小さい頃から一人だったし、手放しで素敵な未来がやってくるだなんて そんな子供じみたこと、もう考える年でもない。 それでも、あまりにもちっぽけでありふれた願い。 それすら遠いものになるなんて、思ってなかった。 哀しみの華「お疲れさまでした。」 「うん!お疲れちゃん。気をつけて帰ってね〜。」 とあるデパート8階にある飲食店。 1年以上バイトを勤めるそこで、いつもの挨拶を交わし店を出た。 店を出て目の前に見えるのは、ガラス越しの街並み。 もう夜も遅い時間のその光景は、たくさんの街の明かりを映し出す。 今日は何やらお客が多かったから、いつもよりも疲れた。 家に帰ったらお風呂に入ってすぐに眠ろうと考えながら、少し先へ行った場所にあるエレベーターの前に立つ。 横にいたのは、同い年くらいの三人の男だった。 同じ階にある居酒屋でバイトでもしているのか、もしくはそこに来ていた客だろう。 少ししてエレベーターの到着を知らせるように鐘の音が響いた。 一番最初にエレベーターに乗り込んだ男が「開」ボタンを押して その場にいた全員が乗り込むのを待つ。私は軽く会釈をしてから最後にそこに乗り込んだ。 静まり返ったエレベーターに数秒。 すぐに1階へと着くはずだった。 ガコンッ 何かに引っかかったかのような、普段のエレベーターには聞こえない音。 その不自然な音とともに、エレベーターに小さな衝撃が走り、稼動音も聞こえなくなったのがわかった。 「もしかして・・・止まった?」 先ほど一番初めに乗り込んだ真面目そうな男が呟く。 猫目が印象的だな、とぼんやりと思った。 「うーん。そうみたいやなー。」 その後ろにいた金髪の男が軽く頷き、返事を返した。 「何だっけ・・・。こういうときって、緊急の呼び出しボタンみたいなのあったわよね。」 その金髪の声に続けるように、私が問えば 「・・・あ・・・俺知ってる。一回エレベーターに閉じ込められたことあるから。 呼び出しボタン押しっぱなしにして、そこに話しかけるんだ。」 そこにいた最後の一人、つり目でよく見れば具合も悪そうにしている男がおずおずと言葉を続けた。 その言葉を受けて、猫目がその通りにボタンを押し、スピーカーに向かって話しかけてみるが どうやらその先に反応はないようだ。ボタンを連打したり、押してから一度放してみたり。 数通りの方法を試しても、何も返ってはこない。 「なんや、職務放棄っちゅー奴か?」 「まあこんな時間だしね・・・と、思ったけど24時間体制ってココに書いてあるんだけど。」 呼び出しボタンの上部に貼られている小さなシール。 『災害等、何らかの原因で万が一緊急停止してもご安心ください。24時間体制でバッチリサポート致します!』 なんて、まさに営業用の売り文句とでも言えるような文言。ここを出たら管理会社に文句でもつけてやろうか。 「もしかして一晩ココで明かすことになるんか?うわ。しんどいなぁ。」 「確かが助けがこないとなったら・・・ああ、そうだ。携帯。」 いつも持っているものなのに、こういう時になると人間なかなか思い出せないものなんだなと 猫目と金髪が携帯を出すのを見ながら、自分もポケットを探った。 そしてふと、つり目の男が俯いて壁にもたれかかっているのが視界に入った。 そういえばさっきも具合が悪そうに喋っていたっけ。 「大丈夫?」 「え・・・あ、ああ。たいしたこと・・・っ・・・。」 「・・・顔赤い。ああ、飲みすぎか。」 同じ階にある居酒屋にいたのだろう。 それで飲みすぎて気持ちが悪くなった。と思えば納得はいく。 けれど不思議なことにつり目からお酒の匂いはほとんどしなかったのだけれど。 「ちがっ・・・俺は飲まないって言ったのに・・・無理やり飲まされて・・・!」 「ああ、飲み会の悪ノリって奴か。とりあえず1杯飲まされたら気分が悪くなっちゃって帰るところだった・・・って感じ?」 「・・・っ・・・。」 どうやら正解だったらしい。 少し赤かった顔を更に赤くして、黙り込んでしまった。 私は苦笑しつつ、鞄にあったペットボトルを出し彼に差し出した。 「まだ開けてないから。今、結構水欲しいんじゃない?」 「・・・あ・・・。」 「ま、誰かに連絡がつけばここは開くと思うけど。それまで今の状態じゃつらいでしょ。とりあえずってことで。」 「・・・い、いいのか?」 「うん。ていうか只のミネラルウォーターだよ?そんなにかしこまらなくていいし。」 軽く笑ってそれをつり目に渡せば、彼は顔を赤くしたまま小さくお礼の言葉を返した。 お金を差し出されたが、別にいらないからと断った。 「おかしいね。」 「俺もや。つながらん。」 真剣な声で話す二人の声を聞いて、どうかしたのかと問う。 二人は神妙そうな顔で、自分の携帯がつながらないと答えた。 「圏外?」 「一応アンテナは立ってるけど・・・。」 「なんや圏外っぽいな。どこにかけてもつながらんし。」 エレベーターは携帯がつながりにくいところが多いとはいえ、見た目上彼らの携帯のアンテナは立っている。 私も自分の携帯を取り出し、アンテナが立っているのを確認してとりあえずどこかへかけてみる。 案の定、つながらない。私と同じ行動を取ったつり目も結果は同じようだ。 「お手上げやな。」 「大人しく助けを待とうか。」 「いつ気づいてもらえるのかな。私、明日も朝からバイトなんだけど・・・。」 「俺もや。困るわぁホンマに。」 「まあ事情が事情だし、仕方ないんじゃない?」 彼らとは初対面だが、何気なく会話をかわして気を紛らわせる。 そんな私たちを見て、水を飲んで少し回復したらしいつり目が怪訝そうな顔で私たちを見た。 「・・・お、お前ら、落ち着きすぎじゃねぇ?」 「え?」 「普通エレベーターとか閉じ込められたらもっと慌てないか?しかも今なんて夜で助けも期待できねえのに・・・。」 「そういえば以前閉じ込められたことがあるんだっけ?さっき言ってたよね。」 「なるほど。兄さんは慌てたわけや。」 「ああ、そんな感じ。」 「お、俺は別に・・・!!お前らがおかしいんだよっ。」 彼に無理やり酒を飲ませたという、その人たちの気持ちがわかるような気がする。 たった数分しか一緒にいない彼だが、何だかからかいがいがありそうな人だ。 こちらに対する反応がいちいち面白い。 「そうや。内側から開けるっちゅーのはどうや?天井とか開きそうやん?」 「ええ?そんなドラマみたいなことできるの?第一誰が登って・・・。」 「俺に任せとき。結構なんとかなるもんやと思うで。」 「な、危ないだろそれ!普通に!」 「けどなぁ。俺明日の朝はどうしても外せない用事やねん。 ま、そないなわけでとりあえず登ってみるわ。ここから出たら携帯もつながるってことあるかも知れへんし。 そこの猫目の兄さんとつり目の兄さん。ちょっと手貸してくれや。」 諦めたように一つため息をついた猫目を見て、つり目の方も渋々金髪に手を貸す。 二人の手を借りて、天井の中扉に触れようとした瞬間。 カツンッ・・・ 天井から音が聞こえた。 さっきまでは聞こえていなかった音が。 カツンッ カツンッ カツンッ まるでそこを何かが徘徊しているかのように。 そこを歩いているかのように。 その音にあわせて、エレベーターが小さく揺れる。 私も、天井へ手をかけようとしていた三人も。 天井を見上げたまま、硬直していた。 何もいるはずのないその場所に、何かがいる。 助けが来た、だなんて都合のいい考えは浮かんでこなかった。 言いようのない不安と恐怖で心臓が早鐘を打つ。 さっきまでの気楽さが嘘のように。そこには張り詰めた空気が広がった。 「・・・っ・・・!!」 声にならない、悲鳴すら出てこない。 運命はこの日、この時、大きく狂わされていった。 私たちの目の前に現れた、異形の者によって。 TOP NEXT |