それが大切であればあるほどに 離れることも、無くすことも怖いんだ。 哀しみの華「あかん。結局見失ったわ。」 「颯爽と駆け出した割には格好悪い結果だね。」 「いらんこと言うなや!」 真田くんの駆け出した方向へと急いでみたのはいいものの、彼を見つけることはできなかった。 私たちと同じように驚異的な身体能力、スピードで走り出した彼の姿はもはや跡形もない。 「大体、あそこで逃げ出すてどういうことやねん。でさえこんなに冷静やっちゅうのに。」 「彼の行動の方が正常だと思うけど?俺たちがおかしいんだ。」 「・・・そうね。私もそう思う。」 「こう見事に、今の環境に未練のない奴が集まるとはね。」 笠井くんが静かに苦笑を浮かべた。 そう。誰だって今の環境を全て捨てろだなんて言われれば、動揺だってするし混乱もする。 それをあの短時間で受け入れた私たちがおかしいんだ。 「二人とも甘甘やなぁ?俺はそんな優しくは考えられへんわ。ま、否定する気もないけどな。」 「いいんじゃない?考え方なんて人それぞれなんだし。」 「とにかく彼を追おう。彼の行動で俺らの今後まで左右されかねないことでも起きたら大変だしね。」 「混乱して何か起こしそうやもんなぁ、あの坊ちゃんは。」 「そうなる前にさっさと彼を見つけようよ。丁度道も分岐してることだし、私は左に行くわ。」 「じゃあ俺は右で。」 「そうなると俺はまっすぐやな。二人とも坊ちゃんに吹き飛ばされんようにな。」 「シゲこそ。あんまり真田くんの感情逆撫でしないでよ?」 「いつでも穏便解決のシゲちゃんに何を言うねや!任せとき!」 「こそ気をつけなよ?」 「うん。笠井くんもね。」 緊迫感なんてない、軽い挨拶を交わし彼らと別れる。 そして私たちはそれぞれの道を走った。 暫く走り、たどり着いたのは静寂が流れる寂れた公園。 心なしか薄暗く感じられたそこにたった一人、佇んでいる姿。 「真田くん。」 「・・・あ・・・!」 ようやく見つけた彼に、静かに声をかければ、ひどく驚いて勢いよくこちらに振り向いた。 そして、そんな私から逃げていくかのように彼の足が動く。 「逃げないで!!」 「!!」 ピタリと真田くんの足が止まる。 こちらを振り向きもせず、体を震わせる彼がまた走り出す前に私は言葉を続けた。 「逃げて・・・どうするの?そんなことしても何も解決なんてしないよ。」 「・・・っ・・・。」 「さっき吹き飛ばした二人も大丈夫だから。・・・一緒に帰ろう。」 「・・・。」 出来るだけ真田くんの感情を逆なでしないように。 穏やかにゆっくりと言葉を告げる。 彼は未だこちらを振り向かないが、一歩ずつ彼に近づき手を差し出す。 「・・・お前は・・・。」 「?」 「・・・何なんだよ、何でそんな冷静なんだよ。俺たちの生活めちゃくちゃになるんだぞ?! 今までの自分も全部捨てて?そんなの・・・そんなのどうやって認めろって言うんだよ!!」 「・・・真田く・・・」 「俺はお前らみたいにはなれない!!今までのこと簡単に捨てられるお前たちとは違うんだよ!!」 「きゃあっ!!」 真田くんの体に触れた手が払い落とされて。 それと共に襲った衝撃。自分の体が宙に浮く。先ほど吹き飛ばされた男たちのように。 「・・・!!」 吹き飛ばされて倒れる私に、真田くんが声も出せずに慌てて駆け寄る。 腕から落ちたようで、その辺りがズキズキと痛んでいた。 「・・・お、おいっ!!お前っ・・・!!」 「・・・お前じゃないし・・・。。」 「どこか・・・怪我して・・・。俺、俺はまた・・・。そんな、たいして力なんて入れてないのにっ・・・。」 「これも魔の者の力なんだって。でも、制御だって出来る。松下さんが教えてくれるって言ってたわ。」 私の言葉を聞いて、真田くんが自分の手をマジマジと見つめる。 不安や怯えが入り混じったその表情で。 「・・・わ、悪かった・・・。怪我は・・・。」 「こういう時は便利って言えるのかもね。この体質も。」 まるで自分への皮肉を言うように苦笑しながら。 先ほど感じた痛みが引いていく。それはまぎれもなく私の中にいる存在の力。 「・・・さっきの、続きだけど。」 「・・・え?」 「認められてなんて、いないよ。」 「!!」 「認めたわけじゃない。簡単に捨てようと思ったわけじゃない。納得したわけじゃない。ただ・・・ 私たちが生きる為にはもうそれしかないんだって言うのなら・・・それを受け入れるしかないってわかってるだけ。」 茫然とする彼をまっすぐに見つめて。 他人事のように笑うシゲ。動じていないかのように冷静だった笠井くん。そして、叫んで混乱して走り出した真田くん。 彼らと出会って、まだ数日。彼らを知っているわけじゃない。 それでも皆、思いはきっと同じで。今まで過ごしてきた生活を捨てることは、簡単なんかじゃない。 「皆、同じだよ。」 切なそうな、悲しそうなその表情で。 真田くんは顔を俯けた。 「俺は・・・嫌なんだ。家族も友達も・・・本当に、本当に大切なんだ。 無くしたくない。離れたく、ない・・・。」 「・・・うん。」 「だけど、あいつらを傷つけるのはもっと嫌だ・・・。」 「・・・うん。」 自分自身で制御ができない、人一人を簡単に吹き飛ばすような力。 自分の感情とは別に、大切な人たちを傷つけてしまうのかもしれない。 彼の言葉を最後まで聞く必要はなかった。 わかっているんだ、真田くんだって。 ただ彼は私たちよりももっとたくさん、大切なものが多すぎて。どうしようもなかった。 突然突きつけられた私たちのこれからに、簡単に頷くことなどできなかった。 「・・・戻ろっか。」 「・・・ああ。」 静かな公園を後にして、私たちは元来た道を歩き出す。 いろいろな感情が彼を支配しているのだろう。真田くんは俯いたまま、無言で私の横を歩いていた。 「・・・ちょっとさ。」 「・・・え?」 「ちょっとだけ、羨ましかった。」 「な、何がだよ。」 「我を忘れて叫んだり、必死になる真田くんが。」 「は?」 我を忘れて叫ぶことも、必死に抵抗することも。 それを無くしたくないと願う心が強いから。 たとえそれが諦めなければならないとわかっていても、 冷静にそう思うことさえも忘れさせるような。そんな大切な人たちが彼にはたくさんいる。 「何言ってんだよ。お前に諭されたりしてすっげえ格好悪いし・・・。」 「まあ、格好悪いかもね。」 「なっ・・・お前自分で羨ましいとか言って・・・」 「でも、端から見たら格好悪くてもさ。私は、そうは思わない。」 「誰かを思って必死になることは、格好悪いことなんかじゃないでしょ?」 横に並ぶ彼の顔を見ずにその言葉を伝えると、突然横にいた彼がいなくなる。 と、いうよりも真田くんがその場に立ち止まったようだ。 どうしたのかと振り向けばそこには。 「・・・真っ赤。」 「う、うるさい・・・!!」 自分の手で顔を抑える真田くんの姿。 隠しきれていない部分は、確認するまでもなく赤く染まっていて。 「・・・あの、?」 「ん?」 「さっきと・・・この前の・・・悪かった。」 「・・・えーと、どれのことかしら。いくつも思い当たってどれのことやら?」 「・・・っ・・・。」 「なんてね。気にしないでいいよ。」 からかうように笑うと、真田くんが不満そうに私を見た。 拗ねたようなその表情は自分と同い年ではないような幼さを感じさせる。 何だか微笑ましくなって、もう一度笑えば真田くんも「なんなんだ!」と必死に反論して。 そんな普通の友達のようなやり取りを繰り返し、私たちは松下さんの家へと向かった。 不安も、哀しみも、苦しさも。胸に秘めたままに。 TOP NEXT |