知らされた真実。







それでも、私は。

















哀しみの華
















「松下さん・・・。どういうこと・・・?」

「失礼します。先ほどの青年を連れて参りました。」





私が松下さんに質問を投げかけた瞬間、静かに障子が開かれる。
開かれた先に立っていたのは。





「・・・あ・・・!」





エレベーターに乗っていた最後の一人だった。
彼は疲れた顔をしながら、私たちを見て驚いた表情を見せる。





「な、何なんだよ!何でお前たちまでここに・・・!」

「とりあえず落ち着いてくれ。まずは話がしたいんだ。」

「いきなり連れてこられて訳わかんねえことだらけなのに、落ち着いてなんかいられるかよ!」

「・・・。」

「何なんだよお前ら一体・・・!」





興奮した様子で松下さんに詰め寄るつり目の姿。
彼がここにいる経緯は知らないけれど、彼も私たちと同じく不安でいたに違いない。





「気持ちはわかるけど・・・少し落ち着こうよ。」

「・・・な・・・」

「わからないから、これから聞くの。私たちも貴方と同じ。何もわからなくて、不安でここにいるの。」

「・・・っ・・・!」

「まーまー。とりあえず話を聞くだけなら損もないんやし、聞いてみようや。」





シゲが立ち上がり、つり目を私たちの隣に無理やりに座らせる。
もはや返す言葉もなかったらしいつり目は諦めたように、そこへ腰を下ろした。





「すまなかったね。ええと・・・。君の名前は?」

「・・・。」

「そこで意地張るとまた話が進まないわよ?」

「なっ・・・!」

「兄さん結構子供っぽいなぁ。もしかして中学通ってたりするん?」

「なわけねえだろ!俺は18だ!!」

「そうなんだ。見た目も言動も幼くても、お酒を飲んだって言ってたから、年上かと思ってた。」

「・・・だからあれは無理やり飲まされて・・・!って、見た目も言動も幼いってなんだよ!」

「ねえ、俺は早く松下さんの話が聞きたい。君の名前は?」

「・・・・・・・・・・真田だ。真田 一馬。」





ようやくつり目が自分の名前を名乗る。
いきなりこんな場所で、目の前には知らない人たちがいて。
気を張ってしまう気持ちがわからないでもなかったけれど。





「そうか、真田くん。無理やり連れてくるような形になってすまなかったね。それに・・・手荒な真似もしてしまったようだ。」

「・・・何で、こんな・・・。」

「俺は、俺たちは始めから君たち4人を探していたんだ。」

「・・・どういうことですか?」

「正確には・・・君たちの中にいる"魔の者"を追っていた。」

「「「「!」」」」





私たちの中にいるもの。"魔の者"。
そんな漫画やドラマみたいな話を信じる人なんて、少ないのだろうけれど。
私たちは既にそれを知ってしまっている。自分たちの目の前に現れた"それ"の恐怖を身をもって経験している。





「1週間ほど前だ。この地域に大きな力を持った"魔の者"が現れたとの情報が入った。
俺たちはすぐさま退魔師の総力をあげて、それを祓うために動き出した。現れたそいつはあまりに危険な存在だったからだ。」

「・・・危険?」

「多くの魔の者たちは元々、大きな害を人間に与えるものではないんだ。
人間の生気、負の感情をエネルギーとし、腹が空けば人間の生気を食事として摂取する。
生気を吸われた人間は気分が悪くなったり体調が悪くなったりすることはあれど、影響はそれほど大きくない。」

「・・・。」

「だが、そいつは違った。」








「・・・生気だけじゃない。人間ごと、食べるんだ。」








松下さんの言った言葉があまりに非現実すぎて。
私たちは声も出せずに、ただ茫然とその言葉を聞いていた。







「だから俺たちはそいつを追った。そして追い詰めるまでに至った。
しかし、祓う直前、そいつを取り逃がしてしまった。」





混乱した頭の中で、それでも答えが繋がっていく。
私たちの中にいるであろう奴の正体も、その経緯も。





「弱りきったそいつは、もう人を食べる力も残っていなかったはずだ。
ほおっておけばわずかでその存在も消えたのかもしれない。けれど、」





けれど。その先の言葉をもう聞きたくない自分がいた。





「けれど、そいつは君たちと出会ってしまった。そして、生き残る術を見つけてしまった。」





生き残る術。それは。





「それが、君たちとの同化だ。」





絶望的なその言葉。同化。融合。外部的なものなんかではなく。
"それ"は私たちの一部となった。





「その場に4人いたことも、奴にとっては幸いだった。
一人の人間では奴の力を収めきれないし、耐えられるはずもない。だから奴は自分の一部ずつを君たちと同化させた。」

















流れる静寂。
目の前で語られていることが信じられない。信じたくない。
人を食べる魔の者と同化した私たち。とり憑かれたわけじゃなく、それはもう私たちと共にある。





「・・・それが本当なら。」





始めに口を開いたのは笠井くんだった。
怖がりも怯えも見えないその表情で、静かに言葉を続ける。





「俺たちに起こっているおかしなこと。それは貴方の言う"魔の者"のせいってことですか?」





うろたえることもなくまっすぐに松下さんを見た彼に応えるように
動じることなく、静かにその問いに頷く。





「気になることが、あります。」

「・・・何だ?」

「異常な回復能力も、見えるはずのないものが見えるこの目も。
言い方はおかしいけれど、これからの生き方をちゃんと考えれば問題になることじゃない。」

「・・・。」

「けれど、この飢餓感は?」

「!」

「貴方はさっき言いました。魔の者は生気を食べる、と。そして俺たちの中にいるのは・・・





「人間ごと食べる、と。」





笠井くんのその言葉に、皆が息を呑む。
日に日に強くなっていく飢餓感。その飢えを感じているのが、私たちの中にいる存在のせいだとしたら。
背中にゾクリと寒気が走った。





「人でも貴方たちの言う魔の者でも・・・食べないと生きていけない。違いますか?」





私たちは松下さんを見る。苦しそうに真実を語った彼にわずかな希望をよせて。





「・・・その通りだ。」





たった一言。それでも私たちのわずかな希望を打ち砕いたのは確かだった。





「・・・その様子やと、それだけ引き剥がすってことは無理なんやろな。」

「・・・先ほど部下が真田くんを保護するときに試したそうだ。けれど・・・奴が表に出てくることはなかった。
もちろん、この後俺たちも試させてはもらうが・・・」

「つまり、もうこのまま何もなかったように生きるっちゅーのは無理ってことやな。」

「・・・ああ。」

「この状態が続けば、俺たちはいずれ飢え死ぬ。そういうことやろ。」





松下さんの言葉を聞いて、その結論を確認するかのように繰り返す。
私はシゲのその言葉を頭の中で繰り返し、隣にいる真田くんは茫然と目を見開いたままだ。

このままでいれば、私たちは死ぬ。
そんなこと、そんなこと認めたくない。認められるわけがない。





「松下さん。」

・・・。」

「私たちは・・・どうすればいい?」





今まで生きてきたこの世界。
いいことばかりじゃなかった。けれど。











「私は、生きたい。」











こんな訳のわからないことで。
魔の者と同化しただなんて理由で。

自分を終わりになんてしたくない。





諦めたくない。





再び静寂が流れたその空間で、私から目をそらすこともなくまっすぐに私を見つめていた松下さんが、一度だけ目を閉じて。

決心したかのように、開かれたその瞳。
私たちは彼から紡がれる次の言葉を、ただ待っていた。






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