「僕、吉田光徳って言うねん。君も関西出身なんやって?」





ノリックと一番初めに会ったのは、どれくらい前やったろう。
アイツと出会ってから、どれだけの時間が経っただろうか。





「ノリックって呼んでや!これからよろしくな!」





この真っ暗な世界には不釣合いな、なんてお気楽な笑顔やなんて思ってた。けど。





けれど、アイツの屈託なく笑う顔は、少しずつ、少しずつ俺の警戒心を解いていった。





いつしかその存在に救われていた。













哀しみの華

















「久しぶりだなシゲ。会いたかったよ。」

「俺は心底会いとうなかったわ。」

「ははっ。相変わらずはっきりと物をいう。君らしいな。」

「余計なお喋りはいらん。ノリックはどこやねん。」





日本の家らしからぬ、洋風の城をモチーフにしたような家。馬鹿でかいその家には、何度か来たことがあった。
組の付き合い・・・とでも言うのやろうか。まだこの上條という男をわかっていなかったとき。
組の奴らをこの男が家に招いたことがある。家でパーティーやなんて、一体どこぞの外国かぶれかと思ったのを覚えてる。





「そう焦るな。吉田はちゃんと生きているよ。」

「・・・。」





「無事」とは言わずに、「生きている」とそう言った目の前の男。
それは無事ではないと言っているのと同じ。恐らくノリックは相当に痛めつけられ、どこかに隠されている。

この広い家と、恐らく大勢いるだろう上條の部下。
たとえここでコイツをどうにかしたところで、ノリックを助け出すことは簡単なことでは無い。





「先に君とは契約を結びたい。」

「契約?」

「正式に、私の部下に・・・いや、後継者にならないか?」

「・・・。」





コイツの言いたいことはわかっている。
それはこの男自身の望みなんかではないことも。





「アンタ、こない勝手なことしてええの?」

「組長のことを言っているのか?それなら安心しろ。俺はもう組を抜けた。」

「なっ・・・?」

「もうあの人に対抗するだけの力はある。あんな情ばかりを優先する頭など、私はついていけないと常々思っていたんだ。」

「まさか・・・。」

「吉田は良いきっかけを作ってくれた。組長を通じて私に文句をつけるだなんて、アイツも偉くなったものだな。」

「・・・。」

「もはやあの人ももう私の敵だ。だからこそシゲ、君の力が必要なんだ。いきなりの幹部待遇なんて他にはないぞ?」





笑いながら、俺の表情を見てもまだ楽しそうに話を続けるこの男に吐き気がする。
俺はあの組長やから、協力する気になり情報屋として動いていたんや。

暴力団を抜けるということは、大きなリスクも伴う。簡単なものではない。
なのに、今こうして余裕で笑っている上條。一体組を抜けるためにどんなことをしたのか。
そんな疑問が頭をよぎったが、今はそんなことは関係ない。興味もない。

それよりも、ノリックがに話したという電話の内容を思い出していた。
上條のことを組長に話したと。だからもう心配しなくていいと。ノリックはそう言っていたとから聞いた。
けれど、結局はコイツにばれて。俺との繋がりも見抜かれた。
そして今、アイツはこの男に酷い目にあわされていることも想像がつく。

俺が、ノリックと出会ってしまったから。知らないフリをして誤魔化しとおすこともできなかったから。
お人よしなアイツが俺のことを気にかけることくらい、わかっていたのに。







「・・・ノリックはどこや。」

「だから君の返事が聞けないと、彼とあわせるわけにはいかないとそう言っているだろう?」

「上等やないか。ええで、何でも聞いたるわ。」













「シゲ。一人で突っ走って迷惑かけて。俺が言いたいことわかってるよね?」



「そういうときくらい俺たちを頼れよ!俺たちは仲間なんだろ?!」



「・・・でも、本心だから。今まで思ってたけど、言わなかっただけ。」





いつの間にか当たり前に傍にいるようになった奴ら。
たまたま境遇を同じくした、ただの他人。なのに。

あいつらにもう迷惑はかけたくないと、そう思った。
余計な心配など、させたくなかった。





「僕、組長に言うわ。だからお前は何も心配せんで、ここで暮らしてればええよ。」





だから、組長に告げるといったノリックを止めることもしなかった。
それで、全てが終わってくれればいいと。そんな甘い考えで。

終わるわけがなかった。
この、誰よりも自分と娘に執着するこの男を無視して、全てを終わらせることなんてできるわけがなかった。





「よく言ってくれたシゲ!ここにいる皆が証人だ!」

「・・・。」





周りを見渡せば、いつの間にか黒服の集団がゾロゾロと集まり、俺を取り囲んでいた。
もう俺を逃がす気などないのだろう。そして、その黒服とともに、甲高い女の声が聞こえた。





「・・・シゲッ!!」

「・・・麻衣子・・・。」

「戻ってきてくれたのね・・・!ひどいわ!私に何も言わずどこかへ言ってしまうなんて!」





俺の首にまとわりつくように抱きついた女。
目の前で笑みを浮かべる、上條の娘。
どういうわけかずっとこの女は俺にずっと執着していた。
俺のどこがいいのかなんて、さっぱりわからないのに。





「麻衣子、俺な、ノリックに会いたいねん。」

「ああ、そうね。シゲは友達思いだもの!私はわかってるわ!」

「・・・。」

「お父様!吉田さんを連れてきてあげて!」

「ああ、わかったよ麻衣子。・・・連れてこい。」





上條の近くにいた黒服に、顎で指示を出す。
その間にも俺を見て、ニヤニヤと笑っているこの男がひどく憎く思えて仕方がなかった。

そして、





「シゲ、これからはずっと一緒ですわね?ねえ、約束して?」

「・・・。」

「私はこんなにシゲのことを愛しているのに・・・!どうしてシゲは何も言ってくれないの?」





何も、わかってなどいないくせに。
俺のことなど、何も知らないくせに。そう、誰も・・・俺のことを知るはずなんてないんや。
俺自身、誰にも自分を見せずに生きてきたのだから。

長年の腐れ縁だった幼馴染にも、ずっと一緒だったダチにも。
誰にも、自分を見せずに。ひとりが好きだったから。気楽だったから。

誰も知るわけがない。
ましてや、こんな勘違い女なんかに。





「お前、知ってたんか?上條さんのやってたこと。」

「何のこと?」

「お前が頼んだんやろ?俺を探すようにって。」

「ええ・・・。だってシゲ、何も言わずにどこかへ行ってしまったから・・・!
泣いている私を見てお父様が助けてくれるって・・・。」

「・・・その手段が、俺のダチを襲ってたってことは?」

「・・・多少手荒になってしまったみたいだけれど・・・。お父様は私のことを思ってしてくれたのだもの。仕方ないわ。」





仕方ない?一体何が、何を基準にしてそんなことが言える?
あいつらは俺と違って夢を持っていた。俺と違って、いつもまっすぐやった。
サッカーが生きがいのあいつらにとって、怪我してサッカーが出来ないやなんて、どれほどのことだったか。





「けどこうして会えたんだもの!もう心配ないわ。」

「・・・。」

「麻衣子、仲睦まじく話しているところ悪いが、彼の友達を連れてきたぞ。」

「仲睦まじいだなんて、嫌だわお父様!」

「・・・ノリック・・・?」





上條の後ろにいる大男の肩に背負われ乗せられている、ピクリとも動かない人間。
顔はこちらへ向いていないが、それは・・・。





「ノリック・・・!おい・・・!!」

「今は気を失っていてね。聞こえないよ。」

「お前ら・・・何を・・・!」

「おっと、彼には触れないでくれるか。これから彼は大切な存在となるからね。」

「!」





肩に担がれたノリックの体からは、血が滴りおち、腕にも足にも無数の傷。
腫れあがった肌は、土気色をしていて。
ピクリとも動かないノリックが生きているのかどうかさえも、わからなかった。

一体どれほどの目にあわされていた?
それでもきっとコイツは、俺のことを喋りはしなかったのだろう。
こんな目にあわされて、それでも。



昔からアホなくらいのお人よしで。
どうして暴力団に入ったのかもわからなかった。
組長の人柄に惚れた、と言っていたが、奴ほど暴力団なんて闇の世界が似合わない男もいない。

その闇の世界で、闇に取り込まれることなく笑っていたノリックに、俺はどれほど救われたかわからない。
最初はうざい奴としかと思わなかったのに。いつしか一緒に笑っている自分がいた。





「君が完全にこっち側の人間になるまで、彼には活躍してもらわないと。」

「・・・何、言うてんねん。何でも聞く言うたやろ?!」

「とはいえ、君は人を騙すことがうまいからな。」

「ノリックを離せ言うてんねん!ええ加減に・・・」

「いい加減にするのはお前だ。シゲ。」





黒服の集団が俺を取り囲み、黒い銃を向ける。
麻衣子は俺から引き離され、その集団の後ろへと追いやられた。





「往生際が悪いぞシゲ。私たちの世界ではこんなもの普通だろう?」

「・・・っ・・・。」

「欲しいものは力づくでも奪う。たとえ何を犠牲にしても・・・なっ!!」

「ノリック!!」





上條に殴られたノリックの体が跳ねる。
それでも意識を失ったままのノリックは反応さえも見せない。









『・・・僕、強くなりたいんです!それでプロサッカー選手になりたい!』



『勝負やシゲ!次は絶対負けへんからな!覚悟しとけ!!』



『お前、本当にサッカー止めるのか?お前なら絶対・・・いや、お前が決めたことならいい。』



『僕はシゲ寄りの人間やから、お前が今幸せやっちゅうならそれでええと僕は思う。』









一人でいようとした俺に、何度も何度も体当たりでぶつかってくる、そんな奴ら。
俺にはないものを持っていた。闇の中にいた俺には、眩しく思えた。

そんなまっすぐな奴らが、俺の為に。
俺なんかの為に、あんな目にあう必要なんてなかった。

結局心を開くことなく、自分を見せることさえしなかった俺の為なんかに。

こんな、こんな自分勝手で、クズみたいな奴らに巻き込まれて。









自分の中で、何かが弾けた。
弾けて、音を立てて崩れ落ちてゆくような、そんな感覚。










この時初めて、本気で思った。





湧き上がってくるのは、たった一つの感情。





誰かに対して本気でそれを感じたことなど、きっとなかった。





けれど今、確実に俺の中に芽生えたその感情は









たった一つの、殺意だった。













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