一人を望み、一人でいることを選んだ。 でも、だからこそ私は。 そんな貴方を一人になんかさせない。 哀しみの華「っ・・・?!?!」 「!・・・克朗・・・。」 「お前・・・何してるんだ・・・!今お前は家にいるはず・・・いや、いい。まずはこっちへ来い。」 シゲを探し走り続けていた私を呼ぶ声。 それが知らない声だったのならば立ち止まったりしなかったけれど、その声は私のよく知る人のものだった。 一瞬、どうして彼が今ここにいるのかという疑問が頭をよぎったけれど答えはすぐに見つかる。 そうだ、松下さんがこっちに来ていたのなら、克朗も一緒に来たに決まっている。当然、シゲのことも連絡がいっているのだろう。 克朗は辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、私の手を引きそこにあった林の影へと姿を隠した。 「何故お前がここにいる?」 「・・・シゲをほっとくなんてできないよ。」 「松下さんと榊さんが結界を張ったはずだろう?まさか、自力で破ったのか?」 「ううん。無理だったから、ちょっと卑怯な手で外から開けてもらった。」 「お前っ・・・!それがどういうことかわかってるのか?!」 「わかってるよ。」 声をあげて必死の表情で私を見る克朗。 彼が聞く問いにひとつずつ答えてゆく。今更、嘘をつく必要などない。 「・・・真田と笠井は・・・?」 「別の場所を探してる。『上條』って人の家にいったけど・・・そこには誰もいなかったから。」 「・・・。」 克朗が顔を歪めた。 一馬と竹巳と共に向かった『上條』の家。 そこにいた退魔師の目をかいぐぐり、壊れた扉から見えたのは荒らされたように飛び散る家具と、そこで何があったかを想像できるような血だまり。そして、そこで使われただろう"力"の気配。 もしかしたら私たちは間に合わなかったのではないかと、そんな不安を抱えながら、どこに行ったかもわからないシゲを探した。 当てのない場所を探すのは容易ではなく、私たちはそれぞれ別れてシゲを探すことにした。 「・・・シゲは・・・人を喰ったよ。」 「!!」 「だから、今は退魔師を総動員させてシゲを探してる。」 「・・・嘘・・・は、つかないか。克朗は。」 「今ならまだ間に合う。笠井と真田と一緒に戻るんだ、。 お前らまで追われる身になることなんて、シゲも望んでなどいないだろう?」 「・・・。」 シゲが誰かを喰ってしまったと聞いても、ショックはあれど驚きはなかった。 彼はそれだけの覚悟と、憎しみを持ってあの家を出たんだ。 ただ、その言葉を聞いたとき、胸が締め付けられるように痛んだ。 「俺もお前らが大切やった。」 私たちを大切だと、そう言ってくれたシゲ。 だから一人で行った。だから一人で全てを背負おうとした。 克朗の言うとおり、私たちがシゲを追うことを望んでなんかいないんだろう。 でも、だからこそ。 「私は、シゲを追うよ。」 「!」 「シゲがそんなこと望んでいないことなんてわかってる。でも、だからこそ彼を一人になんてさせられない。」 「・・・!」 「一人にさせない。そう決めたの。」 こんなときまで一人でいようとしている。全てを背負い、悪者になろうとしている。 勝手に行動し、力を使い、彼は人間を喰ってしまった。 その行動を認めることなんてできないけれど、否定だってできない。 人を喰ったというシゲを目の前にしていないからなのかもしれない。実感していないからなのかもしれない。 だけど。だけど私は。 多くの人がシゲの行動を責めても、きっと彼の味方でいるのだろう。 そしてそれは、竹巳であっても、一馬であってもきっと、同じことだ。 「それなら・・・俺がお前を止める。」 「・・・。」 「お前が大切だと言っただろう。縛り付けてでも連れ帰る。」 「・・・松下さんと同じようなことを言うんだね。さすが弟子ってところかな。」 「茶化すな。最後の忠告だ。家に帰れ。」 「ありがとう。・・・でも、ごめん克朗。」 「・・・わかった。お前がそういう気なら仕方がない。」 克朗の表情が変わった。 私は即座に地面を蹴り、克朗から離れる。 魔の者の力によって、その辺の退魔師には負けない力は持っている。 けれど、松下さんや克朗のような上位の退魔師にはまだ力が及んでいないこともわかっている。 そうなれば私たちが彼らに勝っているもので戦うしかない。 それは身体能力。ただの人間である克朗たちは、私たちの足に追いつけない。 克朗を説得できないのなら、この場から逃げるしかない。 「待てっ・・・」 「?!」 克朗の言葉と同時に、どこからか感じる大きな力。 どこかで私でも感じ取れるくらいに大きな力がぶつかりあっている。 片方は感じたことのない、禍々しい気。そして、もう一つは・・・ 「・・・シゲ・・・?!」 力がぶつかった瞬間こそ、大きな力だったけれど。 その片方の力は徐々に小さくなり、今にも消えてしまいそうだ。 けれどその力は確かに、私の知っているものだった。 シゲは弱っている。 けれど、それでも"魔の者"の力を発揮せざるを得ない状況に追い込まれている。 そしてその相手は純粋な人間の力ではない。もう一つの大きな力は、明らかに"魔の者"のものだ。 「・・・これは・・・。まずいな・・・。」 「克朗・・・!場所は?わかるの?!」 力がぶつかりあっているのはわかる。 けれど、その場所がどこなのか特定できるまでの感知能力は私にはない。 「ここで無駄な時間をくってる場合じゃないでしょ?シゲが別の魔の者に喰われる! そうなったら・・・誰にも手に負えなくなる!!そうでしょう?!」 「・・・わかった。だがお前は・・・」 「戻らない!こうなった私が意見を変えるわけないって克朗はわかるでしょう? それに私の力だって役に立つはずよ!お願いだから克朗・・・シゲの居場所を教えて!」 「・・・。」 克朗が何か言いたそうに、眉間に皺をよせ口を開こうとする。 けれどこれ以上何を言っても、私が意見を曲げないこともわかっている。 ここで戦っても、私を止めようとしても時間の無駄だということも。 ほんの少しの沈黙の後、克朗が諦めたようにため息をついた。 「わかった。だが、絶対に・・・」 「わかってるよ。無茶はしない。」 「・・・言わなくてもわかっていたか。」 「当然でしょ。克朗の口癖だもん。」 克朗が小さく笑みを浮かべ、また表情を元に戻す。 そしてこっちだと言うように指を指し、その方向へと走り出した。 私も克朗の後につく。 その方向へ走っていく度に、ぶつかる力が大きく感じる。 なのに、片方の力は手に取るように弱まっていくのがわかる。 近づいているのに、弱くなっていく力。 それは、5分ほど走った頃には何も感じ取れなくなった。 「・・・っ・・・。」 「慌てるな。力は大きいほどに感じ取れる。 恐らく感じ取れないほどに小さくなっただけだ。まだ間に合う!」 「・・・わかってるよ・・・!」 シゲの力を感じ取れなくなったとき、私の異変に気づいたのだろう。 克朗はすぐさま私に声をかけた。 わかっている。ただ、力が小さくなっただけだ。 シゲは要領がいいから、きっと無事でいる。 例えばかなわない魔の者を前にしたって、逃げ切れるだけの頭も持っている。 わかっているのに。 そう、信じているのに。 消えることのない不安が、私の中を駆け巡る。 「・・・!もう一つ・・・松下さんだ!」 そうして突然現れた第三の力。 それは私たちもよく知る力。松下さんのものだった。 けれど、不安は消えない。なぜなら。 「・・・力が・・・大きくなっている・・・?」 最初に感じたときよりも明らかに大きくなっている力。 それはシゲのものでもなく、松下さんのものでもなく。 禍々しい、妖気。 彼らと戦っている、魔の者の力だった。 消えたシゲの気配。徐々に大きくなってゆく魔の者の力。 今現れた松下さんだって、大きな力を持っているはずなのに。 襲いくる不安は、ただ私たちを焦らせて。 とにかく必死で走る。私の感知能力が高ければ、もっと、もっと速くそこへたどり着けるのに。 そしてついにたどり着いたその場所でぶつかる大きな力。 突風が吹き荒れるような、力のぶつかり合い。 「・・・ぐああっ・・・!」 瞬間、目に入ったのはボロボロになり、声をあげる松下さんの姿。 そして。 魔の者の体に取り込まれ、今にもその姿を失いそうなシゲの姿だった。 TOP NEXT |