大切だから。





この場所が、この時間が、ここにいる皆が。














哀しみの華














「なーー。めっちゃ暇なんやけどー。」

「昨日と全く同じ台詞言わないでよ。あとちょっとなんだから我慢したら?」

「気の長いシゲちゃんでもそろそろ我慢の限界やわ。暇すぎてしゃーない。」

「とりあえず今日は皆いるし。松下さんと克朗と三上も来るし。退屈はしないんじゃないの?」

「何が悲しくてそんな男ばっかりの場所で暇つぶさなあかんねん。とりあえず外に出たいわ。」

「それに関しては竹巳を説得してください。」

「それができたら苦労せえへんちゅーねん。どうもアイツはかたっくるしくて苦手や。
・・・ちゅーかその笠井はどこにおんねん。部屋か?」

「買い物に行ってもらってる。荷物持ちで一馬も一緒。」

「はあー。に重いもの持たせられんって?とことん紳士やなあ。」





昨日と同じ第一声を発しながら、部屋から出てきたシゲ。
もう昼時も近い時間だというのに、今起きたらしい。あくびをしながら寝ぼけ眼で頭をガシガシとかいている。

今日は久しぶりに松下さんや克朗と会える。
彼らを迎える準備でもしておこうかと考えていると、竹巳が買い物をかってでてくれた。
食材やほかにも買い足しておくものは結構あり、それを告げると竹巳は丁度リビングにいた一馬に笑みを向けた。
竹巳の笑みに何事かと少し怯えていた一馬だったが、話を聞くと素直に頷き二人は買い物へと出かけた。





「暇やなあー。」

「じゃあ今日は自慢の料理の腕でも見せてよ。手伝うし。」

が作るんちゃうの?」

「ちょっと悔しいけど、正直シゲの方がうまいし。」

「俺は何でもできる男やからな。お買い得やで?」

「何がお買い得・・・」

「けど今日は任せるわ。あの二人が食いたいんはの手料理やろうし。
わざわざ遠くまで来て男の手料理なんて食いたないやろ。」

「・・・そういうもの?」

「そういうもんや。」





腕を組んで納得するかのように、シゲがうんうんと頷いた。
どうせ食べる料理ならおいしい方がいいんだろうけど・・・。まあ料理をすることが苦になるわけではないし、問題ないか。
そんなことを考えながら、そういえばもうお昼が近いと思い立ち、私は台所へ向かう。
竹巳と一馬が帰ってきた頃に、何か用意できている状態にしておこう。









ピリリリ、ピリリリ





ー。の携帯やでー?」

「え?誰からだろう。克朗かな。」

「・・・げ。ノリックや。」

「げって何。じゃあシゲが出ていいよ。私、今手離せないから。」

「嘘やん。手濡れてるのなんて拭けば・・・」

「いいから!切れちゃうでしょ?」

「・・・ホンマ真田に影響されすぎやで。・・・ったく、しゃーないなー。」





携帯のディスプレイに表示された名前はノリックさんだったらしい。
何の用で私の携帯にかけてきたかはわからないけれど、シゲがらみのことであることは間違いないだろうし。
それなら前のように私を通じて話をするよりも、本人に出てもらった方が早い。
シゲは渋々と私の携帯を手に取り、通話ボタンを押した。





「あー、もしもし?」





何ていうのか、照れてるというかぶっきらぼうと言うか。
いつもとは違うシゲに少しの笑いを浮かべつつ、私はまた昼ごはんの準備へと戻る。





「・・・アンタは・・・。」

「・・・?」

「・・・ノリック?!」





そして、一瞬で変わった空気。それを感じて私は再度シゲの方へ振り向く。
シゲの顔が鋭いものへと変わり、ノリックさんの名前を叫ぶ。





「・・・シゲ?」





神妙な顔でシゲを見る私に対し、シゲは外に出るような素振りを見せる。
私はそんな彼に駆け寄り、引きとめ首を振った。





「・・・っ・・・」

『聞いてるのかシゲ。吉田がどうなってもいいのか?』





大きな声。太く、しっかりと通る声が受話器から聞こえる。
そしてその人が告げた台詞に含まれていたのはノリックさんの名前。





『お前がどこにいるのかは知らんが、これ以上逃げ続けて他人を巻き込むのはどうかと思わないか?』

「・・・つくづく悪いお人やな。」

『私は話がしたいと言っているだけだよ?逃げ続けて周りに迷惑をかけているのはお前だ。違うか?』





ノリックさんの携帯からかけられてきた電話。
シゲが表情を変えて、冷や汗をかきながら離す相手。
まさか、ノリックさんの言っていた・・・





『私の家は知っているね。そこまで吉田を迎えに来てやってくれないか?』

「アンタの言うことを素直に聞く思うてんの?」

『私は別に構わないよ。ただ、うちの若いのは血の気が多いから・・・吉田の命の保証はできないがね。』

「・・・。」

『言っているだろうシゲ。私は話がしたいんだ。君と喧嘩をしたいわけじゃない。』

「よう言うわ。」

『では、待っているよ。』





電話が切れた音が響き、シゲが無言で携帯を握り締めた。





「・・・シゲ。今のって・・・。」

「・・・多分、が予想してるお方や。」

「・・・上條・・・って人?」

「ああ、上條さんや。」

「ノリックさんがその人に捕まったってことだよね・・・?」

「そういうことやな。ご丁寧にノリックの叫び声まで聞かせてくれたみたいやし。」





シゲが携帯を持ったまま、立ち上がる。
私は彼を引き止めるように、シゲの服を掴んだ。





「行くつもり・・・?」

「・・・ああ。」

「罠に決まってるのに・・・?」

「あんなんでも一応、俺のダチやねん。」

「・・・!」





いつでもマイペースで、自分の本心を見せようとしないシゲ。
本当に彼を理解してくれる人など、とても少ないのかもしれない。
だからこそ襲われた3人のサッカー選手が、ノリックさんが、自分のせいで巻き込まれてるだなんてほっとけるはずがないんだ。
ずっとそれを抑え込んでいた。数日前のシゲはそれでも抑えることのできなかった彼の感情の表れだった。


恐ろしく冷たい顔をしたシゲ。
彼はきっと一人で行っても負けることはないのだろう。けれど。





「待って・・・!今日、松下さんも克朗も来る!相談してみる価値は・・・」

「俺が組から抜けることをなんとかする言うたのはあの人たちやで?けど、全然なんとかなってへん。
悪いけど頼る気にはならんわ。そもそもそんな時間の猶予もないしな。」

「・・・だけど・・・!」

「行かせてや。」

「・・・。」





シゲの気持ちがわからないわけじゃない。
ここまでされて、腹が立たないわけがない。大切な人を助けにいかないはずがない。





「行かせてくれへんのやったら力ずくでも行くで。でも手加減はせえへん。」

「・・・私も行く。」

「・・・は?」

「それなら私も行く!」

「・・・何を、言うてんねん。には関係ないことやろ?」

「関係なくないから言ってるの!シゲがどうしても行くっていうなら私も行く。」





暴力団の幹部の家。ノリックさんという人質も取られた状態。
シゲが一人でそこへ行って、力の制御をできる保証もない。
力の暴走はつまり、私たちの自我の崩壊。

シゲが一人で苦しむ必要はない。
こんなことでシゲを魔の者に取り込ませたりはしない。





「そんなん、明らかに約束違反やで?笠井の説教なんかじゃすまへんで?」

「わかってるよ。」

「何も言わずに一般人のところに行って、多分この力を使わざるを得んことになる。
そしたらもう、松下さんの家に守ってもらうことも難しくなるんやで?」

「うん。」

「下手すれば、追われる身になる。松下さんの言ってた言葉、忘れたわけやないやろ?!」

「忘れてないよ。忘れるわけ、ない。」





「その時は俺が、君たちを殺す。」





忘れるわけがない。
松下さんの真剣な表情。まっすぐ見つめる眼差し。彼の覚悟。

人を喰ってしまえば、もしくはそれに値する何かをしてしまったら。
私たちは被害者から加害者になる。保護されるべき対象から外される。





「つまりは俺と二人で逃避行してくれるってわけやな?」

「それでもいいよ。」

「アホか!俺一人やったら、俺がやったことですまされるはずや!
何でわざわざお前が首突っ込んでくんねん!」

「大切だから。」

「!」

「シゲが大切だからだよ。一人で苦しんでほしくない。」





シゲが目を丸くして、言葉を失った。
こんな言葉を口に出したこと、今まであっただろうか。
彼らに出会って、それがどんなに大切なことかを知って。

制限された生活。
捨てなければならなかった過去。一度は失った未来。
でも私は彼らに会えて変われたと、そう思うんだ。

大切な場所。大切な人たち。誰も、失いたくない。





「・・・なんやそれ・・・。」





シゲが、笑う。
複雑そうな、困ったような表情で。





「お前にそんなん言われたら・・・何も言えへんやん・・・。」





そう言いながら、ドアに歩き出そうと力を入れていた手と足の力を緩める。
私もそれに従い、彼の服を離した。





「そうやって心配されるっていうんはうざいだけって思てたけど・・・。なんや、結構・・・嬉しいもんやな。」

「・・・うん。」

「やばいな、俺も真田に感化されとる?」

「あはは、そうかもね。」

「・・・けど・・・。」







ガッ・・・







「っ・・・!」

「けど、ごめんな。」





油断して力を抜いていたところへ、体に衝撃が走る。
一瞬、何が起こったのかもわからなかった。そのまま私は床に崩れ落ちる。










「これが俺のやり方や。」










薄れてゆく意識の中、視界はぼやけていたのに、
シゲは悲しく、泣き出しそうに笑った気がした。















「俺もお前らが大切やった。」















ドアの開き、そして閉まる音。廊下を駆けるシゲの足音。

動かすことのできない体と、薄れていく意識。
行かないでと叫びたくても、声にすらならない。



大切なんだ。
4人で過ごすこの生活が。4人で過ごしてきたこの時間が。
無くしたくなかった。1人で苦しませたくなんてなかった。





だから、お願い。



1人で全てを背負おうとなんてしないで。



泣きそうな顔で、笑わないで。





行かないで。











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