つらいことも苦しいことも





私たちに気づかせることさえせずに





いつだって、たった一人で。

















哀しみの華

















ちゃん!」

「吉田さん・・・。わざわざすいません。」

「何言うてんの。気にせんといて。」





覚えていた携帯番号で吉田さんに連絡をいれた。
電話に出た彼に、私たちの体のことはふせて軽く事情を話すと、詳しい話が聞きたいと直接彼と会うことになった。

その間に一馬には別の場所を探してもらい、バイトからまだ帰っていなかった竹巳には後で事情は話すからと、もしも三上が私たちの家に来たら誤魔化してもらうように頼んでおいた。
さすがにこの時間に三人も家に戻っていないことはまずい。





「シゲから何も聞いてないんやな?」

「・・・はい。」

「君とシゲはどういう関係やねん。何も知らないでおいそれとダチの事は話せんわ。」

「・・・。」





彼の言うことは最もだ。
シゲから何も聞かされていない、得体の知れない女。
とはいえ、境遇を同じくした魔の者とのキメラなどと言えるわけもないし、言ったところで信じてもらえるはずがない。
それでも私は彼にシゲのことを聞くしかなかった。





「・・・仲間です。」

「仲間?何の?」

「・・・。」

「言えへんの?」

「・・・目的を同じくした・・・としか言えません。」





もっとうまい言い訳もあっただろう。
だけど、まっすぐな目をして、シゲのことを心配している目で見られて。
彼に嘘をついてはいけないような気がして。





「それでも、シゲを大切に思うことは本当です。」

「・・・。」

「教えてくれませんか?シゲのこと。お願いします!」





たった数ヶ月しか一緒にいないけれど。
偶然同じ運命となってしまった他人だったけれど。
それでも、彼を大切に思えるのは同族意識だけなんかじゃない。

そんな思いを込めて、吉田さんを見つめた。





「・・・なんて、な。」

「・・・え?」

ちゃん、シゲと一緒に住んどるんやろ?それだけでも十分や。」

「それってどういう・・・。」

「アイツは他人と馴れ合うのを嫌ってる。他人と一緒に住むことなんて考えられんへんかった。」

「・・・。」

「事情はどうあれ、君になら話してもええ気がするわ。シゲには後で怒られるかもしれへんけど。」

「・・・吉田さ・・・」

「ノリックでええで?皆にそう呼ばれとんねん。」





戸惑った表情を隠すことが出来なかった私を見て、吉田さんが屈託のない笑みを浮かべる。
その笑顔を見て、私も少しだけほっと胸を撫で下ろした。





「シゲの行った場所に心当たりならあるで。」

「!」

「話しながら行こか。」

「はい!」





そういうと、吉田さんがこっちだとその方向を指差す。
足早に駆け出した彼の後について、私もそちらへ歩き出す。





「まず、シゲ自身のことやな。」

「・・・。」

「アイツはうちの組・・・もうわかっとると思うけど、堂藺生会っていう暴力団組織や。
シゲはそこに組する情報屋やねん。」

「情報屋・・・?」

「ウチにとって有益な情報を提供する、時には仕事の協力もするってとこやな。」

「ああ・・・だから・・・。」





シゲが言っていたことを思い出す。
仕事で骨折したり、仕事を止めることがやっかいだと言っていた理由。
彼を怖いと思うでもなく、ただ納得していた。





「・・・妙に冷静やな。知っとったん?」

「いえ・・・はっきりとは・・・。吉田さ・・・ノリックさんに会うまでは全然知らなかったですし。」

「僕、一応暴力団の人間やで?怖くないん?」

「・・・思い・・・ませんね・・・。」

「ははっ。大したタマや!」





自分でも驚いた。
普通暴力団と聞けば、その内容や実体がわからないとはいえ、少しは怯えるものなんだろう。
けれどノリックさんがあまりにも優しい顔をしているからか、怖いなんて感情は感じなかった。
もしくは・・・もっと怖いと思えるものを知っていたからなのかもしれないけれど。





「ほな話の続きや。シゲは特殊な立ち位置にいて、完璧に僕らの組に属していたわけやなかった。
けどアイツの度胸も性格もウチの組長は偉くほれ込んでて、それが許されててん。」

「・・・。」

「だからアイツが組を止めるときも、多少の諍いはあってもそこまで大きな問題にはならんかった。
僕はよう知らんけど、組長のところにどこかのお偉いさんが来てな。
シゲが組の情報を絶対漏らさへん条件つきでなら、組を抜けることは認められたんや。」

「それなら何が・・・。」

「シゲに惚れこんでたのは、組長だけやなかったんや。いや、組長以上に執着しとる奴がおった。」





軽く笑顔を浮かべていたノリックさんの表情が変わる。
神妙でいて、緊張しているような、そんな表情。





「上條 麻衣子。組の幹部の娘や。」

「女の子・・・?」

「麻衣子さんはシゲに心底惚れとった。シゲは軽く受け流してたんやけど。
それでも麻衣子さんはどんな手を使ってもシゲを手に入れようとしとった。」

「・・・。」

「組長がシゲを探すのを止めるように通達しても、麻衣子さんは納得できへんかったんやな。
父親に泣きついて、シゲを探させるよう頼み込んだ。娘に甘い父親はそれを受け入れた。」

「じゃあその人がシゲを探してるの…?」

「せや。けど、シゲの情報は全くなくて、それこそ影も形もなかった。
業をにやして上條さんはとんでもない手段に出たんや。」

「・・・とんでもない・・・手段・・・?」





心臓の鼓動が早鐘を打っていた。
ノリックさんに問いかけながら、その答えに私はもう気づいていたのかもしれない。





「シゲの近しかった人間を、次々に襲っていったんや。」

「!!」





シゲの驚いた顔。
それを気づかせないように笑った顔。
襲われたサッカー選手。シゲの幼馴染。

全ての情報がつながってゆく。





「・・・知っとる?サッカー選手が襲われてる事件。」

「・・・はい・・・。」

「一番初めに襲われたのが風祭。次が井上。そして三人目が水野。」

「井上選手は幼馴染だって・・・。」

「ああ、残りの二人はシゲの学生時代のダチや。」

「!!」

「アイツ昔はサッカーやっててん。かなりうまかったらしいで。
知り合いでプロサッカー選手になってる奴も多い。」





情報がつながったはずなのに、私の頭は混乱していて。
それでもノリックさんの話すことを聞き漏らすまいと必死で意識をつなぎとめた。





「知り合いをケガさせても、それがシゲに知れないのなら意味がない。
だからテレビに取り立たされるような、プロサッカー選手を襲ったんや。」





大切な人たちが次々に襲われて。
勘のいいシゲなら気づいただろう。それは自分が原因かもしれないと。
それでも、私たちに気づかれないように笑って。きっと一人で悩んでいた。





「シゲは絶対気にしとると思てた。だから僕も協力するって言うた。
けど・・・まさか僕に連絡もせずに行くとは思わへんやんか。あんの薄情者・・・!」

「彼らを襲った人のところに行くってことですか・・・?でも、まだそれはわからなくて・・・」

「いや、シゲの性格ならそろそろ堪忍袋の緒が切れる頃や。ちゃんの判断はよかったと思うで。」





私の判断なんかじゃない。私一人だったら、気づいても何もできなかった。
背中を押してくれる人がいなかったら、私はまた自分には関係ないことだと逃げていただろう。





「アイツは信じられんくらい強いけど・・・一人でなんてどう考えたって無理やろ?
そんな判断がつかなくなるほど怒っとったってことなんやろうな。」

「・・・。」





相手は暴力団の幹部なのだ。
きっと私が想像も出来ない世界があって、たくさんの部下もいるんだろう。
そんな中を一人で突っ込んでいくのは確かに無謀だ。



それが、普通の人間ならば。





「・・・ノリックさん・・・!間に合いますか?シゲを・・・止められますか・・・?」

「時間もそない経ってへん。アイツがまだ迷ってるなら、もしくは・・・。」





今の私たちならば、数十人の人間でも難なく倒すことが出来るだろう。
そしてそれは自分の力ではなく、魔の者の力を使うことになる。
それだけの人数を相手にして、力が制御できる保障もない。



難なく倒すことの出来るその力は



難なく誰かを殺すことだって出来るんだ。





「よっしゃ!タクシーや!!」





数台の車しか見かけなかったその道で、ようやくノリックさんが1台のタクシーを見つける。
タクシーを止めて乗り込むと、目的の駅への行き先を告げた。
この時間、上條という人がいる場所へ向かうのならば電車が一番速い。
シゲが歩いて駅に向かったのなら、きっと追いつくはずだと言いながら。

けれど、車に近い速度で走ることの出来る私たちの能力。
車を使ってもシゲに追いつけるかはわからなかった。



だから、後は祈るしかなかった。



シゲに追いつくこと。



シゲが少しでも迷ってくれていること。



私たちが、彼を止められることを。













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