気づかなかった言葉とその想い。
こんなに近くで、俺を守り続けてくれていた。
たった一人の君へ
「・・・何、言ってるんだ?」
目の前の彼女がなのだと思っていた。
俺の好きな人は、ずっと傍にいたのだと思っていた。
「・・・おい、 ・・・。」
「違うよ、一馬。」
けれど彼女は、俺の目を見てまっすぐに答える。
「私は、だよ。」
嘘をつくはずなんてない。
こんな冗談を言うはずがない。
そう思っていても、出てくるのは否定の言葉。
「・・・何、冗談なんて・・・」
ずっと見ないフリをしていた違和感、目を背けていた現実。
彼女はそれを知らせようとしてくれている。
わかっている。
わかって、いるのに。
それでも俺はまだもがこうとしてる。
認めたくない真実から目を背けようとしている。
頭ではわかり始めてる。
なのに、心が邪魔をする。
認めるな、認めてはダメだと叫ぶように。
ズキズキと頭が痛み出して、真実を受け入れることを拒む。
「一馬・・・今まで私たちを見間違えたこと、なかったよね?」
彼女の声が、聞こえる。
「小学校のときと同じ服装と髪型で学校に行ったときも、
皆を驚かせようとして悪戯したときも」
そう、俺は・・・いつだって二人を見分ける自信があった。
それだけの時を一緒に過ごしてきた。二人のことを想っていた。
「親でさえも間違えたのに、一馬だけはいつも私たちに気づいたよね?」
姿は似ていても、それぞれにいいところがあって
俺はいつだって救われていた。
「一馬はいつだって、本当の私たちを見つけてくれたよね?」
もも、かけがえのない大切な幼馴染。
だから、間違えるはずなんてないんだ。
「私を見て。一馬。」
彼女の声がだんだんとかすれてきている。
体も震えてる。それでも、俺をまっすぐと見つめることだけは決して止めない。
「一馬の目には・・・誰が映ってる?」
その言葉で初めて、俺は彼女をしっかりと見たような気がする。
あの悪夢から、傍にいてほしいという思いばかりが先に立っては、彼女の言葉も表情も無視した。
笑っている顔を見て。俺を好きでいてくれるという言葉に安心して。
自分の想いばかりを守り続けた。
誰がなんと言おうとも、二人を見間違えるはずなんてないとそう思っていた。
目の前にいる彼女から、目をそらし続けていたくせに。
かすれた声と震える体。
何かに耐えるように、それでも俺から視線は外さずに。
あの日以来、初めて向き合った彼女の頬に涙が伝う。
「・・・一馬・・・?」
その頬に触れると、驚いたように肩を揺らした。
自分が涙を流していることさえ気づいていなかったんだ。
次々と溢れる涙に困惑したように、涙をぬぐおうとする。
「私は、だよ。」
俺はの泣いた姿なんて、見たこともない。
だって俺との隣にいた彼女はいつも穏やかに笑っていたから。
『はね、泣かないの。』
からその言葉を聞いたのはいつだっただろう。
『泣かない?まあ確かにが泣いたところなんて見たことねえけどさ。』
『自分が泣くことで誰かに迷惑がかかることを嫌がるんだよね、あの子。』
『何だよ迷惑って。泣きたいときは泣けばいいだろ?』
『ね、誰だってそう思うのに。』
は呆れたように、それでも愛おしそうに笑って。
『あの子はいつだって誰かのため。たまには自分のために動いたっていいのにね。』
『・・・まあ・・・そうだけど・・・。』
『本っ当・・・損な性格。』
の言葉に何も返すことはしなかった。
確かにはいつも1歩下がって、誰かの幸せを願ってる。
目立たないようにそれでも、俺の背中を押してくれたのだってアイツだ。
『だけど・・・私はあの子が好き。バカみたいに優しすぎるところも、損な性格も含めて、大好き。』
『・・・。』
『だから一馬も覚えておいてね。を泣かせたらたとえ一馬でも許さないからね!』
笑って、怒って、泣いて。
表情がよく変わるの姿とは対照的だった。
いつも穏やかに笑っていた。
涙を決して見せることのなかった。
けれど今、目の前の彼女は泣いている。
困惑した顔で、必死に止めようとしても、溢れ出す涙は止まらない。
のそんな姿、見たことなんてない。
それでも、
「私を見て。一馬。」
それでも、今俺の前にいるのは。
俺を傷つけまいと必死で
誰にも見せることのなかった涙が溢れるほどに、つらい思いを背負っていたのは、
「・・・っ・・・。」
声に、ならない。
彼女の名前を呼びたいのに、
目の前が霞んで、胸がつまって言葉にならない。
震えている彼女の体を強く、強く抱きしめた。
その名前を呼ぶことさえできない、今の俺にはそれしかできなかった。
俺の背中に優しく手が添えられる。
どうしてお前はそんなに優しいんだろう。
弱くて情けなくて、お前を傷つけ続けた俺をどうしてこんなにも
『のことも好き。二人とも・・・大好き。』
『だから、二人に幸せになってほしいな。』
『それでも、私は二人の傍にいるから。』
優しく、包み込んでくれるんだろう。
「っ・・・」
俺は、一体どれだけの言葉を無視した?
どれだけの優しさを踏みにじった?
お前はどれだけ傷ついた?
傷ついてそれでも、お前は必死に俺を守ってくれていた。
あの頃と、同じように。
いつだって、自分ではない誰かの為に。
「・・・・・・」
俺は本当に弱くて、の死を受け入れることなんてできなかった。
という逃げ道を作って、お前の優しさに甘えていた。
お前とならきっと、を失った苦しみも乗り越えていけたはずなのに。
お前のことを考えもせずに、一人で逃げた。
この苦しみから逃れられるなら何でもいいと、目をそらし続けたんだ。
「・・・っ・・・」
踏みにじってしまったたくさんの思い。
伝えなければならないことはたくさんある。
「・・・ごめん・・・ごめんっ・・・」
けれど、今お前に一番伝えたい言葉があるんだ。
「・・・り・・・とう・・・」
こんな俺を守ろうとしてくれて。
たくさんのつらい思いをさせて、それでも
「ありがとう・・・っ・・・」
俺の傍にいてくれて。
「・・・かず・・・ま・・・・・・」
の声が聞こえた。
今までもそうだったように、俺を包み込んでくれるような優しい声。
どうして俺は、この声に気づかなかったんだろう。
彼女の体を強く抱きしめていたのは、今の情けない自分を隠すためだったのかもしれない。
それでもは俺を抱きしめ続けてくれて、その温かさに身を委ねた。
大切な幼馴染。
ずっとずっと一緒に過ごしてきたのに。
お前を裏切り続けて。
優しさをくれた皆を傷つけて。
いくら謝っても、謝り切れない。
それでも、もう俺は逃げたりしない。
こんなに遅くなってしまったけれど、
今度こそ現実と向き合う。
もう目を背けたりなんてしないから。
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