怖くても、体の震えが止まらなくても
伝えたい。
伝えなくちゃ。
大好きな二人へ、臆病だった自分へ。
たった一人の君へ
『はーい!ただ今1位を取ってきたでーす!これから私の最愛の妹、が走るよ!』
『ちょっと、アンタ戻らなくていいの?』
『いいのいいの!私がの勇姿をこのビデオカメラにおさめてあげるんだから!』
リビングから聞こえてきた、懐かしい声。
凛としていて、明るくて楽しそうな笑い声。
「・・・お母さん?」
「ああ、・・・。今、ビデオを整理してたらね、見つけたから・・・。」
「これって・・・小学校のときの運動会?」
「そう、ホラが走り終わって、今度はが走る番よ。」
お母さんたちからビデオカメラを取り上げて、楽しそうに解説をはじめて。
ビデオなんて撮ったことがないから、少し画面がブレて見える。
『さあ!が走り出しました!お?おお?!負けるな!!何、すっごい接戦じゃないコレ?!』
の興奮した様子に、隣でお父さんとお母さんの笑い声が聞こえる。
そんな様子にも気づかないくらいに、は私へと必死で声をかけていた。
『バカ!そこは遠慮せずにインコースに体をねじこむの!遠慮すんなー!!』
もともとブレていた画面がもっと揺れだし、もはや私の姿もよく見えない。
聞こえるのは、の必死の声。私を励まして応援してくれる、優しい声。
『負けるなー!』
そう、いつだっては
いつだって、いつだって。
明るくて、優しくて、強くて。
『頑張れ・・・!!』
意気地なしの私の背中を、押してくれるの。
「、お前風邪大丈夫なのか?」
「うん。平気だよ。」
「一馬こそ、今まで練習だったんでしょ?疲れてない?」
「別になんてことない。」
「そっか。」
風邪をひいただなんて言い訳を考えて、彼のことを避けて。
それでも私を思ってくれている人の存在を知って。
私はようやく一馬とまた会う覚悟ができた。
けれど、その覚悟は前と同じものじゃない。
「ところでお前さ・・・なんかいつもと服装違うよな?」
「・・・そう?」
「なんか大人しいし。」
「・・・。」
私はもうにはなれない。
それは何度考えても、悩んでも、変わることのなかった思い。
皆に愛されていた。
明るくて優しくていつも元気をくれた、私たちの光。
どんなに外見が似ていても、私がその光になることなんてできない。
「映画見るんだよね?早く行こう。始まっちゃうよ。」
「お、おう。」
一馬が疑問の表情を浮かべたまま、先に歩き出した私の横に並んだ。
私も一馬も無言のまま、目的の場所へとただ歩く。
ときどき感じる、一馬の不安そうな視線が痛かった。
「・・・?」
映画が終わり、近くの喫茶店で一馬がの名前を呼ぶ。
私はその声には応えずに、ただ顔だけをあげた。
「やっぱりお前、風邪治ってないんじゃねえの?調子悪いだろ?」
「ううん、平気だよ。」
「でも・・・なんか、今日のお前・・・」
「・・・一馬。」
不安そうな一馬の言葉を遮って、彼の名前を呼んだ。
ビクリと肩を揺らして、緊張した不安そうな瞳で私を見つめる。
私は彼の見えないところで、自分の拳を握る。震える自分を叱咤するように、強く強く。
「話が、あるんだ。」
「・・・え?」
「出よう。」
うまく、笑えていただろうか。
声は、震えていなかっただろうか。
未だ訳がわからないといった表情を浮かべる一馬の手をとって席を立った。
店を出て、やってきたのは私たちの家の近くにある公園。
昔、と一馬と三人でよく遊んだ場所だ。
私は一馬の手を離し、目の前にあるブランコへと座った。
「・・・・・・?」
一馬の不安そうな表情、声。
それでも私はその名前には反応を返さない。
「今日のお前・・・どうしたんだよ?こんなところに来て、何がしたいんだ?」
「今日の私、おかしい?」
「・・・ああ、お前が何考えてるのか全然わかんねえよ。」
もう一度、一馬に会う覚悟をしてきた。
今までずっと持っていた思いは、私がの代わりになるということ。
一馬がしっかりと前を見るまで、彼女を演じ続けるということ。
「どの辺がわからない?おかしい?」
「・・・え・・・?いや、あの、なんか大人しいし、口数少ないし、服装だって・・・」
「じゃあ、おかしくなんてないよ。」
でも、今は違う。
「私はもともと、そういう性格だもの。」
を演じ続けても、になれるはずなんてないから。
「・・・何・・・言ってるんだ?」
私たちの大好きだった彼女は、もういない。
会いたいとどんなに願っても会えない。
代わりなんて、誰にもできない。
私たちの大好きなは、たった一人しかいない。
「私は、だよ。」
もう隠すこともできない、体の震え。
怖くて、怖くて、その場から逃げ出したかった。
私に必要だったのは、を演じ続けることじゃない。
彼女の代わりになることなんかじゃない。
必要だったものは、
私が私でいる覚悟だ。
TOP NEXT
|