変わってゆく。






何かが違う自分の体。







その違和感は徐々に私たちを侵食する。

















哀しみの華


















トゥルルル・・・トゥルルル・・・






「出ないな・・・。」





ずっと頭に浮かんでいた相手に、あの出来事を相談しようしてから数日が経っていた。
得体の知れない恐怖が自分を襲って、電話をかけることすら躊躇っていた。
けれど、ここで立ち止まっていても仕方がない。そう思いいざ電話をかければ、空しく響く呼び出し音。
今日の昼休みにもかけたその電話は、放課後になった今もつながらないでいる。
彼らの仕事が仕事だ。昼間にかけられても出ることもできないのだろう。

仕方なく学校を出て、そのままバイト先へと向かった。
少し早いがバイト先はデパート内。いくらでも時間をつぶす場所はある。

お腹も空いているし、デパート内の喫茶店にでも入って何かを食べておこう。
それか先にバイト先に入って、賄い食をもらってもいいかもしれない。

そんなことを考えている自分に違和感を感じる。
元々私は食が細く、1回の食事の量も少ない。下手をすれば1食抜くことだってある。
けれどここ数日何故か異様にお腹が空く。それなのに食べても食べても満たされることがなかった。
おかしいな。具合が悪かったとはいえ、食事は今まで通りにとっていたはずなのに。





デパートに入り、適当に階をまわりながら、バイト先の飲食店のある階に辿りつく。
中を覗けばまだ夕飯には早い時間にも関わらず、お客さんがちらほらいるようだ。





「・・・やあ。」





それと同時に小さく呟くようにかけられた声に振り向く。





「やっぱり君、ここの店員だったんだ。」





そこに立っていたのは、あの日エレベーターで一緒だった猫目の姿。
私は目を見開いて彼を凝視する。





「歩いてきた方向的に、この店からエレベーターに向かってきたんだろうって思ってた。
あの時間、店は終わってる時間だと思ったから店員かなって。会えてよかった。」





私がこの店の店員だと思った猫目はつまり、私に会いにきた。けれど。
あの時私たちはあえて自分たちのことを語らなかった。あの出来事に触れなかった。
あんな現実、もう忘れたかったから。考えたくなかったから。それなのに何故この人が今、ここにいる?





「何で・・・。」

「ここじゃちょっと・・・。少し時間もらえないかな?あ、これからバイト?」

「・・・ううん。大丈夫。今日は少し早く着いたから。」





私の答えを聞くと、それじゃあ、と同じ階の一番奥にある店へと連れていかれる。
彼はあの日はそこにいたそうだ。落ち着いた雰囲気と区切られた個室が気に入っていると彼が言う。
誰とそこにいたのかなんて、野暮なことは聞かないでおこう。





「ちょいとそこのお二人さん。」

「え?」





その店に向かおうとした矢先、店の近くにあった階段から見えた姿は金髪の男。
あの日と変わらぬ明るい声で、笑顔を見せながら私たちに近づく。





「なんや、二人知り合いだったん?」

「いや、俺も今彼女に会ったんだ。俺らの共通点なんて、この場所しかなかったからね。
君も・・・俺と同じ理由でここに来たの?」

「まあせやろうな。ちょっと確かめたいことがあんねん。ここに来たらとりあえずはアンタには会える思て。
何やタイミングばっちりみたいでよかったわ。」





彼の視線を見てアンタ、と言われた相手が私だとわかった。
確かに偶然あの場にいただけの4人。
もう一度会うには、またこの場所に来るのが一番可能性が高かったのだろう。

私のバイト先の店の並びはファミリー向けの飲食店ばかりで、閉店時間も早い。
あの日、あの時間に、居酒屋の並びとは違うそこから出てきた私が店員だということは、少し考えればわかること。
つまり、この場所でバイトをしているだろう私にならば、確実に会えると二人は考えていた。





「丁度よかった。俺は君にも、あともう一人にも会いたいと思ってたから。」

「ああ、あのつり目の兄さんな。あいつはどうなんやろ。」

「・・・とりあえず店に入ろうか。」





猫目の彼の言った通り、彼と一緒に来たその店は落ち着いた雰囲気で、何よりすごく高そうな店だ。
そんな店で常連のように店の人と挨拶をかわす彼の姿に驚きつつ、私たちは個室へと案内された。





「まだ自己紹介もしてなかったね。俺は笠井竹己。高校3年。まあもう卒業する時期だけどね。」

「兄さん高校生かいな。異様に落ち着いてるから成人かと思ったわ。
俺は佐藤成樹。苗字とか面倒やからシゲって呼んでくれてええで。年も言うなら19や。学校は通ってへん。」

「私は。笠井くんと同じで高校3年。」





簡単な自己紹介を終えると、猫目・・・笠井くんが表情を神妙なものへと変えて。
彼の話したいこととはあの日のことなのだろう。
お互い忘れようとでも言うように、それが暗黙の了解のように別れた。
けれど彼はあえて、また私たちに会おうと思ったのだ。





「本題に入るね。俺がわざわざここに来た理由だけど・・・。」

「何かおかしいことでもあったか?」

「君はわかってるんだよねシゲ。だからここに来た。」






目の前で話す二人はお互いの言いたいことをわかっているようだ。
彼らには一体何があったのか。疑問の表情で二人を見れば、笠井くんが笑って私に説明を始めた。





「あの後、実は俺ずっと視界がぼやけてはっきりとしてなかったんだ。あんなことがあったから疲れてるんだろうって思ってた。
だけどその日の夜、その原因がわかった。」

「・・・?何?」

「これ、あの日までつけてたんだ。それもかなりの重い奴を。これを外した瞬間、ぼやけた視界がはっきりと見えた。」





彼が鞄から出したのは、どうやらコンタクトケース。
それも重い奴、というからには相当目が悪いのだろう。そして、それを外して視界がはっきりとしたということは。





「あんなに悪かった視力が、コンタクトをつけてた時以上にはっきりと見えてるんだよ。"あれ"に会ってからね。」





あの出来事が原因かはわからない。
それでも突然視力が回復するだなんて。普通はありえない。
ありえない出来事に遭遇して、その直後に起こった視力の回復。

笠井くんの言葉に続くように、今度はシゲが口を開く。





「俺は視力とかやないねんけど。ちょっと仕事でミスしてなぁ。
軽く骨折コースの怪我をしそうになったんやけど、ていうか、怪我はしたんやけど・・・。」





シゲがおもむろに自分の腕をまくった。
そして私たちの目に見えるように腕をあげる。





「何ともないねん。」





仕事でミスして骨折って・・・一体何の仕事なのだろう。なんてことも頭をよぎったが
それを考えるより早く、別の思考がそれを遮った。
シゲの言ったことには私も覚えがあった。コンビニで作ったきり傷のことだ。
彼の骨折には程遠い怪我とは言え、それでもその傷はわずか数分で塞がっていたのだ。





は?何かおかしなことはなかった?」

「・・・私も最近、カッターで切り傷作ったんだけど・・・数分後には消えてた・・・ってことはあった・・・。」

「皆、少なからずおかしなことが起こってるってことだね。俺だけじゃなかったんだ。」

「まあ、視力が良くなるとか怪我が治るとか悪いことやないけどな。」





神妙な顔つきで私たちの状況を分析する笠井くんと対照的に、ケラケラと笑うシゲ。
笠井くんは呆れるような表情でシゲを見た。





「まあ、百歩譲ってそこまではね。けど・・・他にもおかしなことあるよね?
今まで見えてなかったものが見えたとか。」

「遠まわしな言い方やな。あれやろ。幽霊ってやっちゃ。
透けて見える人間なんて初めて見たし。あれにはビビッたわ〜。」

「・・・そうなんだ。」

には見えてないの?」

「ううん逆。私は元から見えてた。元々そういう"力"っていうのを持ってたらしくて。
そういうのに詳しい知り合いがいて教えてもらった。」

「へえ。すごいね。」

「別にすごくなんてないよ。見えるだけでいいことなんかないし。」

「幽霊なんて実際見なきゃ信じへんかったけど、見えてまうんやもんなぁ。
じっとこっち見とるのに気づいたときにはさすがにあせったわ。はともかくとして笠井も見えてるんやな?」

「ああ、見えてるよ。」

「そうなんやー・・・ってあかん。こんな現実離れした話を納得しとる自分がおるわ。」





頭をおさえて大げさに困った表情を見せるシゲだが、本当に困っているようには見えない。
笠井くんも神妙にしている表情は崩さないが、それだけで。なんとも読めない二人だ。





「後はあれやな!異様に腹が空くことや。」

「「・・・!!」」

「お?これは俺だけかいな?」

「いや・・・それはさすがに気のせいかなって思ってたけど・・・。」

「私も。あのこととお腹が空くってことのつながりなんて考えにくいし。」

「・・・けど、俺ら3人とも何故か腹が減るってことやな?」





本当にわからない。
一体私たちはどうなってしまったのか。

突然回復した視力。すぐに治ってゆく怪我。見えるようになった人ならざるもの。
そして、どんなに食べても決して消えることのない飢餓感。





「二人ともこの後時間ある?」

「え?」





暫しの沈黙の後、突然問いかけた私へと二人が顔を向ける。
疑問の表情をしながらも、彼らは首を縦に振った。





「・・・そういうのに詳しい知り合いがいるって言ったわよね。その人たちに聞いてみる。
二人のことも私が紹介するわ。」

「え?けど。バイトは?」

「そんなこと言ってる場合じゃないこと位わかるわよ。」





そう言うと私は鞄を持って立ち上がる。
二人もその後に続き、その部屋を出た。





「いくらその道の人やからって、こんな話真面目に聞いてくれるん?」

「聞くわね。私が一番信頼できると思う人よ。」





シゲの当然の疑問に、私は迷いなく返事を返す。
あまりにも堂々と言ったその台詞にシゲは少しだけ拍子抜けしたようだ。





「私たちがここで考えても答えは出ない。けどその道を知ってる彼らなら・・・
"あれ"が何だったかわからなかったとしても、何かしらの情報は掴めるかもしれない。行ってみて損はないと思うわ。」

「・・・なるほど。なんやアンタ、潔いっちゅーか、格好ええなあ。」

「それはどうも。」

「何やその表情!褒めてるんやで?」

「格好いいって言われても別に嬉しくないし。」

「度胸あるし、肝は座っとるし、そこらの女とはちゃうって言っとるんやで?もっと喜んでええのに!」

「バカなこと言ってないで、さっさと行こうよ。」

「バカなことって何やねん!感動の薄いやっちゃな〜!」





シゲとそんなやり取りをしている間に、笠井くんが会計を済ませたようだ。
お金を払おうとすれば、自分が誘ったのだからと首を振る。
ふと彼の財布を見れば、なにやら金持ちが持ってそうなカードが並んでいる。
どうやら彼はお金に不自由はしてなさそうだ。少し考えて彼の言葉に甘えることにした。

バイト先の店長に直接謝りに行き、休みの許可をもらう。
そして私たちはデパートを後にした。





「もう一人はどうしてるんだろうね・・・。」

「案外気づいてないんちゃう?俺らはたまたまおかしなことがあったけど。
みたいに元から変なもん見える奴とかやったら、違和感にも気づかへんかもしれんし。」

「どちらにしても、彼には会った方がいいと思うけどね。
私たちと同じことになってるのはきっと、間違いないだろうから。」





目的の場所へと歩き始めて、鞄の中で携帯が振動する。
ディスプレイを見れば、今日何度かかけた相手の名前。

私が今、一番信頼を寄せている相手だ。



もう一度電話をするか直接家に行ってしまおうかと思っていたけれど、タイミングがいい。
私は通話ボタンを押して電話に出た。





彼に会ったその後、私たちを更なる絶望が襲うことも知らずに。













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