完全に信用なんてできないけれど





飾らない言葉とまっすぐな瞳。





少しずつ近づくことくらいなら、できるのかもしれない。













哀しみの華















「ねえ貴方さ、暇なの?」

「貴方じゃなくて翼。別に暇じゃないよ。」

「毎日毎日付きまとわれても迷惑なんだけど。」

「はっきり言うね。でも僕も仕事だから。」





数日前、西園寺グループに属するという若い退魔師に襲われた。
けれどそれは私の力量を見極めるため、そして私たちに仕事の協力を求めるためだった。
その退魔師たちのリーダー、思わず女の子と見間違えそうになる綺麗な顔をした男。それが目の前にいる彼、椎名翼だ。





「周りからストーカーとか思われてるんじゃない?」

「まさか、僕がそういうタイプに見られると思う?」

「・・・やっぱり見た目がいいと得よね。」

「それを君が言うかな。」





彼らの申し出をそのまま受ける必要なんてなかったし、逃げるという選択肢もあった。
けれどあの日、彼らを連れて家に帰った私から話を聞いた竹巳は彼らの申し出を受け入れようと提案したのだ。

いくつか理由を並べて、それでも一番の理由はこれから私たちの生活を考えてのことだった。
松下家という大きな組織に追われ、私たち3人だけで逃げるのにはやはり無理がある。
うしろだてがあることに越したことはない。勿論、完全に信用したわけじゃないけれど、と付け足して。

私も一馬も竹巳以上に良い案なんか浮かばなかったし、このことは私のミスから起こっていること。
その意見に逆らうこともなく、私たちは彼らの申し出を受け入れた。





「別にこんなに付きまとわれなくても、私たちは何もしないわよ。」

「それはわかってるけど、上からの命令なんだ。君たちの身辺は把握しとけって。」

「・・・。」

「前はさすがに影からしか監視できなかったけど、こうして堂々とできるようになってよかったよ。コソコソするのは性に会わないんだ。」

「逆にこっちがストレスなんですが。」

「少しくらいは我慢してよ。君らの報告が終わって上の気がすんだらきっと無くなるから。」





ニッコリと笑顔を浮かべる椎名さんを横目で見ながら、結局この状態はしばらく続くのかとため息をつく。

けれど私は正直、椎名さんが嫌いじゃない。
まだ信用ができない人だから、深く関わることもしないけれど。
この人は私たちがあの"魔の者"と同化してるとしっていても、全く動じていない。
むしろ付き合い方や話し方は普通の人と変わらないように話をする。
怯えや畏怖の念で見られていた私たちにとっては、それだけでも少し心が軽くなる。





「私と竹巳はともかく、一馬は神経質だから大変よ?一馬が限界に来て暴れたら責任取ってよね。」

「だから冷静で気も利く柾輝をつけたんだよ。藤代なんてつけた日には1日で限界来てたんじゃない?」

「・・・あー。」

「で、残った藤代を笠井につけさせてもらった。彼なら藤代の性格もうまくやり過ごしてくれそうだろ?」

「・・・納得。」





椎名さんが私たちを監視していたといっても、それはほんの数日のことのはずだ。
なのにこの人の洞察力には本当に驚かされる。私たちの性格をよく掴んでる。





「そういえば椎名さんが私についた理由は?藤代くんが残ったって言うことは、椎名さんは先に私に決まってたんでしょ?」

「だから翼でいいってば。理由、教えてほしい?」

「無理にとは言わないけど。ちょっとした興味本位だから。」

「・・・話す前に、君たちの中で一番力があるのは誰だと思う?」





椎名さんの問いかけに、一瞬考えを巡らせた。
そんなもの考えたこともなかった。私たちは仲間で、協力して魔の者を倒すことも、喰うこともあったけれど、その中で誰が強いかなんて関係なかったから。





「そんなこと聞いてどうするの?」

「どうせ考えたこともなかったんだろ?いい機会だから考えてみれば?」

「・・・。」





私たちは同時に魔の者と同化した。1体の魔の者が分裂して。
そう考えれば地力は同じはず。1つ引っかかることがあるとすれば、私は他の2人とは違う部分があるということ。





「もしかして、私が一番強いと思ってる?」

「ああ、だから僕が君についたんだ。」





椎名さんの言いたいことが理解できた。





「僕らが聞いていたのは、人間を喰った危険物、凶悪なキメラ。それだけ。」





あの日、椎名さんが言った台詞。
シゲが人間を喰い、そしてそのシゲを私が喰ったことも彼は知っているんだろう。
シゲの中にいた魔の者が私の中にいると思ってる。だから一番力があるのは私だと思っている。

胸が、痛い。
シゲがいなくなったあの日を、シゲを喰ったあの日がよみがえる。





「・・・。」

「・・・?」





情けない。シゲの願いを聞いて、これからも生きるって覚悟を決めたはずなのに。
あの日のことを思い出すだけで、苦しくなる。この現実から逃げたくなる。





「・・・どうした・・・ってごめん!」





私を覗き込んで様子をうかがった椎名さんが、何かを思い出したかのように目を見開いた。
そして慌てて謝罪の言葉を述べる。





「力が強いっていうのは、の地力の話なんだ。魔の者に同化される前から霊力は持ってたんだろ?」

「・・・え・・・?う、うん。」

「その力と魔の者の力。あわせればが一番力を持っているに決まってる。そう・・・言いたかったんだけど・・・。」

「・・・。」

「悪かった!考えなしな言葉だった!」





ああ、なんだ・・・そういうことか。どうやら私は深く考えすぎてしまったようだ。
そんな自分も、さっきまで余裕の笑みを浮かべていたのに、今では慌てて私の様子をうかがっている椎名さんの姿も、
何だかおかしくて思わず笑みがこぼれた。





「・・・。笑った顔の方が可愛いって言われない?」

「・・・何それ。今謝ってた人の台詞?」





今度はお互いに吹き出して笑った。
松下家に追われ、逃げ出す生活を送って。
一馬と竹巳以外で上辺だけでなく、本当に笑いあうことなんて久しぶりだった。





「私たち、結構強いよ?何かあったら止められるの?」

「当たり前、僕を誰だと思ってるの?」

「すごい自信。弱小グループなのに。」

「新進グループだからね。これから強くなっていく。そうしたら松下グループも目じゃないよ。」





あまりにもまっすぐに、堂々と宣言する。
何だか妙なカリスマ性を感じさせられる人だ。





「僕たちはこれから大きくなっていく。そのためには綺麗事だけじゃやっていけない。
使えるものは使う。それが僕らのやり方だ。」

「・・・。」

「だけど、どんなやり方でもルールは必要。
だからこそ一度した約束は守るし、君たちに協力するよ。」





自信を持ったはっきりとした物言い。まっすぐな瞳。
私は少しの間彼を見つめて、ようやく差し出された手に自分の手を重ねた。





「信用したわけじゃないよ?」

「ああ、今はそれで充分。改めてよろしく、。」

「・・・こちらこそ。翼。」





お互いがお互いを信用しきってるわけじゃない。
それが形式上のものであっても、上辺だけであっても。



それでも握られた手のぬくもりは、張り詰めていた私の心を少しだけ軽くしてくれた。








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