どんなに時が経っても、消える事のない恐怖と不安。 その苦しみも哀しみも、一人で背負いきれるものじゃない。 支えでありたい。支えでいてほしい。 いつだってそう願っている。 哀しみの華リビングのテーブルに置きっぱなしだった携帯の着信音が鳴り響いた。 それは昼間になっても未だ部屋から出てこない竹巳のもの。 バイトが休みだった私は、数回の着信を聞くと竹巳の部屋のドアをノックした。 「竹巳?」 返事はない。私はもう一度声をかけてそのままドアを開けた。 「まだ寝てるの?」 最近、竹巳の帰りの時間が遅くなってきている。 昨日も日がかわってから帰ってきたようで、私が声をかけてもまだ目を覚ます気配はない。 しかし、小さな物音にも敏感な竹巳がこれほどまでに反応しないのはおかしい。私は彼に近づき、様子を見る。 「・・・竹巳?!」 のぞいた竹巳の顔は真っ青だった。小さく繰り返される呼吸も荒い。 額を触り、脈拍を確認する。熱はないようだが、脈はかなりの速さだ。 私は一瞬戸惑って、どうすればいいのかを考えた。 ただの風邪ならば病院に連れていけばいい。けれど、私たちは一般の病院に行くことはできないし、それ以外の理由だったらなおさら行っても意味がない。 私がシゲを喰ってそれから襲われた高熱や体調の変化は、医者の息子だった竹巳がなんとか処置をしてくれた。 けれど今の竹巳の状態は何が原因なのかわからない。 魔の者と同化して時間が経って、それが私たちに与える影響ははかりしれない。 私たちは力を持っているとはいえ、退魔師としては素人同然なんだ。 ガッ・・・! 戸惑っていた私の手を、強い力で掴まれる。 突然のことで私はなすがままに、竹巳のベッドへと倒れこんだ。 「・・・!」 混乱する意識をどうにか抑えて竹巳を見上げる。 竹巳の閉じられていた瞼はもう開かれていた。 けれど、その目は。 赤く、赤く染まっていた。 「・・・っ・・・。」 掴まれた腕から、私を抱き寄せ触れた背中から、どんどん力が抜けてゆく。 考えなくてもわかる。竹巳が私の気を喰っているんだ。 「竹巳っ・・・!!」 意識を失いそうになりながら、私も必死の思いで力を放出した。 力と力がぶつかりあう音がし、私はベッドから吹き飛ばされる。 「・・・っはあ、はあっ・・・」 壁に叩きつけられ、背中と頭に痛みを感じながらも、竹巳からは目を離さない。 私が呼吸を整えてる間に、横たわっていた竹巳が体を起こす。 顔を俯けたままで、その表情はまだ見えない。 「・・・。」 ゆっくりとゆっくりと、顔だけをこちらに向けた。 私はまだ整わない呼吸を繰り返しながらも、体勢を立て直した。 「・・・・・・?」 私の名前を呼んで、竹巳は呆然とかたまった。 目の色ももとに戻っている。 「・・・竹巳・・・。」 「俺、今・・・何を・・・?」 「よかった・・・。」 「?!」 いつもの竹巳だ。 私はほっとして力が抜け、その場に座り込む。 そんな私を見て竹巳がベッドからおり、すぐに駆け寄る。 「俺は・・・一体・・・」 「・・・。」 「・・・そうか。俺、君を喰おうとしたんだね?」 竹巳が自分の手のひらを見つめ、確信したかのように呟く。 「・・・飢餓感が消えてる。」 「飢餓感・・・?竹巳・・・食事は・・・?」 「・・・俺は・・・ずっと魔の者を喰ってなかったんだ。」 「・・・な・・・私たちが普通の食事だけじゃ生きていけないって知ってるでしょう?何で・・・」 「・・・。」 魔の者と同化した私たちは、普通の食事以外に魔の者としての食事も取らなければならない。 それは頻繁に取る必要などないけれど、確実に必要なもの。 だから私たちはそれぞれで、普通の人には見えない魔の者や幽霊などの気を吸い取り"食事"をしていたんだ。 「ちょっとした・・・実験だったんだ。」 「実験?」 「松下さんは言った。魔の者を喰わないと俺たちは生きていけないって。だけど・・・」 「・・・。」 「今、俺たちは普通の人間として過ごせてる。俺たちの中の魔の者はもう弱ってきてるんじゃないかって、そう思った。」 「・・・だから・・・止めたの?たった一人で・・・私たちに相談もなしに・・・?」 「・・・ごめん。まさか・・・こんな形でに迷惑をかけてしまうとは思わなかっ・・・ パァン!! 言葉を終える前に、私は彼の頬を叩いていた。 竹巳が叩かれたままの体勢で、呆然としている。 「・・・どうして、一人でこんなことしたの・・・?」 「・・・たちに・・・迷惑がかかると・・・思ったから・・・。」 「そんな気遣いいらない・・・!」 竹巳の言ってることが理解できないわけじゃない。 私たちはお互いしかいなくて、お互いが大切で。 だからこそ迷惑なんてかけたくないと思う。苦しませたくなんてないと思う。 「魔の者に取り込まれる可能性だってあった。そのまま竹巳が死ぬ可能性だってあったんだよ・・・?」 魔の者を喰うたびに、この飢餓感に襲われるたびに、私たちは普通の人間ではないのだと思い知らされる。 松下さんは同化を解く方法はないと言った。だけど、それでも私たちはその方法を探し続けてる。 皆、大切なものがあった。無くしたくないものがあった。できるなら、戻りたいと願っている。 だからこそ竹巳は行動に出た。 私よりも冷静で頭もいい竹巳が、たくさんの可能性に気づかなかったはずがない。そんなこと、わかってるんだ。 「俺もお前らが大切やった。」 シゲが一人で全てを背負おうとして、私たちの元を離れた日が脳裏によぎる。 「行かないで・・・。」 「・・・・・・。」 「いなくならないで。」 搾り出すように伝えた言葉は、いなくなってしまったシゲに、そして今傍にいる竹巳に、一馬に向けた言葉だった。 「・・・ごめん、・・・。」 私の震える体を抱きしめて、竹巳が耳元で囁いた。 いつも冷静でいるようで、竹巳だって私たちとかわることなく苦しんでいるんだ。 もう諦めているように見せていても、いつだって願っている。 竹巳の言葉を聞きながらも、力を奪われた影響で意識が徐々に遠のいていく。 竹巳の悲しそうな表情を目にしながら、私は意識を失いその場に倒れこんだ。 「ごめん・・・。もう悲しませたくなんてないと思ってたのに。」 何度も謝り続けていた竹巳。 そう思うのなら迷惑だなんて思わないで。もう一人で苦しんだりしないで。 「・・・なのに、俺はまた君を傷つけるんだね。」 これからどうなるのかなんてわからない。 けれど、私たちは一人じゃない。だから一人で抱え込んだりしないで。 頼りにならないかもしれない。それでも支えになりたいといつだって思ってる。 どんなに時が経っても、不安は消えることはないだろう。 それでも貴方たちと一緒ならば耐えていけると、乗り越えていけるとそう思う。 ねえ、だから。 「俺はもう、戻れない。」 これからも一緒に。 TOP NEXT |