停止した思考と、麻痺した感情。





失った痛みは、消えることはないけれど。















哀しみの華
















「・・・・・・。」





どうやってここにやってきたのかもわからない。
今、自分が何をすればいいのかもわからない。
何も考えることなどできないまま、私の目の前には克朗が立っていた。





「・・・克朗・・・。」

「・・・シゲは・・・?」

「・・・。」





シゲの名前を出されて初めて、止まっていた思考が動きだして。
思い出すのはシゲの顔、シゲの声、シゲの・・・最後の笑顔。





「私の、中に。」

「!」





何も考えられなかった。
哀しいとか、苦しいとか、そんな感情は全て麻痺して。

けれどシゲを喰ったのは確かに私で。
目の前で灰となって消えてゆくシゲを見たのも本当。





「・・・っ・・・」





驚いてつらそうに私を見つめる克朗の後ろに、誰かが駆け寄ってくるのが見えた。
一人、二人、三人・・・。彼らは皆、見覚えのある顔。





っ・・・!渋沢さんも・・・。」

「どうしたんだよ!その血・・・大丈夫かよ!!」





今私に声をかけているのは・・・ああ、竹巳と一馬だ。心配そうな顔で私を見ている。
それに・・・血?血なんて私は流していない。一馬は何を・・・。

不思議に思って自分の姿を省みる。
薄い青色の服は、確かに真っ赤な血に染まっていた。けれど、これは私の血なんかではない。





「大丈夫。怪我はしてないよ。私の血じゃ・・・ないから。」

「そう、か・・・。じゃあ佐藤は・・・?こっちに・・・いたんだよな?」

「・・・いたよ。だけど・・・。」





だけど、シゲはもういない。





「だ、けど・・・。」





言葉が、うまく紡げない。
私がしたことだ。ちゃんと・・・ちゃんと伝えなければ。





!もういい!!」





私の言葉は、克朗の言葉に遮られて。
ダメだよ克朗。私はちゃんと伝えないと。シゲの最後を、最後の言葉を。

そう思うのに、その言葉は声にならなくて。





「渋沢。さっき連絡があったけど・・・。」

「・・・ああ、松下さんは病院だ。こちらに現れた魔の者も松下さんが祓った。」

「俺もすぐこっちに来られればよかったんだけど・・・多分そっちの魔の者の気にあてられてだろう。
俺たちの方にも魔の者がいたんだ。力は・・・そっちの比じゃねえんだろうけど。」

「そうか・・・。」

「それと・・・。」





彼らの後ろに立っていた三上が複雑な表情で私たちを見る。
竹巳も一馬も、その表情の意味は理解しているようだった。





「榊さんがこいつらの捕獲命令を出した。見つけ次第保護、または・・・排除だ。」





克朗が悔しそうに顔を歪めた。
私はそれを聞いても特に何も感じるものはなく、覚悟していたことが現実となった。そう思っただけだった。





「・・・どうにか、できないのか・・・?」

「松下さんが意識を失ったのがでかい。これで榊さんの独壇場だ。」

「くそっ・・・俺たちにもっと力があれば・・・!」

「ここで話してるのも危ないぜ。じきに人が来る。」





克朗と三上が必死の形相で話しているのを、まるで他人事のように見ていた。
私たちの為にしてくれている話なのに、それでも私は何も感じることができなくて。
ただ、私を心配そうに眺め無理にシゲのことを聞こうとしない一馬と竹巳に、真実を話さなければとそんな思いでいた。





「・・・・・・。」

「・・・。」

「・・・真田、それに笠井も。」

「わかってるよ。渋沢さん。」





ただただ悔しそうな表情の克朗に、竹巳は理解したように頷く。





「・・・守りきれなくて・・・すまない・・・。」

「いえ、充分です。今だってこうして俺たちを逃がそうとしてくれている。感謝してます。」





ああ、そうか。
私たちも追われる身となった。克朗たちともお別れなんだ。





「・・・。」

「・・・。」

「つらいなら俺が言うぞ?」





私が彼らに伝えたいと思っていたこと、克朗はわかっていたんだろう。
そして、それを自分で告げたいと思っていたことも。





「ううん。自分で言う。」

「・・・そうか。」





私は克朗から視線を外し、その横に立った二人を見た。





「・・・シゲは・・・もういない。」

「・・・。」

「・・・!」

「私の中に・・・。私が彼を・・・喰った・・・。」





一馬の驚いた表情。竹巳は・・・うすうす勘付いていたのかもしれない。
どんな理由であれ、私は人を、シゲを喰った。二人は私を・・・軽蔑するだろうか。



けれど。



二人の行動は、全くの予想外で。















「・・・ごめん・・・。一人で・・・つらい思いをさせたよね・・・。」





私を包み込む大きな手。





「・・・なんで・・・なんでどいつもこいつもっ・・・!一人で背負おうとするんだよ・・・!!」





悔しそうに、哀しそうに、私を見つめる目。





・・・!お前は悪くなんてない・・・!いいか、自分を責めるな・・・!」





でも、一馬。
私はシゲを救うことができなかった。
一人にはしないと、全てを背負わせたりしないと、そう決めたのに。

シゲが部屋を飛び出したときも、魔の者に襲われたときも、そして、ボロボロになって傷ついた彼さえも。

私はシゲを救えなかった。
言葉ばかりで、気持ちばかりで、結局何もできなかったんだ。





・・・シゲは・・・なんて言ってた?」

「・・・え・・・?」

「俺たちに・・・何か、言ってた・・・?」

「・・・堪忍って・・・迷惑かけて・・・ごめんって・・・。」

「・・・本当だよね。最後の最後まで・・・にこんな役までさせて・・・。」

「・・・。」

「・・・でも。」











「シゲの最後の言葉が聞けて、よかった。」












「・・・!」

「本当はその言葉に文句をつけて返してやりたいところだけどね。」

「竹巳・・・。」

「ありがとう。アイツの言葉を伝えてくれて。」

「っ・・・。」





抱きしめる腕と体が、私に徐々に温もりを感じさせていく。
ゆっくり、ゆっくりと失った感覚を取り戻していくように。

俯いて言葉さえ発することのできない私の髪を、竹巳が優しく撫でた。
そして、抱きしめていた腕を解き、体を離す。





「じゃあ俺たちは・・・行きます。」

「・・・捕まんなよお前ら。」

「はは、三上さんが優しいと気味が悪いなあ。」

「何だとてめえ!つーかこういうときくらい素直に受け取れよ!」

「わかってますよ。ありがとう。」





三上の言うように、素直にニッコリと笑う竹巳に三上が拍子抜けした表情を見せた。
竹巳もそんな三上を見て面白そうに笑う。

つらくないはずないのに。哀しくないはずないのに。
それでも、いつだって冷静な彼のままに。





・・・。大丈夫か・・・?」

「・・・うん・・・。ごめん。」

「謝んなよ!って、いや、別に怒ってるわけじゃなくて・・・。お前は悪くなんてないんだってことで・・・。」





たどたどしく、それでも私を元気付けようとしてくれる一馬に小さく笑いをこぼす。





「ありがと一馬。私は・・・大丈夫だから。」

「大丈夫って顔してな・・・いてっ。」

「そこはわかったって頷くところ。少しは格好つけさせてよ。」





大丈夫な顔なんてできていないのはわかってる。
それなのに正直にそう言うんだもんなあ。見ないフリでもしてくれればいいのに。
でも、それが私の知る、真っ正直な一馬だ。





、真田。」

「うん、大丈夫。」





竹巳が私たちの名前を呼ぶ。
私は小さく笑んで、彼の声に応えた。そして、克朗と三上の方へと視線を向ける。





「迷惑かけてごめんね。松下さんにも・・・そう伝えてくれる・・・?」

「・・・そう思ってんなら・・・諦めんじゃねえぞ。」

「・・・うん。」





不器用で素直じゃない三上の言葉。
諦めるなと言ったその言葉は、きっといろんな意味を指している。





追っ手から逃げることを。






魔の者と戦ってゆくことを。







生きることを。


















大丈夫。諦めない。
つらくても苦しくても、私たちはまだ生きていける。生きていく。
そんな意味を込めて、しっかりと頷いた。





「すまない、。」

「克朗が謝る必要ないよ。」

「・・・ちゃんと、守ってやりたかった。」

「・・・うん、その気持ちだけで充分。」





貴方は、貴方たちは充分に力になってくれた。
これ以上私たちのことで苦しむ必要なんてないよ。





「・・・じゃあね!」





私のその言葉を最後に、私たちはその場を駆け出した。





「・・・っ・・・!!」





呼ばれた名前とともに、小さな石が私の元に届く。
赤く光るそれは、松下さんが使っていた『紅玉』。





「克朗・・・?」

「持っていけ。それは持っている力を凝縮し、その石自体の力とあわせて数倍の力を発揮できるものだ。」

「だって・・・これは・・・。」

「そこに魔の者の力を封印することもできる。お前らよりも大きな力を持った魔の者に狙われることだってあるだろう。
松下さんの戦い方を見ていたお前ならきっと使える。持っていれば、きっと役に立つ。」

「大事なものなんじゃないの・・・?」

「大事だからお前に託す。いつか・・・返してくれ。」

「!」





私は赤く光るその石を握り締め、ネックレス状になっているそれを首にかけた。
そして最後にもう一度、最後まで私を思ってくれていた彼に笑いかけた。









「ありがとう。」









何度言っても言い足りないけれど。
私にはそれ以外の言葉は見つからない。

克朗も優しく微笑む。
そうして私たちは今度こそその場を離れた。
























夜の街を駆けながら、私は隣を走る二人を見た。
私のしたことさえも、温かく包み込んでくれた二人。

もうひとつだけ、我侭を言ってもいいだろうか。





「ねえ、お願いがあるんだけど。」





二人はキョトンとしながら、顔を見合わせる。
けれど、すぐに笑いながら頷いた。







ほんの少しの間の、4人の生活。他人だったはずの私たち。
今はもう、3人しかいないけれど。それでももう一人は、私の中に。

彼の言葉を伝えたい相手が、もう一人だけいる。
たった一言でもいい。その人にだけは、伝えてあげたい。



それは、ただの自己満足でしかなかったのかもしれないけれど。
シゲがいたら、何をしてるんだって呆れながら笑うのかもしれないけれど。
それでも、こうして心に何かつかえたままじゃ、前には進めないから。





胸は未だ痛むけれど、私は決して一人じゃない。





思ってくれている人たちがいる。





支えてくれる人たちがいるんだ。














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