変わらないでと願っても。





今ここにある平穏を望んでも。















哀しみの華















「こっちは仕事帰りに寄ってやったっていうのに、仲良くお食事中デスカ。」

「・・・ドアを開けて第一声に文句言うの止めてくれる?」





丁度4人揃ったリビングで食事をとろうとしたところへ、来客を知らせるチャイムが鳴った。
ドアを開けるとそこには疲れた顔をして、さらには不満そうな顔を向けて一人の男が立っていた。





「別に来てくれなんて頼んでへんでー?」

「俺だってこんなにしょっちゅう来たくなんてねえし。ったく、疲れてるっつーのによー。」

「だから無理して来なくていいって言ってるのに。」

「うるせえな。飯あるなら俺にもよこせ。」





そういうと、彼は遠慮もせずにずかずかと部屋に上がりこむ。
そして、彼を迎えるために一人立っている私を見た。





「なんやコイツ。いきなり来てに顎で指示しようとしとるで。なんちゅーやっちゃ。」

「あーうるせーうるせー。」

「三上さん。今日も巡回ですか?」

「巡回って何だ。仕方ねえだろ、一応監視者らしいからな俺は。」

「いつも兄さん一人やん。別にサボってもバレへんと思うけど。」

「普通の指示ならな。だが松下さんと渋沢二人の指示だぞ?サボる度胸は俺にはねえな。」

「いつも思うけど、そんなにあの二人って怖いか?」

「あいつらの恐ろしさを知らないなんて幸せな奴らだよ。」





遠慮なしに部屋に入り、遠慮なしに食卓に混じる。
そして私たちもそれを受け入れている。目の前の彼とはそれだけの時間を過ごしてきたからだ。

三上亮。
彼もまた松下さんたちと同じ退魔師だ。
彼は松下家の家系の者ではないが、霊能力のあった彼は松下さんの下で修行を積んでいた。

そしてその力を認められて、力の減退しつつある分家の復興を命じられた。
その分家は私たちがいるこの町にある。





「渋沢から連絡あっただろ、。」

「え、まあ、うん。」

「アイツ、今でもお前がこんな男だらけの部屋にいるの心配してんだぜ?
それでも自分は今こっちに来れないから、頻繁に様子を見に行けとか言いやがる。俺も仕事があるっつーのに。」

「・・・本当、心配性なんだよね克朗は。」

「は、心配性ねー・・・。」

「何?」

「別に?何でもねえよ。」





何か含んだ言い方をする三上を見るが、彼は何も答えず丁度今目の前に置いた夕飯を口に運ぶ。
三上が含んだ言い方をするのもいつものことだ。私は気にせずにそのまま彼の横に座った。

松下家分家の能力者である三上。
内部でどんなやり取りがあったのかは知らないが、結局は三上が私たちの監視者となったようだ。
三上とは松下さんの家に住んでいたときに面識があったし、知らない仲ではなかった。

人間と魔の者が混在する体になってしまった私たちに遠慮などしない、
いつもの彼のままだったことが嬉しく、悪態をつかれたと言うのに不覚にもほっとしてしまったことを覚えている。





「兄さんそない疲れてんなら俺らに仕事まわしたらどうなん?俺ら意外と暇やけど。」

「そうできたら苦労しねえよ。お前らの仕事は"祓い"だろ?退魔師ってのは結構幅広いんだよ。
くだらねえ幽霊相談から、イタコみたいな真似もしたりする。お前らに出来るもんなら任せるっつの。」

「ははは。大変なんですね、退魔師も。」

「笑い事じゃねえよ。もっと分家にも人まわせってんだよなぁ。」

「毎回グチばっかりだよな三上さん。それ、松下さんに言えばいいじゃんか。」

「だからそれができれば苦労しねえんだよ。」





三上が松下さんと克朗を恐れる気持ちはわからなくもなかった。
彼らは普段優しいけれど、その分怒ったときの怖さが半端ではない。
私自身にその怒りをぶつけられたことはないけれど、自分とほとんど年の変わらない三上が怒鳴られている姿は何度も見たことがある。
初めにあの姿を見たときはびっくりしたなぁ。私は松下さんも克朗も優しい二人しか知らなかったから。





「・・・私が言ってあげようか?三上が文句言ってるよって。」

「止めろ、それだけは止めろ。お前は何も言うな。」

「わかってるよ。冗談。」

「まったくヘタレやなぁ兄さん。真田といい勝負や。」

「誰がヘタレだ!」

「何で俺が出てくんだよ!」





三上と一馬が同時に叫んだ。
どこか似ている二人は、シゲにとってやはりからかいの対象のようだ。
二人がくってかかっても、シゲは飄々と笑う。





「シゲ、いい加減からかうのはよしなよ。叫び声が二つになるとさすがに近所迷惑だ。」

「なっ・・・!」

「笠井てめえ!なんかバカにしてんだろ?」

「いえいえまさか。バカになんてしてませんよ三上さん。」

「ああくそ!マジで生意気なガキだぜ。」

「ガキったって、1つしか違わないじゃないですか。」

「1つ違えば充分だ。お前らはもっと年上を敬え!」

「じゃあ俺は三上と同い年やから敬わなくてええわけや。」

「このっ・・・揚げ足取りやがってこの金髪・・・。」





頭がよく口もうまい二人。
三上は結局何も言えなくなり、最後に「うるせえ!」と彼らを一喝した。
まあそれで二人が黙ったわけではなかったけれど。





「・・・で?お前らは最近ちゃんとやってるわけ?」

「何や、いきなりやな。」

「これも仕事のうちなんで。変わったことがなけりゃそれでいい。」

「まあそれなりに暮らしてるよ。短期のだけどバイトもしてるし、外にも出てるし。」

「問題は起こしてねえな?」

「当たり前やん。三上じゃないんやし。」

「だからお前は・・・!俺が問題児みたいな言い方すんな!」

「おーこわ。なんや三上、自分いつも怒っとるなぁ。血圧あがるで?」

「誰のせいだ誰の!」

「えー誰のことだかわから・・・」





再度、シゲが三上をからかい、三上もそれに反論を始めると、シゲの言葉が不自然に途切れた。
彼の目線は、電源は入っていたが誰も見ていなかったテレビへと向けられていた。





「・・・サル。」

「・・・は?サル?」





シゲが見ていた画面を見るが、そこにはニュース番組が流れているだけだった。
突然表情を変えたシゲを三上が訝しげに見つめ、その言葉の意味を聞いた。





「サルなんて映ってねえぞ?何言ってんだお前。」

「わかっとるわそんなん。ちょっとした独り言や。」

「うーわー。あやしいぞコイツ。」

「兄さんに言われたくないわ。」





それからシゲはいつも通りの表情に戻り、相変わらず三上と一馬と言い合いを続けて。
久しぶりの騒がしい夕飯は、それから1時間ほど続いた。
そして疲れた顔でここに来た三上はシゲと竹巳に口げんかで負けて、さらに疲れた顔で自分の家へ帰っていった。





「はあ・・・。俺も部屋戻るわ。」





三上と一緒にからかいの対象となっていた一馬も、疲れたように自分の部屋に戻る。
食器洗いを手伝ってくれた竹巳も、それを終わらせると部屋に戻っていった。

残っていたのは、リビングにあるテレビをぼんやりと眺めるシゲの姿。
とはいえ、テレビを前にしているだけで、その内容を見ているようには見えない。





「・・・シゲ?」

「ん?何や?」

「いや、ボーっとしてたから。」

「何やそれー。俺やってたまにはボーっとくらいするわな。」





そう。物思いにふけることくらい、誰だってする。
けれど、シゲのそんな姿は見たことがなかった。
彼はいつだって私たちの前でふざけた姿を見せていたけれど、それは決して彼の本音の部分ではないことには気づいていた。

シゲはいつだって本音を隠して。自分を見せない。
他人の前で気を抜くことなんてしない人だった。

けれど今のシゲの姿は、いや、先ほどテレビを見て固まったときから、彼はどこか上の空で、自分を隠しきれていない。
そんな気がした。





?何や真剣な顔して。」

「え?」

「ついに俺に惚れたんか?」

「まさか。」

「うわ!まさかって何や、えらい傷つくんやけど!」





いつものように私をからかって、テンションを高く見せて。
別にそのままでもいいと思ってた。私たちは仲間だけれど他人だから。
本人が踏みこんでほしくないと思っているなら、それ以上何かをする気はなかった。

けれど、彼は今自分を隠せなくなるほどに、別のことに心を囚われている。その原因は何なのだろう。
先ほどシゲが表情を変えたニュース。私もすぐに画面を見たから、少しは覚えてる。

サッカー選手が暴漢に襲われたと言うニュース。
画面にうつっていた写真は、シゲと同じ金髪だった。確か、名前は。





「・・・井上・・・。井上直樹・・・?」





浮かんだ名前を呟くと、それまで大げさに表情を出していたシゲが固まった。
目を見開いて私を見る。けれどその表情もすぐに戻って。





「何?どしたん?」

「・・・知り合い?」

「何でや。」

「なんとなく。」

「はは、何やそれ。」

「聞かれたくないなら聞かない。」





シゲが言葉を止めて私を見つめた。
私は散らかった部屋を片付けながら、彼の言葉を待った。
聞くなと言うならばそれ以上聞かないつもりで。

少しの沈黙の後、シゲが表情を緩めて笑い口を開いた。





「昔のダチやねん。ちっさい頃からの腐れ縁ってやっちゃな。」

「幼馴染?」

「ちゅうよりも、腐れ縁の方が言葉的にあっとる気ぃするけどな。」

「ふーん・・・。」

「懐かしい顔がテレビに出て襲われたなんていうもんやから、ちょっと驚いただけや。」

「そっか。一応は無事・・・だったんだよね?」

「サルのことやからすぐにでも治るやろ。」

「・・・ああ、サルってあだ名か。」

「せや。アイツ見た目も行動もサルっぽいねん。」

「うわ、すっごい失礼だねそれ。」





シゲから友達の話が出るだなんて初めてだ。
本当はもっと詳しく彼の様子を知りたいのだろうけれど。
過去を捨てた私たちにはそれができない。

ニュースでは確か、命に別状はないと言っていた。
シゲは彼の無事を祈るしかないのだろう。





「俺も部屋戻るわ。」

「うん。」





何も心配なんてしてない、といった表情で。シゲがまた笑う。
けれどそれは本当に笑ってはいなくて。
友達を心配しているのだから当たり前だけれど。



シゲがいなくなったリビングで一人。
何故か胸がざわつくのを感じていた。

魔の者と同化して、それでも平穏な日々は送っていて。
これから何が起こるかなんてわからないけれど、それでも今はそれなりに暮らしていけてる。

それなのに。

何故かはわからない。
何に怯えているのかもわからない。

ただ、漠然とした大きな不安を感じていた。














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