大切な人たち。





それが甘い考えだとしても。





傷つかないでほしいと、そう願う。
















哀しみの華



















「・・・シゲ・・・!!松下さんっ・・・!」

「待て!!!」





魔の者に吹き飛ばされ、地面に横たわる松下さん。
そして、かたく目を閉じボロボロで今にも魔の者に取り込まれそうなシゲの姿。
私は彼らの名を呼び、そこへ駆け寄ろうと地面を蹴った。





「克朗!!」

「落ち着け!お前もアイツに取り込まれる気か!!」





そんな私の手を掴み、引き止めたのは克朗だった。
彼の言うことに間違いはない。感情のまま私が奴に突っ込んでも、こちらが不利になるだけだ。





「・・・克朗・・・それにも・・・。」

「松下さん・・・!体は・・・!」

「問題ない。それより何故ここに来た。」

「それは・・・。」

「・・・まあ聞かなくても想像はつく。それよりも今はアイツか。」





体はボロボロで、血も流れているのに。
松下さんは何でもないと言うように体を起こし、目の前で距離を測る魔の者を見る。

動物のような姿をした、けれどそれは平穏に暮らす世界では決して目にすることのないような異形の者。
長い紐のような体毛に絡みとられ、今にもその姿を飲み込まれてしまいそうなシゲ。
シゲの力が感じ取れなくなった理由も、その後に増幅した魔の者の力の意味も、その光景を見て理解した。

今まさに、シゲの力が、シゲの中にいる魔の者の力が、奴に取り込まれようとしているからだ。





「何もなくてあの力だ。シゲが取り込まれれば、勝ち目はない。」

「松下さんと克朗でも・・・?私だって力を・・・。」

「実力のある退魔師たちと応戦はした。けれど、見た通りだ。」





松下さんの視線を追うと、目に付かないような場所に数人の人間が倒れていた。
松下さんと同じく姿はボロボロ。目を覚ますような気配もない。





「お前たちと協力すれば、互角の戦いくらいはできるだろうが・・・リスクが大きすぎる。
下手すれば全滅。そしてシゲが完璧に取り込まれれば、もう誰にも止められない。」

「・・・じゃあ、どうすればいいの・・・?!」

「克朗、『紅玉』を持ってきたか?」

「はい、ここに。」





克朗が自分の首にかけていた、ネックレスのようなものを取り、松下さんに渡す。
その先端にあった宝石は、吸い込まれるような赤い光を放っていた。





「紅玉を使うんですね・・・?」

「ああ、事は一刻を争う。」

「・・・それは・・・?」

は知らないか。まあ無理もないが。これは松下家に代々伝わる霊玉。『紅玉』だ。」

「紅玉・・・?」





一見すれば、ただの宝石に見える。
けれどそれは、何か力を持っているような、そんな妙な気配と輝きを放っていた。





「簡単に言えば、持っている力を数倍にも跳ね上げるものだ。」

「・・・。」

「詳しい説明はしてられないが・・・来るぞ!避けろ!!」





距離とタイミングを計っていた魔の者が私たちを襲う。
魔の者の口から放たれた衝撃波は、周辺の光景をことごとく壊した。

私と克朗は右へ、そして松下さんは左へと飛び、それをかわす。
放たれた衝撃波の後、ゆっくりと辺りを見回し、魔の者が次の標的にしたのは、この中で一番力を持っているだろう松下さんだった。





「松下さっ・・・」

「喋るな。何の為に松下さんが俺たちと別方向へ避けたのだと思ってる。紅玉を使って戦うためだ。」





松下さんの名を叫ぼうとすると、克朗の手に口を押さえられる。
何の為に・・・あんな小さな石で何ができるというのだろう。





「あんな石で、何かが変わるの・・・?」

「言っただろう。力を数倍にも跳ね上げることのできるものだ。」

「本当に?本当にあれを使えば、松下さんもシゲも・・・無事で済むの・・・?」

「・・・。」

「克朗!」





必死で問いかける私の言葉に、克朗は何も答えない。
しかし、意を決したかのように私を見つめた。





「いつまでも甘いことを言うな。。」

「!」

「この状況で無事で済むだなんて・・・そんなこと、誰が言える?」

「・・・っ・・・。」

「松下さんも俺も、いつだって覚悟を決めている。守るべき者の為に、自分の役割を果たす為に。」





克朗の言葉に、何も返すことなんてできなかった。
結局私はいつもこうして、誰かに甘えている。逃げるべき道を作っている。
変われたと思っていたのに。思いだけでは・・・何もできない。





「じゃあせめて・・・松下さんの援護なら・・・」

「ダメだ。今のでは力にはならない。・・・悔しいが、俺でもだ。」





ぶつかり合う大きな力。ボロボロになってゆく、大切な人たち。
こんなときでも、見ていることだけしかできないなんて。


















互角の戦いを続ける松下さんと魔の者。
それはきっと、ほんの少しの時間だったのだろう。けれど。
とても、とても長い時間のように思えた。

そして、その戦いに変化が訪れる。



先ほど倒れていた退魔師の一人が目を覚まし、松下さんの力になろうとその場に立ちはだかったのだ。





「何をしてるっ・・・!出てくるな!!」

「・・・え・・・?」

「松下さんっ・・・!!」





その退魔師に気をとられ、松下さんは魔の者の衝撃波の直撃を受ける。
しかし吹き飛ばされながらも同時に、隙のできた魔の者へ向けて『紅玉』を掲げた。





「消、えろっ・・・!!」





紅玉を通して放たれた松下さんの力。
真っ赤な光がその場を包み込む。





「松下さんっ・・・!!シゲ!!」





何もできなかった私の叫びが、その場所に響いた。


























吹き上げる突風が止んだ。
そこにはもう、先ほどまでの大きな獣の姿をした魔の者はいなかった。

かすかに見えたその光景。
大きな力が紅玉に吸い込まれ、魔の者は灰となった。
そして、その灰は突風に吹かれ空高く舞い上がっていく。





「松下さん・・・!」





その場に倒れ、動くことのない松下さんへと駆け寄る。
すぐさま克朗が応急処置を始める。松下さんの呼吸は今にも止まってしまいそうなくらいに弱々しかった。

そして、もう一人。シゲの姿が・・・見えない。

松下さんと戦っている最中も、シゲは魔の者の体に囚われたままだった。
力は吸い取られていったとはいえ、その姿は確実にそこにあった。

紅玉の力で・・・魔の者と一緒に消えてしまった・・・?
そんな、そんなことは・・・考えたくもない。





「・・・ごめん克朗。松下さんを・・・頼むね。」

「・・・・・・?」

「私、シゲを探してくる。」

「おいっ、・・・!」





私を呼ぶ声に足を止めることはなく、その場から駆け出した。
もしかしたら、先ほどの突風と戦いの中で、吹き飛ばされてしまったのかもしれない。
動けない体で一人で、うずくまっているのかもしれない。



一人にしないと、そう決めた。
彼がどんなことをしても。どんな姿になっても。








人気のない公園を走りだし、辺りを探し出す。
もはや小さくなりすぎたシゲの力を、私に感じ取れるはずもなかった。

魔の者との戦いの影響が出ないように、この公園には結界が張ってあるはず。
弱ったシゲが簡単に出て行けるはずもない。彼はこの公園にいるはず。広い公園だが、探せばどこかに必ず・・・。





「・・・。」





並ぶ木の下に何かが見える。
私の目が、公園の街灯に照らされた金色を捕らえた。








「シゲ・・・!!」







名前を呼ばれ、ピクリと体を揺らした。
そして、俯けていた顔を上げた。









「・・・・・・。」










ボロボロの体で、傷だらけの顔で、私の名を呼ぶ。










「・・・格好・・・悪いなあ・・・。こんな姿で・・・お前には会いとうなかったわ・・・。」










それでもいつもと同じような笑みを見せようとするシゲの姿に、胸が痛んで、苦しくて、切なくて。





私はすぐに彼に駆け寄る。





そして今にも儚く消えてしまいそうな、シゲの体を抱きしめた。













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