頭がついていかない。 理解なんてできるはずもない。 哀しみの華小さい頃から親はいなかった。 いや、親という存在ならいたのだろうが。 彼らは周りからはどうしようもない人間だと言われていた。 本当に愛し合って結婚したわけでもない二人。 結婚してからはお互い別々の相手とともに、ほとんど家には帰らなかった。 最初にいなくなったのは父親。それから少しして、遂に母親も家に帰らなくなった。 待っても待っても誰も帰ってこない狭い部屋。寂しくて、悲しくて。 誰も求めてくれない自分。もう、消えてしまいたかった。 そんな私を助けてくれた人。 あの日のことは今でも鮮明に覚えている。 「なんやこの無駄にでっかい家はっ!」 「ああ、それは思う。無駄だよね、この広さ。」 「二人とも、この家の人にとっては大きなお世話だと思うよ?」 「"退魔師"ってのはそんなに儲かる仕事なんか?」 「普通は儲かる仕事とは思えないけど。ただ、ここが特別なだけで。 大体普通には見えないものを祓うだなんて、よっぽど信憑性がなければ怪しい集団だと思われるだけでしょ。」 「・・・それだけ信憑性があるってことか。」 「そういうこと。」 初めて見る人が驚くような大きな家。 歴史ある日本家屋のような厳格な雰囲気をかもし出すその家に、私たちが相談すべき相手がいる。 人ならざるものに関する相談や除霊を主な仕事としている彼らは"退魔師"と呼ばれている。 大きな木でできた扉の横のチャイムを押し、名前を名乗れば、1分もしないうちにその扉が開かれた。 「。」 「克朗。突然ごめんね。忙しいとは思ったんだけど・・・。」 「そんなこと気にするな。一体何が・・・」 「克朗?」 「魔の者か?」 「!!」 扉を開けたのは、その家の住人であり私の幼馴染とも言える存在。 彼、渋沢克朗は私たちと対面した瞬間に表情を変える。 突然"魔の者"とそう言った彼の言葉に、私たちは驚いた表情で彼を見つめる。 「あ、いや、すまない。とりあえず中に入れ。後ろの二人も・・・関係者なんだよな?」 「うん。・・・何だか話す前にわかってもらえたみたいね。」 「・・・松下さんなら中でお前を待ってる。そこで詳しく話を聞かせてくれ。」 克朗はそう言うと、私たちを扉の中に招き入れた。 後ろにいた二人と顔を見合わせ、一つ頷いてから克朗の後につく。 昔ながらの古風な作りをしたその家の廊下を歩く。そして。 「松下さん。が到着しました。」 「ああ。入ってくれ。」 返事と共に克朗が障子を開ければ、そこには私たちに向けて静かに笑顔を向ける姿。 「久しぶりだな。。」 「ここ最近会ってなかったしね。」 「こちらからは連絡していたぞ?お前が忙しいの一点張りだっただけで。」 「・・・松下さんも克朗も過保護すぎるのよ。たまには反抗もしたくなるわ。」 「仕方ないだろ?お前は妹みたいなものだしな。」 優しく笑う彼は、私の恩人だった。 昔から何故か"普通では見えないもの"が見えていた私は、小さい頃にそれらに襲われかけたことがあった。 何がなんだかわからないままに震えていたその時、助けてくれたのが松下さんだ。 彼は自分を"退魔師"と言い、私が持っている力についても教えてくれた。 それをきっかけに彼とは何度も出会うようになり、話を繰り返すうちに彼は私の家の事情を知った。 彼を警戒して中々受け入れることのなかった私に対して、松下さんは根気強く私に接してくれた。 初めて私の存在を認めてくれた人。いつしか私にとって彼の存在が救いとなっていた。 私を見向きもしなかった両親がいなくなり、途方にくれていた私に手を差し伸べてくれたのも松下さんだ。 そして、親がいなくなってから中学を卒業するまでは、この家で過ごした。 克朗と知り合ったのもその時だ。彼も同じく退魔師であり、松下さんの弟子のような存在だ。 「・・・話を、聞かせてくれるか?」 「うん。その為にここに来たの。」 私は彼に何も隠さずに、起こったこと、思ったことを告げる。 エレベーターの中で遭遇したもの。それから起こり始めた私たちの変化。 視力の回復に、異常なほどの体の治癒力、見えるはずのないものが見え、ひどい飢餓感に襲われる。 松下さんもその場に一緒にいた克朗も、静かに目を瞑り私の話を聞いていた。 私の話が一通り終わり、松下さんは静かに目を開く。 私たちと彼の間に緊張した空気が流れた。 「私、松下さんたちの仕事の内容はよくわからないけど・・・。これって取り憑かれたってことなの?」 「・・・いや・・・。」 松下さんが私たちから視線をそらして、私の考えを否定する。 あれが私たちに取り憑いてないのだとしたら、この変化は何なのだろう。 私たちが松下さんの言葉を待っていると、廊下をドタドタと駆ける音が聞こえた。 それはこの部屋の前で止まり、パァンと音をたてて勢いよく障子が開かれる。 「先生・・・!!」 「・・・何だ。騒々しい。」 「見つかりました・・・! 松下さんも克朗もピクリと反応し、今やってきた彼の方へ目を向ける。 「・・・入り込まれた青年も保護しました。どうしますか・・・?」 その言葉を聞いて、二人は私たちを見る。 そして松下さんが一つため息をついて、私に問いかけた。 「・・・。」 「何・・・?」 「その日エレベーターに乗っていたのは、君たちの他にもう一人いると言ったな?」 「うん。つり目で私と同い年くらいの男の子が・・・。」 私の言葉を聞いて、松下さんが部屋に飛び込んで来た青年に耳打ちをする。 こちらに聞こえないような小さな声で数回会話を繰り返し、その青年は部屋を出て行った。 「えっと・・・今の・・・何かあったの?私たちと話してて大丈夫?」 「・・・ああ。君たちにも関係していることだ。」 「どういうことやねん。」 「一体俺たちはどうしたと言うんですか?その答えがわかるのなら教えてほしい。」 私の後ろで静かに話を聞いていた二人。 訳のわからない話の結論を知りたがるのは当然だ。 私も結局のところ、松下さんが何が言いたいのかがわからない。 「君たちはとり憑かれてはいないよ。」 「じゃあこの体の変化はどういう・・・」 「入り込まれたんだ。体の中に。」 彼のその言葉に、数秒の沈黙が流れて。 さらに松下さんは続ける。 「取り憑かれるなんて外部的なものじゃない。もうそれは・・・君達の中にいる。」 「・・・どういうこと・・・?」 「同化しているんだ。君達と"魔の者"が。」 理解できない。頭がついていかない。 けれど、松下さんの表情があまりにつらそうで苦しそうだったから。 私たちの身に起きたことは、きっともう取り返しのつかないことなのだと ただ、漠然と思っていた。 TOP NEXT |