理由をつけて、言い訳ばかりして





ずっと、逃げてきた。まわり道ばかりを選んだ。





それでも、前を向かなくちゃ。







私が私であるために。













たった一人の君へ















英士と結人と一緒に、一馬に真実を伝えた日。
一馬は私をだとは認めなかった。





「・・・何、言ってるんだ?」





苦しんで、あまりにもつらくて。
残酷な現実を受け入れることなんてできなくて。
一馬はを失った真実を、その記憶を封じ込めた。



でも、あの時。





「そう。じゃない。一馬ならわかるでしょ?」





一馬はきっと、現実を見ようとした。
だからこそ目を背けた真実を聞いて、混乱して、取り乱して、助けを求めた。





「なあ・・・嘘だろ?お前は・・・、だよな?」





押しつぶされそうな悲しみや痛みと恐怖、真実を見ようとする葛藤。
苦しみ続ける彼を見ているのがつらかった。
私がになれるのなら一馬にこんな想いをさせなくていいのだと、心の中で思ってた。





「・・・私、だよ・・・。」





だから彼の目も見ずに、必死で言葉を紡いだ。
呟くように、小さな声で。その言葉のたどたどしさは、まるで私の迷いをあらわしているかのようだった。

だから、一馬も迷った。
目の前にある現実。が傍にいた幸せな記憶。
迷って、迷って、何が真実かわからなくなった。





「・・・おい、・・・。」

「違うよ、一馬。」





何が正解だなんて、わからなかった。
このまま私がとして彼の傍にいれば、いつかは一馬も真実に気づいたかもしれない。
誰にも気づかれず、を演じたまま、ただ彼の傍にいれば誰も傷つかなかった。

けれど、私はを演じることはできても、決してになることはできない。
私自身は痛いほどにわかってる。そして、それは一馬だってわかっているはずなんだ。

を失って、それでも彼女の姿を求め続けて。
自我を失うほどに愛した人。





どんなに姿形が似ていようとも





一馬の愛した人は、たった一人。





誰にも代わりなんて、できないと。












私もずっとわかってた。
今の貴方のように迷って、悩んで、立ち止まって。
けれど、時間が解決してくれる、私がでいられれば誰も傷つかないと
言い訳をつけては目を背けて、貴方と向き合うことのないまわり道ばかりを選んで。

そして、それは貴方をも迷わせた。








だから、









「・・・でも、だろ?」



は一人じゃない。俺が・・・俺たちがいるんだから。」



「落ち込んでても何も始まらない。何もできないなんてことないんだ。」









もう、迷わない。









「私は、だよ。」










目を背けたりしない。









「・・・何、冗談なんて・・・」

「冗談なんかじゃない。」

「だってお前は・・・!」









体が震えても、怖くても、ここから逃げ出したくなっても。









「一馬・・・今まで私たちを見間違えたこと、なかったよね?」







たとえば貴方が何度、を求めて私から目を背けたとしても。







「小学校のときと同じ服装と髪型で学校に行ったときも、
皆を驚かせようとして悪戯したときも」







それでも私は、迷ったりしない。







「親でさえも間違えたのに、一馬だけはいつも私たちに気づいたよね?」







何度でも、何度でも







「一馬はいつだって、本当の私たちを見つけてくれたよね?」







貴方に語りかけるから。







「私を見て。一馬。」







何度だって、貴方に手を差し伸べるから。














「一馬の目には・・・誰が映ってる?」















体は震えていた。声もかすれていた。
だけど私は、まっすぐに一馬の顔を見つめた。

一馬が呆然とした表情で、1歩を踏み出す。
1歩ずつ1歩ずつ、ゆっくりと私に近づく。





「・・・一馬・・・?」





一馬の指が、私の頬に触れた。
そこで私は初めて、自分の顔が濡れていたことに気づく。
まるで今までの涙が溢れ出すように、その水の雫は止まることなく私の頬を伝ってゆく。





「かずっ・・・」





彼の名前を最後まで呼ぶことなく、強い力に引っ張られると私は彼の腕の中にいた。
一馬の体が震えているのがわかる。心臓の鼓動がはやいのも伝わる。
けれど、その表情だけは見ることができなかった。





「・・・っ・・・。」





言葉にならない声で、震える体で、ただ私を強く抱きしめた。





言葉にならなかった声は、誰の名を呼んだ?





一馬が今抱きしめているのは、誰?





答えはわからない。
けれど私はその背中に手をまわし、しっかりと彼を抱きしめる。





一馬が自分を見失うことのないように。





私がここにいることを、伝えられるように。














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