さーん!あっちの席のお皿、片してくれる?」

「はい、わかりました。」





以前住んでいたところよりも、少しだけ都会で大きな町。
バイトを始めて数ヶ月経った小さな定食屋。





さんは本当、テキパキと仕事をこなしてくれるわね!助かるわ。」

「ありがとうございます。」

さん、綺麗だからお客さんの常連もできたし、ずっといてくれると助かるんだけどねー。」





冗談めかして笑う明るい奥さんの言葉に、私は何も言わずに小さく微笑んだ。
この町には一体どれくらいいられるだろうか。





大切な人を失い、退魔師に追われるようになって、平和に暮らしてきた町を離れたあの日。
それからもう半年近くが経とうとしている。

















哀しみの華




















「お疲れさまでした。」

「お疲れさま。また明日もお願いね!」

「はい、失礼します。」





営業時間も終わり、いつものように店の片付けを終えてから、挨拶をかわして、店を出る。
今までバイトをしてきた大きな店ではないから、アットホームな雰囲気が漂っている。
店主も奥さんもとてもいい人だけれど、未だその雰囲気には慣れない。

疲れからか、慣れないその空気にか、ひとつため息をつきながら引き戸を閉めた。





「・・・お疲れ。」

「あれ?一馬。」

「たまたま近くに来たから。」

「そう、じゃあ帰ろっか。」





シゲを失い、松下家から追われる身となり私たちは必死で彼らから逃げた。
捕まりそうになり、けれどなんとか逃げ仰せ、別の町に移る。その繰り返し。

けれど時間が経つと、私たちも私たちの"力"も成長する。
逃げてゆき時間が経つうちに、私たちは隠しきれていなかった自分たちの力の隠し方を覚えた。
それからは割と人口のあるこの町に移り住み、他の人間の気に自分たちのものを紛れ込ませながら暮らしている。





「お前、大丈夫か?」

「は?」

「さっき最後に店から出てきた親父、お前にからんでなかった?」

「え?ああ、ただのノリと冗談でしょ?」

「・・・。」

「多少は仕方ないよ。今私、おじさまたちのアイドルらしいから?」

「アイドルって・・・。」

「まあこんな小さな定食屋で多少目立っても問題ないでしょ。お客さんたちの中に退魔師でも混ざってたら話は別だけど。
それでも私たちは力を隠してる。私たちの顔がどこまで知られてるかはわからないけど、滅多なことじゃばれないよ。」





力の隠し方を覚えてからは、退魔師に見つかることなく穏やかに暮らしている。
松下家も大きな権力を持っているとはいえ、メディアを使って私たちを探すなんてことができるはずもない。
手がかりだった力を隠し、連絡をつくものを一切絶ったことで私たちの行方もわからなくなったのだろう。





「一馬こそ大丈夫?」

「え?」

「一馬が工事現場でバイトなんて、常々合わないと思うんだけど。」

「前のファミレスよりマシ。」

「ああ、店の女の子にもお客の女の子にもからかわれてたんだっけ?」

「か、からかわれてたわけじゃねえよ!」

「あー、はいはい。なんだっけ?女の騒がしい声が嫌い、だっけ?」

「なんかバカにしてねえか?」

「まさかー。」





前にいた町ではバイトの話題なんて聞かなかったのだけれど。
どうやら一馬の前のバイト先では、結構大変な思いをしていたようだ。
今の町でまたバイトを始めるときに、バツの悪そうな顔でそう話すのを聞いた。





「一番度胸あるのは竹巳だよね。」

「度胸っていうのか、あれ。」

「塾の講師って・・・。何も大勢の人と関わる仕事を選ばなくてもねー?」

「アイツの考えは理解できねえよ。」

「でも逆にいいのかも。さすがにそんなに堂々とバイトしてるなんて思わないから。」

「いいっていうか、俺には綱渡りにしか思えねえけど。」

「やけにつっかかるね?」

「別に。」





なにやら不機嫌そうに顔をそらした一馬を見つめる。
一緒に暮らし始めて1年以上になるけれど、やっぱりわからないところはわからないなあ。
これ以上問い詰めても一馬は怒るだけだから、会話はそこで止めとこうと口を閉じた。





「・・・体は?」

「あはは、定期的に聞くんだね。もう大丈夫だってば。」

「油断はできねえだろ?ただでさえお前は俺たちより重いものを背負ってるんだから。」

「・・・大丈夫だよ、本当に。」





半年前、私はシゲを喰った。
それはつまり、シゲの中の"魔の者"も一緒に取り込んだということだ。
あの時、シゲの力はもう一つの大きな魔の者に吸い取られていたとはいえ、それでも私の体への負担は大きかったようだ。
その力は徐々に私を押しつぶすかのように、時々の力の暴走、体の痛みや下がることのない高熱を私に与えた。

それでも慣れ、とでもいうのだろうか。
しばらくそんな状態が続いて、けれど徐々に私は調子を取り戻していった。
今ではその頃の苦しみが嘘だったかのように元気だし、力が暴走することもない。





「・・・。」

「・・・ふっ・・・あははっ。」

「な、何だよ急に・・・!」

「ごめんね?気を遣わせて。」

「は・・・?」

「この町で落ち着いてから・・・さりげなく一馬と竹巳が迎えに来てくれてるんだよね?」

「!」

「私の体が心配だってそう言っても、私はそういうの嫌がると思って内緒でそうしてたんでしょ?」

「なっ・・・何言って・・・!」





「あいつらの性格わかっとるやろ?紳士と単純純情や!」





以前、シゲに言われたことを思い出した。
きっと変わらずにいた自分だったら気づかなかったこと。
そして言葉通りに、正直に心配だと言われても迎えにくることを突っぱねていただろう。

だけど今は。
そんな二人の気遣いがとても嬉しく思える。





「ありがとう。嬉しい。」

「!」





そう一言だけ言って微笑むと、一馬は驚いた表情を見せて徐々に顔を赤くしていく。
そんな彼が面白くて、私は下から一馬の顔を覗き込むと、更に顔を真っ赤にする。





「あれー?暑いの一馬?」

「別に暑くなんてねえよ!」

「あははっ。・・・あ!」

「・・・?・・・っておい!!」










キキーーーーーーーーーーッ










?!」





ふと目に入ったのは、暗い道で恐らく塾の帰りか何かの子供が歩く姿と、狭い道を猛スピードで走る車。
車からは子供が見えていなかったのだろう。耳を劈くようなブレーキ音と同時に、私は子供を抱きかかえて道の端まで飛んだ。





「いった・・・。」

「び、びっくりしたあっ・・・。」





勢いあまって壁にぶつかったが、私ならばすぐに治る傷。
驚いたように私に抱きかかえられたままの少年も無事のようだ。





ブロロロロ・・・





「あ。」





私たちの無事を確認したのか、それとも事故を起こして怖かったのか。
急ブレーキをかけた車は私たちを置いてエンジンをかけ、走り出してしまった。
その行動にはとても腹がたつけれど、ここで大事にされても私も困る。イラつく気持ちを抑えて腕の中にいる少年を見る。





「ご、ごめんなさいお姉さん!大丈夫?!」

「うん。君は?」

「平気!全然平気!ありがとうお姉さん!」

「そう。」

「な、何やってんだよ!」





慌てたように一馬が駆け寄ってくる。私は大丈夫だと手で合図をし、少年を立たせ自分も立ち上がる。
服についた砂をはたいて、もう一度少年を見た。





「家は近いの?」

「うん、もうすぐそこ。」

「それじゃあ気をつけて。」

「あ、ありがとう!」





今時の子にしては、すごく素直でいい子だなあなんて年寄りじみたことを考えつつ、
大きく手を振るその子に笑みを向ける。横では一馬が呆然と立っていた。





・・・。」

「・・・ゴメン。今力使っちゃった。」

「ちげえよ!そういうことじゃないだろ?!何無茶して・・・!」

「だって目に入っちゃったから。」

「だからってもしも車にぶつかってたらただじゃすまな・・・」

「「・・・。」」





「いくら俺らでも電車に轢かれたらタダじゃすまんわ!!」

「突っ走って死んだらどうしようもないでしょ?!」





以前、同じことがあったと同時に思い出し、私たちは少しの間だけ動きを止めて沈黙する。





「ははっ、ゴメンゴメン。気をつけるよ。」

「是非そうしてくれ・・・。」

「まあ一馬みたいに電車じゃないだけマシだと思わない?」

「思わ、ない。」

「あはは。微妙にその通りだと思ってるでしょ。」

「思ってねえよ!」










再度訪れた平穏と、出会うことすらなくなった退魔師。
あまりにも穏やかな時間が続いて、私はきっと油断してた。
隠し続けていた力。けれど意識せずに使ってしまった力。

こんな小さな力、よっぽど近くにいなければ誰も気づかない。
けれど警戒するべき脅威はいくらだってあったんだ。



私たちを追っていたのは、松下家だけではなかったのだから。










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