英士と結人が俺の家に来た日、俺は貧血で倒れてしまったらしい。
そのせいだろうか。あの日、あいつらと何を話していたのかよく覚えていない。
どうせいつものように他愛のない話でもしてたんだろう。
そう思いこんで、二人に話を聞くこともなかった。
それは無意識のうちに真実を知りたくないと思い込む、俺自身の感情の表れだったのかもしれない。
たった一人の君へ
前からそうだったことだけれど、サッカー中心の生活となっている俺は
そうそうと会うことはできない。
練習が終わり部屋で一息つくと、俺は自分の携帯を開いた。
着信はない。メールもない。ここ何日もずっと。
待っているのは彼女からの連絡。
俺は基本的に用事がなければ連絡をすることはなく、いつも連絡をくれるのはばかりだった。
しかし3日とあいたことのないからの連絡がずっとない。
「・・・。」
彼女と一緒にいたいと願っているくせに、自分じゃなかなか行動に移せない。
連絡を待っているだけじゃなく、俺から連絡を入れればいい話なのに。
いつも行動にうつすの姿を頭に浮かべ、俺はゆっくりとボタンを押した。
『もしもし?』
「?俺だけど。」
自分の彼女に、しかも気の知れた幼馴染に連絡するだけだというのに、何故か緊張した。
声が聞きたいから、なんて理由で電話をしたと言ったら、それこそ思いっきりからかわれてしまいそうだ。
『俺?俺って誰デスカー?』
ああ、いつものだ。
そう思って安心して言葉を続けた。
もちろん、からかわれることも覚悟して。
「ちょっと・・・時間あったから・・・別に用は・・・特に・・・ねえけどさ。」
少しの間があいて、返事が返ってくる。
『・・・声が聞きたくなったってやつ?』
「ち、ちがっ・・・!いや、違わねえけど、さ!」
『あはは、嬉しいなあ。』
それは予想外の言葉だった。
が俺の言葉を聞いて嬉しいと言ってくれたことじゃない。
むしろ彼女はいつもまっすぐな気持ちを俺にくれる。それに驚いたわけじゃなかった。
いつもと違う反応。
こんな言葉を言おうものなら、は真っ先に俺をからかう。
笑う声も静かで、あまりにも穏やかだった。
「?何黙ってんだよっ。また笑ってんだろ?!」
『・・・わ、笑ってないよ!嬉しいって言ってるじゃない。』
何か、あったのだろうか。
けれど何かあったとき、は真っ先に俺に電話をかける。
怒ったときも、悲しんでるときも、楽しいことがあったときも。
表情をコロコロと変えながら、小さな子供みたいに。
表情・・・?
そこまで考えて、今まで感じていた違和感の正体に気づく。
はいつも笑ってばかりいる。
楽しいことを精一杯に楽しんでるみたいに、たくさん、たくさん笑ってる。
けれど、それと同じくらいに怒るし、悲しむし、我侭だって言う。
けれど、今は・・・?
いや、随分と前から見ていない気がする。
彼女の、笑顔以外の表情を。
『私も、声が聞きたかったよ一馬。』
傍にあるのが笑顔だけだったから、
彼女がいつも欲しい言葉をくれるから、考えようともしなかった。
電話を切って、頭に痛みが走った。
にあまえて、彼女の変化に気づかなかった自分の情けなさに頭痛でもおこしたのかと思った。
でも、もうひとつ。
変化に気づかなかったのは、が何も言わなかったから?
本当はもっと、もっと、気づかなければならない理由があるような気がした。
変わらない笑顔。
時々感じた悲しい笑顔の意味も俺は知ろうとしていない。
笑っているのなら大丈夫だと、安易に考えて何もしようとしなかった。
好きな奴が困っているのなら、真っ先に助けたいと思うはずなのに。
いつから?
いつから、そんな考えでいるようになった?
わからない、わからない。
その思考を遮るかのように、頭の痛みがひどくなっていく。
「、お前風邪大丈夫なのか?」
「うん。平気だよ。」
風邪をひいて、会うことも話すこともできなかったと久しぶりに会った。
彼女へと感じていた違和感のことを話すこともせず、俺は普段どおりに声をかける。
そんな自分を情けなく思いつつも、俺の目の前に映る彼女の姿がいつもと違うことに気づいた。
「ところでお前さ・・・なんかいつもと服装違うよな?」
「・・・そう?」
何もないフリをしながら、動揺などしていないフリをしながら。
自分が一体何をしたいのか、彼女に何を聞きたいのかすらわからずに。
そんな俺の迷いは、彼女に気づかれてしまっていただろう。
わからない。
俺はいつから変わってしまった?の違和感はいつからだった?
「話が、あるんだ。」
忘れてしまっていることがある気がする。
「今日のお前・・・どうしたんだよ?こんなところに来て、何がしたいんだ?」
思い出さなければならない、大切な大切な記憶がある気がする。
「どの辺がわからない?おかしい?」
「・・・え・・・?いや、あの、なんか大人しいし、口数少ないし、服装だって・・・」
「じゃあ、おかしくなんてないよ。」
そして、その答えはきっと。
「私はもともと、そういう性格だもの。」
目の前にいる、彼女が持っている。
「私は、だよ。」
目を背け続けた現実。
ずっと感じていた違和感。
それは、あの悪夢を見た後に君を見つけてから。
頭がひどく痛んだ。
理由もわからないのに、胸が苦しかった。
けれど、目の前の彼女があまりにまっすぐに俺を見つめていたから
その視線に応えるように、俺もまっすぐに彼女を見た。
それがどんな答えであっても、
彼女はきっと、俺に真実を伝えてくれる。
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