突然の出会い。 運命はまた動き出す。 哀しみの華「!お疲れさん!」 真っ暗な闇を照らすのは月の光と、立ち並ぶ街灯。 日は既に変わっているその時間。街灯の光に照らされた金髪がやけに眩しく見える。 「シゲ?どうしたの?」 「今日、も深夜バイトやって聞いたから一緒に帰ろかと思て。」 「待ってたの?別にいいのに。」 「何やて?!夜道を一人は怖いやろな思て待っとったのにー!」 「それはどうも。」 「うわ、なんやその別にどうでもよさげな態度は!ここは俺にときめくとこや!」 私は今、短期の条件つきではあるけれどファミレスのバイトをしている。 時間帯は昼だったり夜だったりとバラバラだ。24時間営業のそこでは、深夜のバイトもよくあること。 当然帰りは遅い時間になり、暗くて人気もない道を帰ることにはなるのだけれど、昔からバイト三昧だった私には、さして気にならないことだった。 それに今の私ならば、尚更心配などいらない。 誰に襲われようと、それが普通の人間ならば決して負けない力があるのだから。 「シゲは何の帰り?」 「それは言えへんわ〜。」 「あっそ。」 「ええ?いいんか?そこでそんなあっさり引かれても寂しいんやけど…!」 「一体どうしてほしいのよ。」 松下さんに用意された部屋と生活費。そして時々来る退魔師の仕事。 別に私たちはバイトをしなくたって暮らしていける。 だから目立つことさえしなければ、何をしていたっていいのだ。 どうしようかと考えたときに、これから何が起こるかわからないからと竹巳はバイトを始めた。 私も一馬も他にやることが見つからず、竹巳の意見に同意しそれぞれにバイトを探した。 シゲだけは結局何をしているのかはよくわからない。 日雇いのバイトをしたり、街に出て遊んだり、ギャンブルでいきなり大金を持ってきたこともあった。 フラフラしているようにも見えるけれど、結局は彼も私たちと同じく迷っている。 「笠井と真田。きっとまだ起きてるで?」 「え?何で?」 「お前、俺らが迎えに来るの嫌ってるやん?だから誰も迎えには来ぃへんけど。 けど、お前のことがどーしても心配らしいわ。が深夜に帰ってくるときは大抵奴ら起きとるやろ?」 「・・・。」 そう言われて思い返してみれば。 確かに私が深夜バイトから帰ってきたときには、二人とも部屋の電気はついていた。 それはたまたま二人がまだ寝ていないのだと思っていたけれど。 「・・・偶然じゃなくて?」 「あいつらの性格わかっとるやろ?紳士と単純純情や!」 「・・・なるほど。」 もう少しきちんと他人と付き合ってきたのなら。 彼らの気遣いにも、もっとはやく気づいたのだろうか。 「せやからもうちょっと深夜バイトは減らしたらどや?もしくは迎えを許すかやな。」 「・・・考えとく。」 昔から自分のことで誰かに迷惑がかかることが嫌いだった。 だから一番初めに竹巳が私を迎えに行くと言ってくれたときも必死で断った。 けれどそれで彼らの気苦労が増えるのなら、少しぐらいは甘えてもいいのかもしれない。 「ていうか、そんなに心配してくれなくてもいいのに。私なら大丈夫だってわかってるでしょ?」 「それでも心配してまうのが男ってもんや!」 「ふーん・・・。」 「せやからそこは流すとこやなくて、ときめくところやって!」 人気がなく静寂しかないその道に、私たちの声だけが響いて。 他愛のない話を続けながら、家までの少しの距離を歩いていく。 「・・・と、まあこれが男や!わかったか?」 「わかんない。」 「即答かい!」 「まあ、とりあえずバカな生き物だよね。」 「ちゃう!ちゃうねん!そうやなくてそこは・・・ 「シゲ・・・?!」 深夜の真っ暗な道。バカみたいな話をしながらその道を歩いて。 ふと気づけばそこにはひとつの人影があった。 そしてその影はシゲの名を呼んだ。 「・・・やっぱりシゲや!嘘やろ?何でこないなとこにいんねん!」 人影が近づいてくる。 街灯に照らされて、ようやくその顔が見える。 シゲと同じ関西弁。 少しだけ小柄な体と口元のホクロが印象的だ。 「・・・人違いや思いますけどー?」 「人違いとか絶対ありえへんから!そない目立つ金髪してからに!」 「金髪なんて世の中ぎょうさんおると思いますけどー?」 「それでもシゲみたいな奴が世の中に二人もおったらかなわんわ。」 明らかにシゲの知り合いなんだろう。 人の少ないこの町で、しかもこんな深夜に。 シゲを知ってる人と出会うことになるなんて思ってもみなかった。 「今大変なことになって・・・って、何やシゲ。その子と駆け落ちでもしたん?だからいきなりいなくなったんか?」 「おー、せやせや。可愛いやろ?これ俺の女・・・ぐわっ!」 「・・・嘘は止めてくださーい。」 シゲの知り合いらしいその人が、ようやく私に気づいたようだった。 とはいえ、いきなりシゲと駆け落ちしたとか想像してもらっても困る。 面白がって肯定するシゲの腹を軽く殴った。 「事情はわからへんし・・・言いたくないんやったら聞かへん。けど・・・。」 「・・・。」 「上條さんがお前を探しとる。それこそ最近は手段も選ばずにや。」 「組長には話が通ってるはずやろ?何であの人がそない出張っとんねん。」 「バレへんようにうまくやっとるからや。」 二人が神妙な顔で見つめあう。 話の内容の意味はイマイチ掴めない。 けれど、こんなに真剣な表情をするシゲを見ることはほとんどない。 「・・・ノリック。お前は何でここにおんねん。」 「オカンの具合が良くないねん。組長に話したら行ってこい言うてくれた。」 「なるほど。あの組長は情に厚いお人やからなあ?てことは、ここはお前の故郷っちゅうわけや。」 「せや。まさかここでお前にまた会えるとは思ってなかったわ。」 少しの沈黙が流れる。 元々他に声などなかったそこには、シンとした静寂だけが流れた。 「・・・お前のことや。既に気づいとったんやろ?」 「・・・さあ。何のことやら。」 再び流れた静寂の後に、目の前の彼が私を見た。 そして口を開く。 「僕はシゲ寄りの人間やから、お前が今幸せやっちゅうならそれでええと僕は思う。 だからここでシゲに会ったことも絶対に言わへん。」 「・・・。」 「せやけど、シゲのことやからずっと気になっとるんやろ?情報が知りたかったら伝えるし、協力もするで。」 「・・・お前、どれだけ俺がええ人やと思っとんねん。そんなもんバックレるに決まっとるやろ?」 そう言って笑みを浮かべると、シゲは私の腕を引いた。 シゲに引っ張られながらも、私はもう一度彼の方へと振り向いた。 彼は私たちを追おうともせずに、複雑な表情で微笑んで。 そして私の手に1枚の紙を握らせた。 私たちを追って来なかった彼の姿が見えなくなって、シゲはようやく歩みを止め私の腕を離した。 後ろからはシゲがどんな顔をしているかは見ることができない。 「・・・誰?」 「昔の仕事仲間や。」 「・・・ねえ何か問題・・・」 「何も問題なんてあらへんよ。アイツが大げさすぎやねん。」 私が問いかける前に、シゲがいつもの笑顔で言葉を遮る。 「・・・これ、もらったけど?」 「何や?」 「・・・堂藺生会 吉田 光徳・・・。名刺だ。」 先ほどのシゲと彼との会話でも薄々気づいたが、つまり彼は暴力団の一員なのだ。 その彼とシゲがどのような関わりがあったのかはわからないけれど。 そこには彼の役職らしきものと、携帯番号も書かれていた。 「かー!こない純情乙女に何渡すんやアイツは!」 「誰が純情乙女・・・。」 「そんなもん捨てや!怖い怖い!」 「うん。じゃあ、捨てといて。」 「・・・は?」 捨てろと言った彼の手に、その名刺を置いた。 シゲがポカンとした表情で私を見る。 「やだよ。そんな怖いもの自分で捨てるのなんて。シゲが捨てといて。」 「何やねんそれ・・・。」 先ほどの彼、吉田さんが私にそれを渡した理由は、最終的にシゲに渡したかったからだ。 あの場で彼がシゲに名刺を渡しても、その場ですぐに捨てられてしまうと思ったからなんだろう。 それほどまでに彼はシゲの性格を理解している人。 シゲにしては珍しく、少しだけ不満そうな表情を見せて。 それでも彼は自分のポケットにその名刺を押し込んだ。 帰り道も、家についてからも、シゲは何も言わなかった。私も何も聞かなかった。 聞かれたくないのなら、聞かない。私自身もそうしてほしかったから。そうやって生きてきたから。 誰にだって聞かれたくないことはある。触れてほしくないことはある。 けれど。 その人の心に踏み込んででも、聞くべきこともある。 誰にも触れられたくないと思いながらも、知ってほしいと願うこともある。 言い訳をつけて、結局私は他人を避けていた。 核心に触れず、まっすぐに向かい合う勇気がなかっただけだった。 そう思い知ることになったのは、それからほんの数日後だった。 TOP NEXT |