一人じゃない。





それが私の支えだった。















哀しみの華















。」

「・・・克朗。」





夜も更けて多くの人が寝静まっているだろう時間。
昔ながらの日本家屋の雰囲気を醸し出すこの家には広い庭がある。
なかなか寝付くことの出来なかった私は、そこの縁側に足を放り出して、夜の闇と空に浮かぶ月をぼんやりと眺めていた。





「どうしたの?こんな時間に。」

こそ。眠れないのか?」

「まあ、そんなところ。克朗は?」

「同じだよ。何だか寝付けなくて。」

「ふーん。」





親がいなくなって、全くの他人だった松下さんに引き取られて。
この家で暮らすようになってから、松下さん以外で初めて信頼できると思った人。
他人を信用することなどできないと思いこんでいた私は、彼にとってどれだけ扱い辛かっただろうか。
それでも克朗はその優しい笑みを絶やすことなく、私に近づいてくれた。
一緒にいた時間は私たちを少しづつ近づけて、いつしか克朗は私の家族のような存在となっていた。





「真田と出かけたんだって?」

「・・・うん。あんまり辛気くさい顔してたからさ。外にでも連れ出した方がいいのかと思って。」

「大変だったらしいな?」

「そうそう。一馬が勢いあまって叫びだして・・・って何で知ってるの?」

「監視の者がついていたからな。」

「ええ、聞いてないんだけど。」

「今回は特別だ。あの状態の真田を外に出すのに、監視を一人もつけないわけにはいかないだろう?」

「・・・まあ仕方ないんだろうけど。ちょっと嫌な感じだわ。」





そう言って不満そうな顔をすると、克朗が困ったように笑う。
克朗が悪いだなんて思っていないけれど、少し当たりたくなってしまうのは彼と長くいた故なんだろう。





「真田は大丈夫そうか?」

「・・・さあね。だけど、彼はそれほど弱くはないと思う。」

「・・・何故そう思う?」

「今回のことが受け入れられなくて逃げ出すことも、部屋に篭ることも。弱音やグチを零したって。
それは彼が正直な人だから。自分を隠すことや抑えることを知らなかっただけでしょう?」

「・・・。」





そんな、まっすぐな彼を羨ましく思った。
余計な感情が邪魔をして、本当に望んでいるものを手に入れられていなかった自分。

この家は私に優しかった。温かく包んでくれた。松下さんや克朗が大切だけれど。
でも私は、ここが自分の居場所だとは思えなかった。
それは贅沢で自分勝手な考えだ。それでも、探し出したいと思っていた。私が私でいられる場所を。





「お前は・・・相変わらず人のことばかりだな。」

「何言ってるの克朗。私はいつだって自分のことばっかりだよ。」

「いーや。お前はいつも他人の心配ばかりしてる。自覚してないだけだよ。」

「何それ。私なんて克朗にも松下さんにも迷惑かけてばっかりだしさ。」

「それも間違ってる。俺も松下さんもに迷惑をかけられたことなんてないよ。」

「別に気遣ってくれなくていいよ。」

「全く素直じゃないなは。」





由緒正しき退魔師の一族なのに、こんな得体の知れない子供が入り込んで。
きっとたくさんの反感も受けたんだろう。嘲笑もあったのだろう。
だけど松下さんは私を受け入れてくれて。私も彼に頼るしかなくて。
松下さんにも、一緒に私といた克朗にも、どれだけ迷惑をかけたかわからない。
迷惑じゃなかったなんて、思えない。





「どうして迷惑だなんて思うんだ?」

「だって当たり前じゃない。私みたいな奴引き取って・・・全部面倒見てもらって・・・。」

「俺は、松下さんだって迷惑だなんて思ってないよ。」

「え?」

。俺たちはお前が好きなんだ。だから、大切にしたいと思う。」

「!」





克朗から紡がれたのは予想外の言葉。
優しい彼らが私を大切にしてくれているのは知っていた。けれど。
まっすぐに私の目を見て、こんなにもはっきりとそう言われたのは初めてで。





「迷惑だなんて、思わないでくれ。俺たちはそう思われる方が悲しいんだ。」

「・・・。」

「全く、こうしてちゃんと話が出来る機会があってよかったよ。誤解させたままでいるところだった。」





呆然とする私の頭に、克朗の大きな手が優しく置かれる。
私はどう反応していいのかわからず、黙ったまま顔を俯けた。






















「・・・すまなかった。」

「・・・え?」

「ずっと、謝りたかったんだ。今回のことは俺たちの責任だ。」

「・・・克朗?何で?克朗が謝る必要なんてないでしょ?」





暫しの沈黙の後に、克朗が突然そんな言葉を告げるから。
私は驚いて彼の顔を見上げる。そこには悲しそうに目を伏せる克朗の顔。





「俺たちが奴を逃がさなければ、はこのままでいられたのに。」

「・・・!」

「変わらずに、今まで通りに・・・。」

「・・・。」

「なぜ、なぜお前だったんだろう・・・。どうして・・・。」

「克朗。」





悲しげな表情で俯いた彼の腕を掴んで。
そして彼の目をまっすぐに見つめた。





「私は、大丈夫だから。」

「・・・!」

「今はね。本当に、意外と平気。」

「・・・・・・。」

「そんな悲しい顔しないでよ。さっき克朗が言ってくれたでしょう?
そんな顔されたら、こっちがつらくなる。」

「・・・あ、ああ。そうだな。」





すまない、とそう言って優しく笑う。
悲しげな表情が消えたわけじゃなかったけれど、それでも笑う。
それが彼の優しさだから。





「克朗こそ、人のことばっかりじゃない。」

「・・・それこそ、違うよ。」

「何言ってんの。そんなに優しいくせにさ。」

「俺が優しいのはだけだよ。」





克朗が小さく微笑む。
そして克朗の腕を掴んでいた私の手を引く。
その瞬間、私の視界は真っ暗になって。数秒後に自分が克朗に抱きしめられているのだと気づいた。





「俺は、最低な奴だ。」

「・・・克朗?」

「入り込まれたのが、お前じゃなければと思った。今でも、思ってる。」

「・・・。」

「お前じゃなければ守ろうだなんて思わなかった。じゃなかったら、上の命令も聞いていたかもしれない。」





上の命令。それはつまり私たちを消すこと。
魔の者と同化している私たちを殺すこと。





「優しくなんて、ない・・・!」





大きな、温かい腕に包まれながら。
懺悔とも言えるような克朗の哀しげな言葉をただ黙って聞いていた。





「克朗。」





私は静かに彼の名を呼ぶ。
その声に克朗の肩がピクリと反応する。





「克朗は優しい。」

「!」

「優しくなかったら・・・わざわざ自分でそんなこと言わないよ。」





克朗の背中に手をまわして、私も彼を抱きしめた。





「ありがとう。大切に思ってくれて。」

「!」





克朗が私を抱きしめる力が強くなる。





「・・・見つける。必ず、元に戻れる方法を・・・!!」

「うん。ありがとう。」












こんな私を心配してくれる。

優しくしてくれる。

大切に思ってくれる。



私が今まで自分は一人ではないと思えたのは、彼らがいたからだ。
こんなにも他人を信頼できると、大切にしたいとそう思わせてくれたから。

克朗から伝わる温もりを感じながら、ふと空を見上げた。
広がる夜空には満天の星と光輝く月が浮かぶ。
哀しいくらいに綺麗な空に、何故か締め付けられるかのように胸が痛んだ。。



























「それじゃあ行ってきます。」

「ああ。俺たちも時々様子を見に行く。無茶なことはするなよ?」

「心配しなくてかまへんて。フツーに大人しく生活してればいいんやろ?」

「・・・。」

「何やねんその疑いの目は!」

「・・・大丈夫です。シゲが目立ったことしないように注意しときますから。」

「笠井!何やその俺が面倒見ます的な言い方は!」





私たちは、この家を出ていく。
これまでの生活から、完全に離れるために。
松下さんのツテで、この場所からずっとずっと遠くへと。

松下さんも克朗も彼らの立場上、私たちと一緒に来ることはできない。
だから彼らとはひとまず今日でお別れだ。





「真田くんも。元気で。」

「・・・はい。」

「そや!俺よりも真田の方が心配やっちゅうねん!」

「な、何だよ!お前と一緒にするな!」

「なんや生意気な坊やな!」

「・・・松下さん。終わらないからもうほっといていいよ。」





この数日でシゲと一馬も随分打ち解けたような気がする。
・・・というよりも、シゲが一方的に一馬をからかっているだけなんだけれど。





「・・・。」

「・・・松下さんも克朗と一緒だね。」

「・・・?」

「そんなに心配そうな顔しないで。私は大丈夫。」

「・・・ああ。」

「ずっと会えないわけじゃないでしょ?」

「ああ、すぐに会いに行く。」

「・・・本当、松下さんも克朗も過保護だなぁ。」





照れくさくていつもそうやってはぐらかしていたけれど。
過保護なほどに私を思ってくれていること、本当はそれが嬉しかった。





「克朗も、元気でね!」

「ああ。もな。」





最後の挨拶をかわして、松下さんが用意してくれた車へと乗り込む。
車が動き出して、私たちを見送る二人が遠くなっていく。












「克朗。」

「何ですか?」

に・・・言ったのか?」

「・・・何を、ですか?」

「とぼけるな。への気持ちだよ。」





バックミラーごしに、二人が何かを話している姿が見えた。
神妙そうな顔。何を話しているかなんて勿論わからなかったけれど。





「・・・言っていません。が望んでいるのは、家族としての俺だから。」

「・・・お前はそれでいいのか?」

「いいのか、と聞かれたら頷くことはできないけれど。それを言っても、を苦しめるだけでしょう?」

「・・・。」

「俺はが好きです。今はそれだけでいい。
好きだからあいつを守りたいと思うし、助けたいと思う。」

「・・・そうか。」

「俺は諦めません。どんな方法でも、必ずを救う方法を見つける。」












やがて、二人の姿が見えなくなる。
それぞれが何かを思うように、車の中には沈黙が流れていた。

車の窓から見えるずっと過ごしてきた町の風景。
これからやってくる新しい生活と、既に私たちの中にいる魔の者。
不安がないわけじゃなかったけれど、覚悟は決めた。



私たちは生きていく。
知らない町で、知らない環境で、人間ではない魔の者を体に秘めて。



過去は変えられないけれど、私たちを支えてくれる。



今が苦しくても、未来まで同じとは限らない。





たとえこれからどんなことが起こったとしても





それでも、生きていたいと思うから。









TOP  NEXT