ありがとう。
貴方は私たちの光だった。
これから先も、ずっとずっと。
たった一人の君へ
「おーい!、こっちこっち!」
「そんなに大声で叫ばなくても聞こえるよ、結人。」
雲ひとつない、晴れ渡った青空。
心地の良い風が少し長くなった私の髪を揺らした。
離れた場所から聞こえた大きな声に気づくと、私は足早にそこへと駆け寄る。
「ごめん、遅れちゃった?」
「全然。時間ピッタリ!」
「なんだか結人が張り切っちゃってさ。俺たち少しはやく着いてたんだ。」
相変わらずの二人に笑みを浮かべる。
そして、その奥でポツンと立っている彼に視線を向けた。
「久しぶり、一馬。」
「・・・おう。」
「」として彼に会うのは、数ヶ月ぶりだ。
一馬が真実を受け入れてくれたあの日から、もう数ヶ月経っているのに
彼はどんな顔で私に会ったらいいのかわからない、とでもいうように戸惑った表情をしていた。
「何もじもじしてんだ、気持ちわりいな!」
「誰がだよ!俺は別にっ・・・!」
「結人、一馬が挙動不審なのは今に始まったことじゃないよ。」
「それもそうか!」
「お、お前らっ・・・!!」
一馬が顔を真っ赤にして、二人に反論する。
戻りつつある日常。ああ、やっぱり二人がいてくれてよかった。
私だけじゃ、こんなにも早く一馬に日常を戻してあげることなんてできなかっただろう。
「さ、遊んでないで行こう。」
「そうだな!」
皆の視線が私に向いて、
「行こう、。」
一馬が私の名前を呼ぶ。
ただ名前を呼ぶだけなのに、私の様子を窺うような一馬の表情。
だから私は彼を安心させてあげられるように笑って、頷きを返した。
「お前ずっとほったらかしにするから、きっと怒ってんぞ?」
「わ、わかってる!だからちゃんと謝るつもりで・・・」
「本当?土下座する用意できてる?」
「土下座?!」
「あーそれくらいしないと。なんてったって相手はだからなー。」
「そ、そうかな・・・。」
「バーカ!冗談だよ!」
怒ってるに謝りにいく、友達がそれを後押ししているようなそんな会話。
私たちは今日、に会いにきた。
「・・・。」
一馬がこの場所に来るまでに、長い時が経っている。
結人と英士といつも通りの会話をしているようで、それでも一馬は緊張していた。
「一馬。」
当たり前だ。一馬はずっとに会いにきていなかったし、
さらには私をだと思いこんでしまっていた。
彼がにあわす顔がないと思ってしまう気持ちだってわかる。
「大丈夫だよ。」
私も、同じだった。
の代わりになどなれることはないと知りながら、それでもを演じ続けた。
あわせる顔なんてないと思っていた。それでも
「なら、わかってくれる。」
それでもなら、私たちのことを誰より理解していたなら。
怒りながらも、呆れながらも、最後には笑ってくれると・・・そう思う。
「・・・ああ。」
それはあまりにも都合のいい考えだったのかもしれないけれど。
一馬は笑って頷いた。そして、まっすぐ前を向く。
立ち止まったそこは、の名前が刻まれた彼女の眠る場所。
「、待たせてごめんなー!一馬連れてきたぞ!」
「ホラ、一馬。」
結人と英士とは、一緒にこの場所に来たことがある。
けれど、の死を信じることのできなかった一馬がここに来るのは初めてだ。
その場に立ち止まっていた一馬は、名前を呼ばれると意を決したかのように前に進む。
「・・・・・・。」
石に刻まれた、彼女の名前に触れる。
切なそうに顔を歪めて。
「・・・遅くなって・・・ごめんな・・・?」
一馬は泣いてなんていなかったのに、私の目には涙が浮かんでいた。
の想い、一馬の想い、幸せそうだった二人。
たくさんの、たくさんの想いが駆け巡った。
二人がお互いを想っていたこと、痛いほどに伝わっていたよ。
二人なら、絶対幸せになれると思ってた。
こんな別れ方なんて、望んでいなかった。
笑っていてほしかった。
二人の幸せを、願っていた。
「・・・行こう。」
「英士?」
「一馬もに伝えたいこと、あるでしょ?俺らがいたら話せないことも。」
「・・・そっか、そうだな。」
英士の言葉に私たちは頷いて、その場を離れようとする。
けれど、歩き出そうとしたところで私の腕を一馬が掴んだ。
「・・・悪い、ちょっと待って。」
向けられた視線に私は驚きながら、立ち止まる。
英士と結人は私を見て頷き、向こうで待っていると告げるとこの場から去っていった。
「一馬・・・?」
「・・・俺、の前でお前に謝らないといけないことがある。」
一馬がの死を認めてから、彼は皆に謝った。
何度も、何度も申し訳なさそうに、苦しそうに。
そんな姿を見て、彼を大切に思っていた私たちが一馬を責めるはずもない。
一馬は罪の意識を背負いながらも、英士や結人と過ごすことで普段の彼を取り戻していった。
けれど、本当は今でも負い目を感じている。もうこれ以上苦しむ必要なんてないのに。
「俺、に言われてた。」
「・・・何を?」
「お前を泣かせたら、許さないって。」
「!」
想像もしていなかった一馬の言葉。
二人が付き合いだして、私は少なからず距離を感じていた。
いつも通りでいると言いながら、やっぱり二人に絆のようなものを感じて。
彼を想っていた私に少しの切なさはあっても、それが嫌だったわけじゃない。
「お前はいつも笑ってて、悲しくてもつらくても顔に出そうとしなくて。」
「・・・。」
「損な性格だって呆れてた。」
「・・・あはは。そんなことないのになあ・・・。」
「でも・・・」
「?」
二人との距離が、遠くなっていくような気がしていた。
それが嫌なわけじゃなかった。でも、やっぱり寂しいと、そう思ってた。
「はそんなお前が・・・大好きだって言ってた。」
なのには、いつだって私のことを思ってくれていたんだね。
大切に、大切に思ってくれていたんだね。
「がいなくなって、お前は泣いてたのに。
俺、見ないフリして、自分だけを守ってた。お前を何度も傷つけた。」
「・・・一馬・・・。」
「お前の涙を見て、気づかされるなんて本当・・・どうしようもなかったよな。」
私たちは二人とも弱くて。
の死という現実に耐え切れなかった。
今までもそうだったように、光のような存在の彼女に縋った。
「ごめん。」
私に向けて頭を下げる一馬の肩に触れて、
顔を上げた彼に向けて首を振る。
謝る必要なんてない。これ以上、自分を責めなくていいからと願いを込めて。
彼は困ったように微笑むと、今度はへと視線を向ける。
「ごめんな、。」
の名前を見る一馬の表情はやっぱり切なそうで。
けれど、その視線をそらすことはない。
「もうあんな風に泣かせたりしない。今度はお前の代わりに、俺がを守るよ。」
に向ける視線。誓うように告げた言葉。
温かな感情が私を包んでいく。
大好きな。
大好きな一馬。
こんなにも私を思ってくれていた。大切にしてくれていた。
「、たくさん、たくさん心配かけてごめん。」
私は貴方に守られていた。
「でも、大丈夫だから。私は・・・私たちは大丈夫。」
光のような貴方に、いつだって縋っていた。
「きっと、これからもつらいことや、泣きたくなってしまうこともあると思う。だけど・・・」
だからきっと、貴方がいなくなってからもたくさんの心配をかけてしまったんだろう。
「だけど、私たちは一人じゃない。そのことに気づいたから。」
私たちを想ってくれている人たちがいたのに、一人で気持ちを閉じ込めてしまうことを悲しんでくれる人だっていたのに。
そんな簡単なことすら気づかずに、知らぬうちに誰かを傷つけていたんだろう。
それはもしかしたら、私たちのことを誰よりわかっていたでさえも。
「だから、ゆっくり休んで。」
の笑顔が浮かんだ。
皆を幸せにしてくれる、温かな笑み。
「大好きだよ、。」
勉強もスポーツもできて、明るくて皆に囲まれる、光のような人。
そんな貴方に憧れた。
自分の好きな人に愛されるが、羨ましいと思ったことだってあった。
貴方になりたいと願ったこともあった。
だけどどんなに姿が似ていても、貴方はただ一人の存在。
いつもまっすぐで、正直で
楽しいことも悲しいことも、いつでも真正面から受け止めて
私たちをいつだって大切にしてくれた。
大好きだと、伝えてくれた。
、私も貴方が好き。
大好きだよ。
貴方はいつまでも私の憧れで、私の自慢。
貴方が双子の姉妹で、本当に本当によかった。
「二人ともお待たせ。」
「お?もういいのか?」
「・・・ああ。伝えきれてないことまだたくさんあると思うけど・・・いいんだ、またいつだって・・・ここに来るから。」
「・・・そっか。」
少し離れた場所で私たちを待っていた英士と結人は、優しく私たちを迎えた。
結人が私たちに声をかけ、英士は静かに微笑む。
「も、いいの?」
「うん。大丈夫。」
「・・・。」
「・・・?あっ・・・!いや、あの、本当に大丈夫だからね英士!」
「には何度もそう言われたからね。」
「これは本当、絶対本当です!」
「・・・あははっ。」
英士には何度助けてもらっただろう。
自分の本音を隠し続けて、上辺だけの「大丈夫」という言葉を伝え続けて。
彼にはたくさんのことを教えてもらった。助けてもらった。
そんな私の本音はもしかしたら英士だけじゃなく、他の誰かにも気づかれていたのかもしれない。
けれど私がいつだって平気だと言うから、もうそれ以上聞かないように笑顔で壁を作ってしまっていたから。
彼らはそれ以上、何も聞くことはなかった。
私の本音に気づかないフリをして、それでも私を守ってくれていたこと、
そのことで彼らが胸を痛めていたことに、気づきもせずに。
「・・・何の話だ?」
「いや、こっちの話。」
「・・・。」
「何だよお前らあやしいな!教えろー!!」
「うわ、ひっついてこないでよ結人。」
結人が英士に覆いかぶさって、今の言葉の意味を教えろと詰め寄る。
とはいえ、結人は本気で聞きだそうとしてるわけじゃなくて、英士にじゃれているだけのように見えるけれど。
「・・・。」
「ん?」
「英士、結人も。」
「「?」」
一馬が意を決したように声をかけ、私たちをまっすぐに見つめる。
「お前らには・・・迷惑も心配も、たくさんさせた。本当に、ごめん。」
一馬は私たちに何度も謝っている。もう今更何を言う必要もないとわかっている。
でも、一馬の表情は何かを決意したようにまっすぐで、
その瞳からは強い意志を感じたから。私たちはそのまま彼の次の言葉を待つ。
「俺、強くなるから。お前たちみたく、優しくて、強い奴になるから。
お前らに何かあったら、すぐ助けてやれるような、支えになれるような奴になるから。」
それは私たちに負い目を感じ続けていた感情ではない。
前をみて、これからを見据えている、そんな決意。
「お前らがいてくれて、よかった。」
私たちは言葉を紡ぐことも忘れ、一馬を見つめていた。
そして、その言葉は少しずつ私たちの心を包み込み、自然と笑顔が浮かぶ。
「何だよかじゅまー!泣かすこと言うなよお前もー!そうだよ俺たちずっと友達だー!!」
「わあ!結人!!」
「・・・いきなりこんな恥ずかしいこと言うとは思わなかったよ。」
「英士、バカにしてないか?」
「いいんだよ一馬、ホラ見てみ!英士の奴うっすら顔赤くなってるから!」
「え・・・?」
「なってない!見るなよ一馬!」
ねえ、。
貴方も見てくれているかな。
聞いてくれているかな。
「おーい英士くーん!こっち向けよー!あ!、英士そっち向いた!顔赤いだろ?!」
「・・・っ・・・」
「・・・あははっ。」
「え?笑ってちゃわかんねえし!」
「つーか結人、もういいだろ。英士もいい加減怒るぞ・・・?」
私たちは貴方を失って、心に穴があいたようだった。
光を失ったかのように、その現実を認めなくて
目を背けて、遠回りばかりしていた。
だけど、
「・・・俺をからかおうとするなんて、いい度胸だね結人。」
「・・・え?ええ?ちょ、ちょっと冗談じゃーん。何その怖い顔・・・」
「だから言ったのに・・・。」
だけど、私たちは今やっとたどり着いた。
自分たちで歩む道。
貴方のいないこれからを、それでもまっすぐ歩いていく。
寂しいと思う気持ちも、悲しいと思う気持ちも消えることはないんだろう。
「あーあ、英士の奴・・・ちょっとは手加減してやれよー・・・。」
「二人が遠くなってくね・・・。寮にいる時もいつもああなの?」
「今日は結人がはしゃぎすぎ。まあ、理由はわかってるけど。」
「あはは、なるほど。」
でも、私たちは一人じゃないから。
「本当に優しいよね、二人とも。」
「・・・お前もな。」
「ええ、またまた何を言うかな。」
「俺は本気だからな。」
「え・・・?」
「に言ったこと。俺が言える台詞じゃないのかもしれないけど・・・それでも。
一人で背負うな、一人で泣くな。困ったことがあったらいつだって言えよな。」
だから、大丈夫。
「じゃあ、一馬もだからね。」
「え?」
「一人で泣かないで、苦しまないで。困ったことがあったら、いつでも頼ってね。」
「・・・・・・。」
「私も大切な人が困ってたら助けたい。支えになりたいから。」
前を見て、歩いていくよ。
「お互い支えあうってことでどう?」
「・・・ははっ、そうだな。」
優しい、優しい風が吹いた。
雲ひとつない青空の下で、私たちは笑った。
胸に残る、残り続ける大切な人を思い浮かべて。
多くの人の光となるような、のようにはなれない。
自分に自信なんかない。いつも悩んで葛藤して。
けれど、貴方が、が好きだと言ってくれた私たちでいたい。
貴方の代わりが誰もできなかったように、
誰にも代わりなんてできない、ただ一人の私たちでありたい。
「行こう、一馬。」
「ああ。」
顔を見合わせて、小さく微笑みあって。
私たちは歩き出す。
一歩一歩しっかりと、まっすぐに前を向いて。
お互いの存在と決意、そして
貴方が残してくれた、たくさんの想いを胸に。
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