温かな時間。 それを実感できることが、嬉しかった。 哀しみの華「なーー。めっちゃ暇なんやけどー。」 「私に言わないでよ。知らないしそんなの。」 「冷たいなあ。シゲちゃん悲しいわ。」 「自業自得。私も竹巳に怒られるの嫌だから大人しくしててよ。」 あの日の騒動から、数日が経っていた。 シゲにどんな理由があったとしても、私たちに何も言わずどこかへ行こうとしていたことは事実。 竹巳の提案で、シゲには少しだけ"謹慎"をしてもらうことになった。 それは1週間ほど、この家から出ないというもの。 何かしらの理由をつけては外に遊びに出ていたシゲ。 彼にとっては大分こたえているようだ。最初の数日はなんとか暇をつぶしていたようだが 後半は暇をつぶせるものがなくなったようで、リビングのソファに寝転んでいた。 「暇なら掃除手伝う?」 「掃除?ああ、明日松下さんと渋沢の兄さんが来るんやっけ?」 「そうそう。こっちの方で仕事があるから寄るんだって。」 「相変わらず忙しそうやな。別に寄らんでもええのに。」 「あれから結局ほとんど会ってないじゃない?だから心配なんだよ私たちのこと。あの二人は心配性だから。」 「ふーん・・・。まあええけど。」 私たちが魔の者に入り込まれ、様々なことを教えてくれた松下さんと克朗。 三上から聞いた話だと、二人ともずっとこちらに来たがっていたようだ。 けれど、松下の家の中心人物ともいえる二人。 上がなかなか許してくれず、半ば強行する形で今回の訪問を決めたようだ。 来てくれることは嬉しいけれど・・・私たちのせいで彼らの立場が悪くなるのかもと思うとちょっと憂鬱だ。 「じゃあ暇やし、手伝おうかな。」 「まあそんなに気合入れてする場所もないんだけど。基本綺麗好きじゃない?皆さ。」 「そうやでー。シゲちゃんは綺麗好きやねん。」 「下手すると私よりもそうかも。」 「かもな。けど気にせんでええで?そんな大雑把なも好きやから。」 「それはどうも。」 「また流すし!」 どうやら本当によっぽど暇らしい。 シゲはぶつぶつ言いながらも私から雑巾を受け取り、床の小さな汚れをこすりだした。 私も小さく笑いながら、窓を開けはたきを使って棚のほこりを払い出した。 「・・・そういえばさ。」 「何?」 「シゲ、ノリックさんに連絡した?」 「してへんよ。別に必要もないしな。」 「ノリックさん寂しがってるよきっと。」 「ないない。アイツは人懐っこそうに見えて実は結構淡白やねん。 それに番号教えたとしても、そのうち切らなあかん関係やし。」 「・・・それは・・・そうだけど。」 私たちは過去を捨てた人間だ。 今後のことを考えれば、自分たちをよく知る人間との繋がりをずっと持っていていいはずはない。 ノリックさんに会ったことは、三上にも松下さんにも克朗にも、誰にも言っていない。 私たち4人以外の誰も知らない。望めば彼との繋がりを保ち続けることはできるのだろうけれど・・・。 私たちの事情に彼を巻き込むこともできない。 「にもあれから連絡ないんやろ?」 「え、うん。」 「なら、もうの携帯も変えるんやな。ノリックは俺らに特殊な事情があることはわかってるやろうし。 連絡を絶ったとしても察すると思うで。」 「・・・。」 シゲを探してノリックさんの携帯にかけた私の番号。 非通知設定にする余裕もなかったから、彼の携帯には私の携帯番号が残ったままだ。 ノリックさんと別れた数日後、彼から一度だけ電話があった。 シゲの知り合いを襲っているだろう、『上條さん』のことを組長に報告した、だからもう心配しなくていいと。 シゲの居場所がわかったことについては何も喋らなかったそうだ。つくづく彼はいい人なんだと思う。 「・・・シゲ、本当に大丈夫だよね?」 「何が?」 「何かあったら絶対言ってよ?いつだって力になるから。」 「ははっ。、ホンマに真田に感化されとるわ。」 「・・・確かに。ちょっと恥ずかしくなってきた。」 「今更かい。」 「・・・でも、本心だから。今まで思ってたけど、言わなかっただけ。」 本当、自分の心境の変化には驚かされる。 確かに今まで思っていたこと。だけどそれを言葉にするだけで、こんなに恥ずかしくなるだなんて思わなかった。 そして、その恥ずかしい思いをしてまで、自分の本心を伝えられる自分にも驚くばかりだ。 それが誰の影響かなんて、わかりきっているけれど。 「・・・なあ。」 「な、何?」 「俺、マジな話でやばいわ。」 「え・・・?!何が?」 大丈夫かと聞いて、その直後にシゲが神妙な顔をするから。 息を呑んで続く言葉を待った。 「最近、が本気で可愛く見えてしゃーないんやけど。」 「・・・・・・・・は?」 「は?やないわ!これはマジやねん!マジで愛やと思うねん!」 「・・・はあー。まともに話を聞こうとした私がバカだった・・・。」 「いやいやいや、まともに聞いてや!まともな話やん!」 「だからそれっていつもの話と・・・きゃあ!」 「うわ!?!」 ガチャリ 「ただいまー。・・・ってうわあ!!」 軽い衝撃が頭に走りそれと同時に丁度帰ってきたらしい一馬が、帰りの挨拶とともに慌てたような声をあげる。 「お前ら何してんだよ!こんなとこで!」 「何って掃除・・・きゃあ!」 「なんや真田ー。邪魔すんやないわー。」 「違う!誤解を招くようなことを言うな!」 背伸びをして棚を拭き始めた私は、シゲの方へ振り向こうとした瞬間にバランスを崩し床に倒れこんだ。 シゲはそれを受け止めてくれたのだろう。私を抱きとめる形で一緒に床に転がったようだ。 丁度よくその現場を見た一馬には、私たちが床に寝そべって抱き合っているように見えたのだろう。 「何でもないから一馬。いい年して顔を真っ赤にして絶句するの止めてくれる?」 「な、何だよ!帰ってきたらお前らがそんな格好してるから悪いんだろ?」 「一体何を想像したんや。ムッツリやなあ自分。」 「何も想像してねえよ!」 「どうでもいいけどシゲ。かばってくれたのはありがたいんだけど、そろそろ離してくれる?」 「いやー、俺も離したいんやけど、抱き心地ええんやもんなあ。」 「・・・一馬。この変態を引き剥がしてくれる?」 「お、おう。離れろよ佐藤!」 「なんや真田やきもちかいな?」 「ちっ・・・違っ・・・!何で俺がっ・・・!」 「・・・はー。」 やっぱりシゲの方が1枚上手のようだ。 というか、一馬相手なら誰でも1枚上手になれそうな気もするけれど。 一馬と言い合いを続けながらも、私を離そうとしないシゲにため息をつきつつ それでもいつもの二人の言い合いに、呆れつつも小さな笑いが零れていた。 「何してるの?」 「「「・・・。」」」 「どうしたの三人とも固まっちゃって。」 「笠井・・・いつ帰ってきたんだ?」 「え?今だけど。」 「ドアの開いた音しなかったけど・・・。」 「ああ、シゲと真田の言い合いがうるさかったからじゃないの?」 「何でお前はいつもいつも気配ないねん!どこから現れんねん一体!怖いっちゅーねん!」 「失礼だな。それよりもこの状況は一体何?明らかにが困った顔してるけど。」 竹巳の笑顔に私たちは固まり、シゲの手も緩まる。 何だか保護者に怒られているような感覚だ。竹巳の後ろに黒いオーラさえ見えるような気がする。 「シゲ、いくら暇だからってに迷惑かけないようにね。」 「別に迷惑なんてかけとらんしー。」 「・・・。」 「わーったわ!その無駄に人を圧迫するオーラはやめい!」 「何だよオーラって。おかしな奴だな。ああ、それと真田もね。」 「え?」 「シゲの暴走を止めるくらいはできるだろ?いつもくだらない言い合いになるのは真田も原因だと思うよ。」 「な、何だそれっ・・・」 「、大丈夫?」 「・・・大丈夫。ありがと竹巳、助かったよ。」 「俺らと態度違いすぎじゃねえ?!」 「あからさますぎや!!」 もはや恒例となっているやり取りを笑いながら見つめて。 家族や兄弟ってこんな感じだろうか、だなんて私らしくもないことを考えていた。 明日こちらにやってくる松下さんや克朗といた時とは違う、子供のような騒がしさ。 けれど、それは心地のよい騒がしさだ。 これも心境の変化のおかげだろうか。 4人でいることが、とても嬉しく、温かく思える。 私たちは完璧な人間とは言えないけれど。 境遇を同じくしただけの他人だったけれど。 この4人でならこれからも生きていける。そう思えるようになっていたことも事実で。 見出すことの出来た大切な場所。 無くしたくないと願える、温かな時間。 そう思えることが、そう思えた自分が何だか照れくさく、けれど嬉しかった。 だからこれから何が起ころうとも、乗り越えられる気がしていたんだ。 TOP NEXT |