信じることなどできなかった。





それでもそれは、認めるしかなかった





悪夢のような、現実。
















哀しみの華



















「正直に言う。」

「・・・。」

「俺は上から、君たちを見つけて消すように言われている。」

「「!!」」





松下さんの言葉に、私以外の3人が構えるようにその場を立った。
私は松下さんの言葉を最後まで聞いていようと、その場を動かない。





「・・・今、ここでそれを言ったってことは・・・その気はないんでしょう?」

「ああ、その通りだ。」





昔から知っている松下さんの性格はわかっている。
彼はいつでも優しい雰囲気を纏っているが、時には非情にもなる。
本当に私たちを消すつもりだったのなら、ここに全員を集めて話をする必要もない。





「俺は君たちを生かしたいと思っている。」

「・・・それは・・・俺たちがこの体でも生きていける・・・。そう思っていいんですか?」

「君たち次第だ。」





張り詰めた空気が体を強張らせる。





「・・・克朗。」

「はい。」

「お前はどうする?これから話すことは上に逆らうことになるが。」





その場でずっと黙って私たちのやり取りを聞いていた克朗。
彼は私を一度だけ見てから、はっきりと返事を返した。





「松下さんに従います。彼らがこうなってしまったのも俺たちのせいだ。力になりたい。」

「そうか。」





その場にいた克朗の返事を聞き、松下さんが再び私たちに向き直る。





「まず、はっきりと言う。
君たちの中にいる者との同化を解くことは、不可能だ。」

「・・・。」

「そして笠井くんの言ったとおり、食べ物が必要なのは人間だけじゃない。魔の者も同じだ。」

「それじゃあ・・・どうやって・・・」

「食べるんだ。他の"魔の者"と同じように、人間の生気を。」

「!!」





松下さんが表情も変えずに言った言葉は
ただ耳に流れているだけのように。その言葉をすぐには理解できなかった。





「勿論、人間を食べるわけじゃない。対象はこの世にいるはずのない者たち。
つまり、君たちが見えるようになった幽霊や同種の"魔の者"たちだ。」

「・・・幽霊だって・・・人間だと思いますけど。」

「それは違う。人型を取っているだけで、あれらは残留思念みたいなものだ。
人に害を与えてしまう前に祓ってしまうのが一番いい。」

「だから食うてもええてことか?なんちゅー理屈やねん。」

「・・・生身の人間の生気ほどのエネルギーは取れない。だから定期的に奴らを食べる必要はある。
しかし、多少の飢餓感を我慢しさえすれば、数日に1度程度でも大丈夫だろう。
抵抗はあるだろうが・・・そうしなければ君たちは生きられない。それが事実だ。」

「・・・!!」





普段食べているものじゃない。
死んだ者のエネルギーや、人間でないものを"食べる"。
まるで、私たちと同化した化け物のように。

まるで、私たちがもう人間とは違った生き物であるかのように。





「いずれにしろこのままでは、君たちは確実に飢えて限界を超すだろう。
そうなったとき、今は君たちに抑えられている"魔の者"が君たちを乗っ取ってもおかしくない。」

「・・・乗っ取る・・・?」

「今は中にいる魔の者が弱っているのと、分裂によって力が4分割されているから君たちは自分を保っていられる。
だが、君たちが弱ってくればチャンスとばかりに表に出てくる可能性もある。」

「・・・。」

「そして・・・もしも君たちが飢えや魔の者に負けて、人間を喰ってしまうようなことがあったなら。」










「その時は俺が、君たちを殺す。」










張り詰めた空気の中で、一瞬だけ思った。
これは、夢なのではないのかと。悪い、悪い夢。
目が覚めればまたいつもの日常に戻っている。

ほんの、一瞬だけそんなことを思って。
我に返って、目の前の松下さんを見る。隣にいる克朗を見る。

茫然とする、三人を見る。



これは、夢なんかじゃない。
悪夢のような、現実。











「・・・実感が全然沸かんわ。俺、夢でも見てるんとちゃうか?」

「俺も同じだよ。いきなりこんなことになるとはね・・・。」

「・・・。」

「それでも、これは現実だ。君たちはまずそこから認めなければならない。
これから起こる変化に負けないような・・・強い心を保ってほしい。」





まだ誰も現実を見ることはできない。
当たり前だ。こんなこと・・・簡単に信じられるはずも、信じたくもない。
けれど私たちは、自分たちに起こり始めている変化を身をもって感じている。

あの異形の者に入り込まれたのだと理屈なんかじゃなく、自分たちの体が感情が確信を持っている。





「・・・。」





松下さんが話を始めてから、一言も言葉を話していない真田くんを見た。
彼の目には今何も映っておらず、ただ茫然とそこに立ち尽くしていた。





「・・・真田くん?」

「・・・あ、あ・・・うわぁ!!」





肩にかけた手を払いのけられ、ようやく彼と目を合わせる。
恐怖と怯え。悲しさと苦しさ。抑えようのない不安。
彼から伝わってきたのは、そんな負の感情ばかりだった。





「・・・松下さん。」

「何だ?」

「今日のところは・・・帰ってもいいかな?」

「・・・。」

「まだ話してもらうことはあるんだろうけど・・・。とりあえず私はこの辺が限界かも。」

「・・・・・・。」

「多分・・・皆もそうだと思う。」





誰も頷くことさえしないけれど、それが表に見えてない人もいるけれど。
それでもこんな話。これ以上聞いているのさえつらい。
それがこれから、私たちの歩んでいく道だったのだとしても。





「・・・ああ、いいだろう。ただし、監視の者はつけさせてもらうよ。」

「・・・あんまり気分のいいものじゃないけど、仕方ないんでしょうね。」

「明日、また来てほしい。もし、監視の目をかいくぐって逃げるようなことがあれば・・・俺は容赦するつもりはない。」

「・・・物騒やな。つまりは消すっちゅうことか。」

「そうだな。けれど俺は出来る限り君たちの力になりたいと思ってる。それだけはわかってほしい。」





その言葉を最後に、私たちはその家を後にした。
何も話すことなく。誰を見つめるわけでもなく。
それはまるで、私たちが初めて出会って別れた、あの日のように。

私たちがいくら見ないふりをしても。
それはもう、なかったことになどできない。



忘れることなど、できないんだ。







重い足取りでようやく自分の部屋にたどり着く。
誰もいない、真っ暗な部屋。今は松下さんに言われた監視の人が家の外に張り付いている。





「・・・っ・・・。」





全てを信じられたわけじゃない。
全てを理解したわけじゃない。

けれど、襲い来る不安も恐怖も哀しみ。
溢れ出した様々な感情を抑えることなんてできなかった。





望んでいたのは、ささやかな日常。





特別なことなど、望んでいたわけじゃなかった。





そのささやかで平凡な日常の中で





自分の居場所を探し出して。





そして今度こそ、幸せを見つけたかった。















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