「ぐあっ・・・!!」 何も、聞こえない。 「うわああーーー!!」 何も、感じない。 「ひいっ!助けてっ・・・」 もう、どうなったって構わない。 「シゲッ・・・!お前は一体・・・!」 俺の姿に驚きながら、それでも冷静でいようとする 目の前のこの男を消すことができるのならば。 哀しみの華その場にいた数十人の黒服は、ほとんどが意識を失い地に顔をつけていた。 撃たれた銃弾がいくつか俺の体を貫いたが、多少の痛みはすれど今の俺には大した傷ではなかった。 「どういうことだ!それだけの銃弾を浴びながら・・・何故動けるっ・・・!!」 「・・・ちょいと特殊な事情があんねん。」 「よ、吉田は!吉田はどうした!!」 「もうとっくに助けたわ。アンタらが逃げ惑ってるうちにな。」 一歩一歩近づいていくたびに、恐怖に慄く表情に変わっていく上條。 先ほどまでの冷静さが嘘のようで、滑稽で。 人を使い、人を傷つけ、全てを自分の思い通りにしてきた男。 絶望を味わえばいい。追い詰められる側になってみればいい。 「それだけのことをしたんや。覚悟はできとるんやろうな。」 「何をっ・・・!私は君を仲間にしたかっただけだろう?!」 「今更嘘はいらん。アンタは麻衣子の望みを叶えたかっただけやろ?」 「確かにそれもあったが、君の力だって評価していた! そうだ、君のその力があるのなら、我々は無敵じゃないか!なあ、そう思うだろうシゲ。」 「どこまでもめでたい奴やな。」 思わず笑いが零れた。 あんなに他人を見下していた男が、今まさに自分の命の危機に晒されてると分かるとコロリと態度を変える。 こんな男に振り回されていた自分が情けなくなる。 俺はまた一歩、彼に近づいた。 「お前のっ・・・!!」 「?」 「お前の交友関係はわかっているんだ!俺を傷つけたら・・・どうなるかわかっているだろうな!」 「・・・。」 「お前はこれから逃げ続けるんだろう?!仲間や吉田を連れて逃げるのか?! それができないならば、私や私の部下がどこまでもお前を追い、彼らを追い詰めてやるぞ!!」 俺の態度が変わらぬことで、最後の手段に出たんだろう。 ノリックを、あいつらをまた傷つけると俺を脅している。 俺がこの男につかない限り、それはずっと、ずっと続くのだろう。 「考え直せシゲ!ギブアンドテイクで行こうじゃないか!」 「そ、そうですわシゲ!貴方の大切なものは私たちが守ってあげますわ!」 「・・・。」 「私と一緒にいましょう?退屈が嫌いな貴方に退屈なんてさせませんわ。 欲しいものは何でも、行きたいところはどこへでも。ねえ、ずっと一緒にいましょう?」 上條と、残った数人の黒服の後ろから麻衣子が声を出した。 その表情は怯えながらも、未だ希望と理想を持ったままの目。 現実を見ず、欲しいものだけを見て、自分だけが幸せであればいいと。 「俺がアンタらの側につかない限りは・・・今までの行動も止めないってことやな?」 「ああそうだ!だからシゲ、君は・・・!」 「選択肢はもうひとつあるやろ。」 上條が話している間に床を蹴り、俺は瞬時に上條の目の前まで跳んだ。 突然目の前に現れた俺に上條は体を固まらせ、俺を凝視する。 「アンタらを消せばええんや。」 上條の首を掴み、笑みを向けると上條は青ざめて、近くにいた黒服に助けを求めた。 けれど奴らもその場から動くことができないようだ。 「はっ・・・離せ!上條さんをっ・・・ぐああっ!!」 上條の首を掴みながらも、必死の形相で襲いかかってきた黒服の攻撃をかわし同時に蹴り飛ばす。 黒服の体は宙を舞い、地面に叩きつけられると数メートルほど転がり、ピクリともしない。 力の加減はできなかったから、もしかしたら死んでしまっているかもしれない。 芽生えた殺意。次々に自分を襲う負の感情。 抑えることのできないその感情は、この力を増幅させた。 そしてそれは。 もう、自分でも制御できない位置まで来てしまっている。 「や、止めてくれシゲ・・・!お願いだ・・・。」 「シゲ・・・!止めて!お父様を殺さないで・・・!」 この場に残っているのは、青ざめた顔の上條と娘の麻衣子だけとなった。 守ってくれるもののない二人は、必死で俺に懇願する。 けれど俺は、上條の首を持つ手を決して離さなかった。そして。 「やめっ・・・」 掌から力が流れ込んでくる。 それと同時に、上條の顔から生気が抜け落ちてゆく。 「止めてーーーーーーーーーー!!」 堪忍な、お前ら。 「・・・どうして君はいつもそう・・・素直に頷けないかな。」 自分では結構気長い方やと思てたんやけど。 「何だよ!どういう意味だそれ!おい!佐藤!」 結局こうして抑えきれずに、お前らに迷惑かけてしまうんやろなあ。 「それなら私も行く!」 ごめんな、皆。 「シゲが大切だからだよ。一人で苦しんでほしくない。」 ごめんな。。 「う・・・嘘、でしょう・・・?お父・・・様・・・?!」 掴んでいた上條の首。けれど俺の手にはもう何も残っていなかった。 今目の前にいた上條は、サラサラと砂が崩れるように塵となり消えた。 「嘘でしょシゲ・・・!私を驚かそうとしているんでしょ?!お父様を・・・お父様をどこへ・・・?!」 「・・・ここや。」 俺は自分自身を指した。 上條はもう俺の一部となった。それは、つまり。 「どういう・・・こと・・・?」 「俺が喰ったんや。もう戻ってこない。」 そう、俺が喰ったのだ。 普段喰っていた力のない魔の者とは違い、実体のある人間は俺の腹を満たした。 そのせいか、とめどなく流れていた血も貫かれた銃弾の痕も、普段よりも更に速いスピードでの治癒が始まっている。 「何を言ってるのよ!そんなことできるわけ・・・!!」 「できるんや。」 「・・・!!」 「俺は人間やない。人を喰って生きる化け物や。」 「う・・・嘘っ・・・嘘よ!!」 「じゃあ今見たのはなんやと思う?俺は上條を喰ったんや。」 恐怖で声もまともに出せなくなった麻衣子。 俺はそんな彼女に更に言葉を続けた。 「なあ麻衣子。お前は俺のことが好きやったんなあ。」 「!」 「あんなことまでして、俺を手に入れようとするくらいに。」 「・・・っ・・・あっ・・・。」 「なあ、今の俺を見ても同じことが言えるか?」 「・・・っ・・・!」 もはや麻衣子の目に映る俺は化け物でしかないのだろう。 希望も理想もない、絶望の目。そして俺に対して感じているものは恐怖のみ。 「理想だけを押し付けて、満足やったか?」 「・・・いや・・・」 「俺のことをわかったフリをして、理想の"恋人ごっこ"は楽しかったか?」 「・・・止めて・・・来ないで・・・!!」 「・・・虫唾が走るわ。」 「いやあーーーーーっ!!!」 「止めろ!!シゲ!!」 別の場所から聞こえた、聞き覚えのある声。 俺は麻衣子に触れようとした手を止め、そちらを振り返った。 「・・・シゲ・・・お前・・・。」 そこにいたのは、俺たちに生きる術を与えた人。 「くそっ・・・どうして・・・!!」 悲しそうに顔を歪め、それでも俺たちを救いたいと、そう言った。 「久しぶりやな。松下さん。」 俺は笑う。 以前別れたときと同じように。何事もなかったかのように。 「ああ・・・。こんな形で・・・会いたくなんてなかったよ。」 つらそうに、悲しそうにした表情は一瞬。 言葉の後、彼はすぐに表情を変えた。 冷静な顔でまっすぐに俺を見つめる。 その表情は、俺たちを殺すとそう言って覚悟を決めた、あの頃と同じだった。 TOP NEXT |