隠し続けてきた本当の言葉。
気づかせてくれた、優しい人。
だから、もう一度。
たった一人の君へ
「ごめんね急に。」
「・・・ううん。」
「こうでもしないと会ってくれないと思ったから。」
「・・・。」
私の家ではお母さんの目があるし、家の外では一馬のお母さんに会うことも考えて
私たちは近所の公園までやってきた。少しの静寂の後、どちらからともなくポツリポツリと話し始めた。
「練習、あったんじゃないの?」
「まあね。」
「休んだの・・・?」
「・・・いや、そういうわけじゃないけど。」
「・・・何?」
「集中力が欠けてるって怒られてさ。追い出された。」
「!」
私たちのことを知って、それでも何もなかったかのように
一馬の傍にいる英士と結人。特に英士は、一馬が倒れたことも
現状が変わらなかったことも自分のせいだと責めてる。
そんな状況で普段どおりに練習ができるわけないんだ。
「じゃあなおさらこんなとこいたらダメじゃない・・・!はやく戻って・・・」
「。」
「・・・英士・・・。」
「普段どおりにサッカーができないのは俺自身の問題だよ。それをどうにかするために君に会いに来た。」
やはり引っかかっているのは私のこと。
こんな風に迷惑なんて、かけたくなかったのに。
誰かを救うことすらできず、逆に迷惑ばかりかけてるなんて。
「ごめん・・・もっと早く、会えばよかったね。私、大丈夫だって伝えてれば・・・」
「、俺の言ったこと覚えてる?」
「いいわけないだろ?!どうして、どうして大丈夫だって言うんだよっ・・・!」
あの日の英士の言葉が浮かんだ。
普段冷静な英士が、必死になって伝えてくれた言葉。
「そんな言葉、いらないよ。」
そんなことを言われたら、私はもう何も言えない。
だって、どうしたらいいの?
私が何を言ったって、貴方は私の心を見透かすかのように
そんな言葉は違うと、いらないと言う。
どうしたら貴方を安心させてあげられる?
心を軽くしてあげられる?
その言葉以外に浮かばない。
本当のことなんて、言えない。
これ以上、貴方に負担も迷惑もかけたくない。
「一馬に聞いた。『風邪』ひいたんだって?」
「・・・。」
「大丈夫なんかじゃないんでしょ?」
「・・・っ・・・。」
「協力してって言葉は嘘?」
「そ、そんなこと・・・」
「俺はそんなに頼りにならない?」
「そんなことっ・・・あるわけない・・・!」
だってこれは私がはじめたこと。
一馬が光を取り戻すなら、何でもしようと。
覚悟を決めて、一馬の力に、支えになりたいと。
いつもにくっついて、彼女に頼ってばかりいた私。
せめて重荷にはなりたくないと思ってた。重荷になって、見放されるのが怖かった。
も一馬も、英士も結人だって同じ。
夢に向かって走っていく貴方たちの重荷にはなりたくなかった。
「・・・何で・・・?」
「?」
「何で・・・私なんかの為にそこまでしてくれるの?そんなこと、言ってくれるの?」
「・・・。」
「だって・・・私は離れててたまにくる電話やメールを返して、のフリをして出かけてるだけ。
ずっと一馬の傍にいる英士や結人の方が大変なはずでしょう・・・?」
心配をしてくれて、こうして私の家までやってきてくれて。
私はそれだけで充分だから。それだけで、支えとなっているから。
「・・・確かにね。俺は一馬とまともに話せてない。」
「そうでしょう?だから、私のことよりも英士自身のことを考えて。英士がそんなに苦しむ必要なんてないんだよ・・・!」
「だけど。」
「え・・・?」
「には、俺より苦しむ理由がある。」
英士の言葉に、思考が一瞬停止する。
英士は・・・今、何て言った?
「一馬は嬉しそうに何でも話す。君を好きだって言う。でもそれはに向けてる言葉じゃない。」
ねえ、何を言おうとしているの?
「を見て、に向かって言葉を向けるのに、君を見てなんていない。」
わかってるよ。だって一馬が見てるのは、なんだ。
「好きな人が目の前にいるのに、自分を見ているはずなのに、」
待って。何で・・・?だって私は・・・。
「一馬は決して、自身を見てくれない。」
二人に幸せでいてほしかった。
だから私は隠し続けてきたの。一馬に向ける、この気持ちを。
誰にも気づかれないように、気づかせることなんてないように。
「はどれだけ傷つく?どれだけ傷ついてきたの?」
誰も、知るはずがないの。
なのに、何故?何故英士がこの想いを知っているの?
「一馬を待つ・・・その『少し』の間に・・・はどれだけ傷つくの?」
同じ言葉をこの前に会ったときにも聞いた。
その時はまさか一馬に対する恋愛感情を指しているなんて、思いもしなかった。
けれど、今は。
「好きな人が目の前にいるのに、自分を見ているはずなのに」
英士は、知っている。私の想いを。
「何・・・言ってるの?」
「何が・・・?」
「・・・一馬は、大切な幼馴染だよ?それに私は一馬とが両想いだってことも知ってた。」
「うん。」
「だから、あるわけないじゃない。そんなこと。」
「・・・そう思って・・・必死で隠してきたんでしょ?」
どうして?どうして・・・?
誰も気づかなかった。きっとさえも気づいていなかったはずの想いを。
「違うっ・・・違う・・・!」
「。」
瞬間、温かな感覚が私を包んだ。
それは英士に抱きしめられていたからだったのだけど、混乱していた私は何が起こったのかもわからないままだった。
「誰にも言わない。」
「・・・だからっ・・・。」
「一馬にも・・・にも。」
「・・・わ、私は・・・」
「誰にも、言わないから。」
混乱する私を落ち着かせるように、英士がゆっくりと静かに呟く。
英士の温かさと、落ち着いた声。私も少しずつ落ち着きを取り戻した。
確信したかのような英士の口調。そして、私の心まで知っているかのような言葉。
隠そうとしても、ごまかそうとしても、彼には通じない。
「俺・・・あの日、自信があったんだ。」
「・・・?」
「を救えるっていう自信。一馬を支えてやれるって自信。
だから、強引にでも一馬に本当のことを伝えた。伝えるべきだと思った。」
「・・・英士・・・。」
私もそう思ってた。
じゃなくても、『私』でも一馬を支えてあげられるんじゃないかって。
でも、現実は簡単にいかなくて。
「正論を並べて根拠のない自信を持って、の心も、一馬の心も無視した。皆を引っ掻き回しただけだった。」
「そんなことないよ・・・!私は、私は英士の言葉、嬉しかった・・・!」
私ひとりがを演じればそれでいいと思ってた。
私を見ない一馬に会うたびに、胸が痛くなって、苦しくなってそれでも。
それでも私が始めたことで、自分で決めたこと。
それなのに、英士は。
「は一人じゃない。俺が・・・俺たちがいるんだから。」
私は一人じゃないと言ってくれた。
私の心を見透かすかのように、この苦しみに気づいて支えようとしてくれた。
「・・・そう言ってくれるに、結局何もできないだけなんだと思った。これ以上俺が何かする資格もないって思った。」
「・・・英士っ・・・。」
「結構、落ち込んだりもしたんだけどね。」
英士の悲しそうに笑う顔に、胸が痛くなる。
締め付けられるかのように、苦しい。
「だけど、一番つらいのはだ。」
「・・・そんな・・・」
「落ち込んでても何も始まらない。何もできないなんてことないんだ。」
「!」
「俺は少しずつ、一馬に話してく。たとえ信じてくれなくても。」
「・・・っ・・・。」
「の支えにもなりたい。」
英士の言葉が、心に響く。
何もできなかった。私にできることなど、もう何もないと諦めていた自分。
「つらいときはつらいって言って。泣きたいときは泣いたっていい。
縋りたいときは、いつだって頼ってくれていいから。」
英士の言葉は、後悔して諦めかけていたこの心を
冷えていくように後ろ向きにしか考えられなくなっていたこの心を、温かく包んでくれる。
「つらかったよね、。」
「・・・っ・・・。」
言葉につまって、声を出すことはできなかった。
代わりに、小さく頷きを返す。言葉も出せず、ただ頷くことしかできなかったのに。
それでも英士は優しく微笑むと、もう一度、温かな腕で私を抱きしめた。
誰にも迷惑をかけたくなかった。
誰かの重荷にはなりたくなかった。
だけど本当の言葉を伝えないことが、逆に誰かを苦しめるだなんて思ってもみなくて。
自分が苦しむことで、他の誰かも苦しんで。一緒に悲しんで、温かく包んでくれる。
いつも1歩引いたまま、本音で話さなかった。
私の後ろ向きな考えなんて、話してもきっとうっとおしく思うだけ。
本当の想いは、重荷になるだけ。そう、思ってた。
ありがとう、英士。
私もきっと、まだできることがある。
ずっと思っていたことも、ずっと話さなかった本当の言葉も伝えていない。
もう一度、頑張れる。
の言葉じゃない。を演じた自分でもない。
私の声を彼に伝えたい。
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