりもせず、普通の人と同じように接してくれる人たち。
翼も黒川くんも藤代くんも、そして玲さんも。

今ここにいる人たちは本当に私たちに協力してくれようとしているのだろうか。





信じていた人たちという支えを失って。
もう私たちはお互いしかいないと思っていた。お互いしか信じられなくなっていた。



それでも、また誰かを信じてもいいのだろうか。



彼らとの出会いは、私たちにそう思わせてくれるほどに価値のあるものだったのかもしれない。









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