それが都合の良い考えだとしても。 それが小さな光となるのなら。 希望を見出せることができるのなら。 哀しみの華「・・・いない。」 「会えないね?一馬の親友くんたち。」 松下さんの許可を得て、一馬が会いたいという彼の親友を探しにきた。 彼らがいそうな場所をいくつか巡って、私たちが今いる場所は一馬の地元からは少し離れた駅の側のショッピングモール。 学校が違う彼らは、ショッピングモールの中にある小さなカフェでよく待ち合わせて集まっていたそうだ。 「今日は来てないとか?直接その親友たちの家に見に行った方がいいんじゃない?」 「・・・うん・・・まあそうなんだけど・・・。俺たちお互いの卒業式終わってから毎日会ってたから・・・ 今日もここに来てるんじゃないのかって・・・思って・・・。」 顔を俯けて落ち込んだ様子の一馬を見て、小さくため息をつく。 この様子で友達にも会えなかったら、ますます内に閉じこもってしまいそうな雰囲気だ。 「そんなに毎日会ってたんだ?いつからの友達?」 「え、あ、小学生のとき。俺、サッカーのクラブチームに入ってたから。そこで同じチームだったんだ。」 「へえ・・・。そうなんだ。」 茫然とする彼や、混乱する彼しか見ていなかったからか、彼のサッカーをする姿が想像できなかった。 て言うか・・・ちょっと意外だ。 「高校に入ってからはクラブチームは辞めて、学校もバラバラだったんだけど暇があればここで集まってたんだ。」 「そっか。じゃあ二人がここにいる確率が一番高かったのかもね。今日はいないみたいだけど・・・。」 「・・・ああ・・・いつもここに集まって・・・それから・・・そっか!公園!!」 「え?」 「ここの近くに公園があるんだ。たまに思いついたようにそこに行って。あの頃みたく3人でサッカーしてた。」 「公園で・・・サッカー?」 「公園の中に壁に書かれたサッカーゴールがあってさ。結人が公園で遊ぶ子供にサッカーボール借りてきて・・・。 久しぶりなんだけどやっぱり、すごく楽しいんだよな。」 初めて見る一馬の表情。本当に楽しそうで、嬉しそうで。 親友たちと一緒にいることが、彼らとサッカーをすることがどれだけ楽しかったのかが想像できるようだ。 「・・・ていうか、高校卒業した年の男三人が公園でサッカーって・・・。」 「う、うるせえな!いいんだよたまになんだから!」 「誰も悪いとは言ってないでしょ?」 「・・・バカにはしてるだろ?」 「バカになんてしないよ。ただ君たち若いなぁーって思っただけ。」 「ってお前も同い年だろ?!やっぱりバカにしてんじゃねえか!」 「コラコラ。仮にも変装してる身の人がそんなに大声だして目立っちゃダメでしょ?」 「・・・っ・・・今度はガキ扱いかよ。ちくしょう。」 「あはは。じゃあその公園に行ってみようか。」 親友に会えるからだろうか。いつもの一馬はこうなのだろうか。 弱々しかった彼ではなく、からかわれて赤くなって怒る一馬を見て微笑ましく感じる。 彼らに思いを馳せるだけで、彼らに会えると思うだけでこうして元気になれる一馬。 彼にとっての親友たちはそれほどに大きな存在だったのだろう。 ショッピングモールから数分歩いた場所に、その公園はあった。 平日の昼間ということもあり、そこにいるのは集まって井戸端会議を繰り広げている母親とその子供たち。 一馬たちがいつもサッカーをする場所は、そこからさらに奥に入っていった場所だと言う。 それに従い、私たちは一馬の親友たちに見つからないよう周りを気にしつつ慎重にそこへと向かった。 「・・・いた!」 「あの二人?」 「・・・ああ。」 「・・・何て言うか、一馬とは違って垢抜けてる感じだね。」 「余計なお世話だ。」 そこにいたのは二人の青年。 一人は明るい髪の色をして、まさに今時の男の子という様相だ。 もう一人は真っ黒な髪と目で、落ち着いた雰囲気を醸し出している。 対照的に見える二人はそこで、壁に向けてサッカーボールを蹴っていた。 「・・・結人・・・英士・・・。」 一馬が二人を見て小さく呟く。それは彼の大切な親友たちの名前。 名前を呼ばれた二人は無言のまま、壁に向けてボールを交互に蹴り続ける。 一馬も無言のままにそんな彼らの姿をただ見つめていた。 「・・・やっぱりさー!」 それからどれくらいの時間、彼らを見ていたのか。静寂の中一人の声が響いた。 サッカーボールを蹴りながらだからか、かなりの大きい声。それは少し離れていた私たちの耳にも届く。 声を出したのは明るい茶色の髪をした方のようだった。 ボールを蹴り続けることは止めずに、黒髪がどうしたのかと問い返す。 「アイツがいないと物たりないな!」 「!!」 一馬の肩がピクリとはねた。 『アイツ』が誰を指してるのかなんて、初めて彼らを見る私でもわかることだ。 「・・・そうだね。」 「俺、信じらんねえよ!」 「俺だって。」 「『俺が死んだなんて、何縁起でもないこと言ってんだ!』って、つっかかってきそうだ。」 「ムキになって真っ赤になりながら?」 「そうそう!『次そんなこと言ってたら承知しない』とか言ってすごんでさ。ま、それも全然怖くねえんだけど!」 規則正しく続いていた、ボールが壁に当たる音が途切れた。 黒髪が蹴ったボールが壁に当たった後、転々と転がる。 「・・・嫌だな・・・。」 「・・・。」 「俺、嫌だよ!もう一馬と話せないなんて・・・!一馬と会えないなんて・・・嫌だ!!」 「・・・結人。」 後ろから彼らを見ていた私たちに、二人の表情は見えない。 けれど茶髪の震える肩、かすれる声。 一馬はつらそうに、切なそうにただその光景を見ているしかなかった。 「ねえ結人。」 「・・・何?」 「俺も、信じられないよ。」 「わかってるよ・・・!俺だって・・・!!」 「だから、無理に信じようだなんて思ってない。」 「・・・え?」 その冷静な声に茶髪が顔を上げる。 一馬も悲しそうな表情はそのままに、黒髪の次の言葉を待った。 「一馬の体、見つかってないって聞いた?」 「・・・ああ。」 「高い崖から落ちて、それをたくさんの人が目撃してて。 皆が口を揃えてあれで助かるわけがないって言っても、それでも誰も一馬の死を確認なんてしてないんだ。」 「!」 「信じたいと思うことを信じる。それは逃げになると思う?」 彼らが信じたいと思うこと。それは。 「それが現実から逃げてるのだと言われても、俺は信じたい。また一馬に会えるってそう信じてる。」 「英士・・・。」 一馬が目を見開いて、彼らを見つめた。 無意識に駆け出しそうになった一馬の腕を掴み、引き止める。 今にも飛び出していきたかっただろう。 自分はまだここにいると、生きていると告げたかっただろう。 私が掴んだ手に気づいて、気持ちを必死でこらえる彼の姿に胸が痛んだ。 「・・・俺も・・・俺も信じる・・・!」 黒髪の方へ駆け寄った茶髪の横顔からは、彼の涙が見えた。 けれど彼は涙を浮かべながらも同時に明るく笑む。 「こんなに心配ばっかさせやがって!絶対帰ってこいよな一馬ーーー!!」 「・・・こんなところで一人で叫ばないでよ結人。」 「一人じゃないじゃん!英士がいるし!」 「俺まで変な目で見られるでしょ。」 掴んだ一馬の腕が震えている。 それは悲しさも苦しさもあったのだろう。けれど、その絶望の中で見つけた唯一の光。 きっとたくさんの感情が彼の中を巡っていた。 彼らはきっと忘れない。 ずっと、信じている。一馬が生きていること。 それは一馬にとって、大きな支えとなるのだろう。 「ありがとなっ・・・!!」 「かずっ・・・!!」 「「え・・・?!」」 彼らに届くような大きな声で、一馬は一言だけ叫んだ。 そしてその言葉と同時に腕を引っ張られ、彼らがこちらを振り向くより前に 普通の人間では到底走ることのできない速さでその場を後にした。 「・・・し、信じらんないっ・・・!」 「だ、だって仕方ねえじゃんっ・・・。声が・・・勝手に・・・。」 「ばれてたらどうするのよ!私来た意味なくなるし!松下さんには絶対怒られるし!」 「わ、悪かったよ。」 「・・・。いいけどさ、ばれなかったし・・・多分。」 落ち込んだ様子の一馬を横目に、私はため息をついて。 立ち止まった彼に声をかける。 「友達に会えて、よかった?」 「・・・うん。」 「そう、よかった。じゃあ来た意味あったね。」 「・・・すごく、嬉しかった。あいつらが俺のこと待っててくれるって言ってくれて。だけど・・・もう会えないんだよな。」 一馬が悲しそうに俯いた。 確かに松下さんは言った。私たちに今の生活を捨てろと。 それは仕方のないことだ。私たち自身も大切な人たちを傷つけたくなんてない。 離れるしかない。捨てるしかないとそう思っていた。けれど。 「・・・ひとりごとだから、気にしないでほしいんだけど。」 「え?」 「さっきの黒髪の子が言ってたよね。信じたいことを信じるって。」 「・・・。」 「私は逃げてるだなんて思わない。信じ続けることだって簡単なことじゃないから。」 過去に囚われることも、縋ることも自分を弱くするだけだと思ってた。 だけど、過去を支えに未来を見ることができるのなら。 この絶望の中に、希望を見出せるのなら。 「今は絶望だけだとしても、先のことはわからないしね。」 明るい未来を夢見ようだなんて思えるわけじゃないけれど。 都合のよい考えなのかもしれないけれど。 それでも、会いたいと思える人がいて、その人にもう一度会いたいと願う。 それくらいの未来を描いたっていいのだと思う。 「・・・・・・。」 「言っとくけど、ひとりごとだからね。」 「・・・ははっ。うん。わかってるよ。」 「何笑ってんの一馬。」 「いや、別に。」 いつの間にか辺りはオレンジ色に染まっている。 隣を歩く一馬は以前と変わらずあまり喋ることはなかったけれど、その表情は少しだけ清々しくも見えた。 「・・・ってさ。」 「なに?」 「結構、きつい奴だと思ってたけど・・・。」 「ええ、そんなこと思ってたの?失礼な。」 「け、けどっ・・・!!」 「い、いい奴、だよな!」 まさか一馬からそんな言葉が聞けるとは思ってもみなかったから。 私はキョトンとした顔で、彼をじっと見つめてしまった。 そんな私の視線に気づいて、彼はまたその夕焼けと同じ色に顔を染めた。 TOP NEXT |