例えば言葉は少なくとも。 思いは、伝わっていて。 哀しみの華「!」 「一馬!」 ノリックさんと一緒に乗ったタクシーの中から一馬に連絡を入れた。 彼が駅に近い位置にいるのなら、シゲを止めてもらおうと思っていたが、一馬も今ここについたようだ。 息を切らしながら私の名を呼んだ。 「止めろって・・・どういう・・・」 「話は後!ホームに向かおう!」 ノリックさんから聞いた話を全て話す余裕もなかったため、一馬は状況を何も把握できていない。 けれど一馬も何かを感じているのだろう。それ以上何も聞くことなく私の後に続いた。 「おっちゃん!ここに金髪の男が来いへんかった?」 「金髪?ああ、シゲのことかい?今さっきホームに入ったよ。軽い旅行だって・・・っておい君たち!!」 さすが、とでも言うのだろうか。 小さな田舎町とはいえ、改札の駅員にまで顔と名前を知られている。 それは人目を避けている私たちの行動としては正しくないものだけれど、今回ばかりは助かった。 シゲは確実にこの駅にいる。 私たちは切符も買わずに改札を通り抜ける。後ろから駅員の声が聞こえたが気にしている余裕はなくて。 都会の駅とは違い、改札を通り抜けるとすぐにホームが見えた。 「・・・シゲ!!」 暗くなりかけた景色に一際目立つ金髪が浮かぶ。 線路をはさんだ反対側のホームに、私たちを見て驚いた様子のシゲがいた。 それと同時に左からは暗いホームを照らす光が迫ってきていた。 シゲが乗ろうとしている電車の光だ。 「ダメや・・・!間に合わん・・・!」 「シゲ!そこで待っててよ!電車には乗らないで!!」 薄暗いその場所で、彼の表情なんてはっきりと見えるはずなんてないのに。 シゲが笑った気がした。それは私の言葉が届いた笑みなんかではない。 「シゲっ・・・」 もう一度シゲの名を呼ぶと同時に、隣から風をきる音がした。 「・・・っ一馬!!」 その姿はおそらく、私たちにしか見えなかっただろう。 あまりにも早く、人間離れした跳躍力で一馬は反対側のホームへと飛んだのだ。 瞬間、目の前には迫ってきていた電車が到着する。 私もノリックさんも硬直したまま、その電車を凝視した。 反対側のホームにいるはずのシゲも、そこにたどり着いているはずの一馬の姿も、目の前の電車に隠れて見ることはできない。 数秒後、我に返って反対側のホームに向かう階段を駆け上った。 ノリックさんもそんな私の行動を見て後を追うように駆け出す。 私たちがそこにたどり着くと同時に、電車はゆっくりと発車し出した。 そして、そこに残っていたのは。 「なんちゅーことしてんねん!」 「何してんのよバカ!!」 間一髪でシゲの元にたどり着いた一馬と、彼を支えて呆然としているシゲだった。 私の声と我に返ったシゲの声が重なり、その言葉は一馬へと向けられた。 「いくら俺らでも電車に轢かれたらタダじゃすまんわ!!」 「突っ走って死んだらどうしようもないでしょ?!」 シゲに支えられていた腕から体を起こして、頭をさすりながら一馬が顔をあげた。 「だ、だって・・・」 「「だってじゃない!!」」 私たち二人の剣幕に、一馬が二の句を告げなくなってしまったようだ。 申し訳なさそうに顔を俯けて、悪かったよ、と小さく呟いた。 「・・・つーか何やねん自分ら。揃いも揃って。ノリックまでおるし。」 「すまんシゲ。お前の事情、話さしてもろたわ。」 「・・・ああ、それで俺が何かやらかすんやないかって?慌てて止めに来たわけやな。」 シゲは笑っていた。 だけどそれは、表面だけの、誰も寄せ付けようとなんてしない笑み。 「何か勘違いしてへん?俺はちょっと遠出でもしよかと思ただけやで? それをこない騒ぎにするやなんて、ホンマに困った奴らやな〜。」 「遠出って思う以前に、何も言わずに電車に乗ってどこかに行ったのだとしたら・・・ 私たちも、シゲ自身の立場も危なくなるってわかってるでしょ?」 「だから誰にもバレへんようにこっそり行こうとしてたんやん!」 「お前、そんな無謀な行動する奴じゃねえだろ・・・?!」 「するわ、それくらい。こないな町でずっと暮らしてたら、ストレスもたまるやろ?」 笑ったまま、決して本心は見せようとしない。 詰め寄る私たちをことごとくかわしていく。 「別になんもする気はないわ。お子様たちは家に戻っとき。」 「・・・嘘ついてんなよ!!」 「・・・何が?」 「お前に何があったかなんて知らない・・・!それどころかお前とは普段ちゃんと話したこともない・・・! だけど、みくびるな!お前の嘘くらい、俺にだってわかるんだよ!!」 「・・・。」 「いつも大人ぶって、何があったって何でもないって顔して笑って。 お前が要領いいのも、器用で何だってこなせることも知ってる。でも、一人じゃどうしようもならないことだってあるだろ?!」 シゲがずっと浮かべていた笑顔を解いた。 一馬よりも背が高い彼は、見下ろすように一馬を見つめた。 「そういうときくらい俺たちを頼れよ!俺たちは仲間だろ?!」 一馬の叫び声が、誰もいないホームに響いた。 誰も言葉を発しない。少しの沈黙が流れる。 「あのな、真田。」 「な、何だよ。」 「言うんが恥ずかしい台詞なんやったら、言うなや。」 「!!」 そう、薄暗くてはっきりとは見えなかったけれど、 先ほどの台詞を終えてから、一馬の顔は明らかに赤く蒸気していた。 「とんだ青春小僧やな。こっちまで恥ずかしく思えてきたわ。」 「・・・う、うるせえよ!!お前、もう勝手なことすんなよな・・・!」 「ハイハイ。わかりましたわ、お坊ちゃん。」 「何だそれっ・・・うぐっ。」 真っ赤になった一馬とそれを軽く受け流すシゲ。 反論の言葉を返した一馬の顔ごとシゲの手が掴み、その言葉を止めた。 「・・・この坊ちゃんはともかく、が迎えに来るとは思わなかったわ。」 「自分でもそう思う。」 「こいつら連れてきたん、やろ?」 「うん。」 「は俺と同じ側の奴やと思てたで。」 「ちょっと・・・感化されたかな。」 「この坊ちゃんにか?」 「その坊ちゃんに。」 シゲの手を引き剥がそうと必死にもがく一馬を二人で見つめた。 ようやくその手をはずして、視界と呼吸を確保した一馬が私たちの視線に気づく。 「なっ・・・なんだよ。」 「「・・・。」」 「何なんだよ二人して。言いたいことがあるならはっきり言え!」 「、あまくなったんとちゃう?」 「そこは優しくなったとでも言ってよ。」 お互いを見つめて。いつの間にか自然と笑みがこぼれていた。 「あーあ。プチ旅行も中止やな。」 「今度行くなら私たちにも声かけてよね。」 「一人旅だから楽しいんやん。けどそうやな、と二人でなら行ってもええで?」 「それは遠慮しとくわ。」 「なんでや!」 「シゲと二人なんて何されるかわからない。」 「だからシゲちゃんは紳士や言うとるやろ?!」 もう何もなかったかのように、駅の入り口へ向かう階段を上る。 私たちを見守るように静かに微笑んでいるノリックさんと、訳がわからずポカンとしている一馬。 駅員さんに切符を買わずに駅に入ったことを怒られ、少しのお説教をもらってから駅を後にした。 「・・・シゲ。」 「なんや?」 「上条さんのこと、組長に言うわ。だからお前は何も心配せんで、ここで暮らしてればええよ。」 「・・・何のことやねん。」 「・・・せっかくええ仲間たちがおるんやから、心配かけるなってことや。」 「こいつらが勝手に心配してるだけやで?今日だって大げさやねん。」 「そういうことにしとくわ。」 薄暗かった景色が、徐々に暗くなっていく。 隣を歩くノリックさんが優しく微笑んだ。 「君たちのことは何も聞かんでおくわ。いろいろ事情があるんやろ?」 「・・・。」 「僕は近いうちにここを発つけど、協力できることがあったらいつでも連絡してな。」 「・・・ありがとうございます。ノリックさん。」 「礼なんてくすぐったいだけや。僕何もしてへんし。」 それから少し歩き、分かれ道に差し掛かったところでノリックさんと別れた。 シゲが気が抜けたように、大きくため息をつく。 「いい人だねノリックさん。」 「・・・何であんな奴が暴力団なんてやってるんかわからんわ、ホンマに。」 「・・・は?暴力団?」 「真田は知らかったんか?アイツ、泣く子も黙る暴力団の一員やで。」 「あ、あの人が・・・?嘘だろ?」 「嘘ついてどないすんねん。なんや、坊ちゃんは今更怖くなってしもた?」 「べ、別に怖くなんてねえよ!後、坊ちゃんってのやめろ!」 「坊ちゃんは坊ちゃんやん。なあ。」 「・・・まあ、しっくりこなくもない。」 「っ・・・お前まで・・・!もういい!お前らなんか知るか!」 怒ったような、拗ねたような顔で歩みを速めて。 どんどんと先に進む一馬を後ろから見つめて。 横にいるシゲと笑いあう。先ほどの騒ぎなんて、もう何でもないかのように。 「・・・まさかアイツが俺にあんなこと言うとは思わへんかったわ。」 「・・・。」 あえて聞き返すことはしなかった。 シゲが指しているのは、彼に向けられた一馬の言葉。 「お前に何があったかなんて知らない・・・!それどころかお前とは普段ちゃんと話したこともない・・・! だけど、みくびるな!お前の嘘くらい、俺にだってわかるんだよ!!」 「そういうときくらい俺たちを頼れよ!俺たちは仲間だろ?!」 真っ赤になりながら言ったその言葉。 けれどその言葉は、シゲの心にも、そして私の心にも響いた。 「・・・意外とさ。」 「・・・ん?」 「いくら私たちが自分は一人だと思い込んでても・・・意外と一人じゃなかったりするんだよね。」 「・・・。大げさやな。」 「かもね。でも一馬を見てると・・・結構羨ましく思う。」 「俺は嫌やで。あんなうざい奴になるんは。」 「あはは。羨ましく思ってても、ああはなれないよ。あんなにまっすぐに自分に正直なのは一馬だけでしょ。 私は私でしかないし、シゲはシゲでしかないんだから。」 「・・・。」 「だけど、変わりたいとは思う。」 足早に先を進んでいた一馬が、少しだけ私たちの方へと振り向いた。 目が合うと慌てて目をそらし、またどんどんと前の道を進んでいく。 あんなことがあった後だ。私たちがちゃんとついてきているのか心配になり、確認をしたようだ。 「あの熱血くんに感化されすぎやで。」 「いいじゃん。私たちは少しくらいああいう人に感化された方がいいと思うの。」 「・・・俺まで巻き込まんといてや。」 「たまにはいいじゃない。」 「いややわ。あの坊に感化されるとかありえへんわ。」 ようやく部屋にたどり着くと、すぐさま玄関まで駆け寄ってきた竹巳に謝り事情を説明した。 話を聞いた竹巳は呆れたようにため息をついて、それでもほっとしたような表情を見せた。 いつも冷静な竹巳の不安そうな顔と、安心して気が抜けたような顔。思いは皆、同じだった。 その日は竹巳が用意してくれた夕飯を皆で食べて。 竹巳がシゲに対して呆れながら説教をし、シゲがそれを受け流しながら一馬に矛先を向ける。 電車の迫る駅のホームに飛び移ったことを竹巳が聞けば、説教の対象がもう一人増えて。 一馬は何で自分が、という顔をしながらも竹巳に逆らうこともできずに不満そうな顔を浮かべる。 いつもと変わらぬ時間。 他人だった私たちの、変わらぬ日常。 時には今日のようなこともあるし、これから先だって、誰に何があるかなんてわからない。 けれどその度に誰かが止めればいい。一緒に考えればいい。 そうすればきっと、このまま変わらぬ日常が送れる。 そう思っていた。 そう、願っていた。 TOP NEXT |