認めたくなんてなかった。
こんな自分に、気づきたくなんてなかった。
たった一人の君へ
ガシャンッ
「・・・あ・・・。」
「どうし・・・あらら、何やってるの。」
「ごめんなさい、花瓶の水取り替えようと思ったんだけど・・・。」
目の前には床に落ちて散らばっている、花瓶の破片とそこから放り出された数本の花。
私は慌ててそれらを拾いはじめる。
「はたまに抜けたことするのよね。」
「は・・・こういうのキッチリやるもんね。」
「そうね、とりあえず物を壊したことはないわね。」
お母さんが笑いながら呆れたようにため息をついた。
その言葉にも行動にも、特別な意味なんてない。けれど。
「?」
「捨ててくる。紙にくるんでいつものところに置いておくね。」
今の私には、とても痛かった。
部屋に戻ると携帯のランプがチカチカと光っていた。手に取ると、それはいつもの人たちからで。
自然と笑みが浮かび、携帯を開いてメールを見た。
『髪の色、やっぱり文句言われたんだけど!どんな髪の色してようが誰にも迷惑かけねえっつの!な!
けどさ、戻さないと試合には出せねえとかって脅された・・・。くそ、権力に屈するしかねえのかー!』
そういえば結人は髪の色を変えるって言ってたっけ。
反対されてたのに強行したら怒られちゃったんだ。結人らしいなあ。
『結人の説教に俺まで巻き込まれた。別に俺は結人の保護者でも何でもないんだけど。』
それで英士も巻き込まれちゃったんだ…。
立派に保護者っぽい、だなんて返したら怒っちゃうかな英士。
英士のメールにしてはめずらしく、彼の文章は続いた。
『ところで、時間とれる?会って話したいんだけど。』
二人とも本当に優しい人たちだと思う。
結人はあえてあの日のことにも、一馬のことにも触れない。
けれど、私を元気付けてくれるようなメールを毎日くれる。
英士も同じ。淡々とした口調でそれでも毎日メッセージをくれる。
英士なんて特に毎日メールするって人じゃなさそうなのに。
そして英士はあの日のことをずっと気にしてる。
気にして、きっと自分を責めてる。英士は何も悪くなんてないのに。
のフリをした私に会った日も、きっと寮の規則を破って私に会いにきてくれた。
背負いこまなくていいって、こんなときまで笑わなくていいって言ってくれた。
私が傷つくことを必死で避けようとしてくれた。私にはそれでもう、充分だった。
あの時真実を伝えて、倒れた一馬を見て私たちは恐怖を感じた。
今はもう何もできない。何も、変えられない。
そんな状態のままで英士も結人も一馬と話してる。何もなかったかのように。
ずっと一馬の側にいるのに、真実を伝えられない。
きっと、すごくつらいこと。なのに、こうして私を気遣ってくれてる。
もう、これ以上負担はかけたくないよ。
『皆サッカーで忙しいでしょ?今度、暇になったら皆で会おう。私は・・・』
大丈夫、とそう打とうとして手が止まった。
「いいわけないだろ?!どうして、どうして大丈夫だって言うんだよっ・・・!」
いつも冷静な英士が、声を荒げて伝えてくれた言葉。
その言葉を思い出し、その先を打つことをためらった。
「・・・っ・・・。」
指が、動かない。たった一言を打つだけなのに。
私は大丈夫。英士にも結人にも、誰にも余計な心配をさせちゃだめなのに。
本当に優しすぎるよ。その優しさに、言葉に縋りたくなるほどに、弱くて卑怯な奴なのに。
学校で認めてしまった想い。
決して思ってはいけなかったこと。
一度認めてしまったその気持ちは、消えることはなくて。
「・・・・・・。」
いつも一緒にいた。
性格はあまりにも違ったけれど、それでも私の半身だった。
皆の光だった。
「!」
携帯の着信音が鳴り我に返る。
それは私の携帯から流れているものじゃない。
「・・・一馬・・・。」
その携帯からの着信は、たった一人だけ。
鳴り響く明るい曲。手を伸ばして携帯を掴んでも、その電話に出ることはできなかった。
「・・・っ・・・。」
皆が、一馬がこんなにを求めてるのに。
どうしてじゃなければならなかったの?
ディスプレイを見てかたまり、通話ボタンを押せないまま、着信音がプツリと切れた。
の代わりなんてできないこと、誰よりも私がわかっている。
こんな想いを抱えたまま、それでもを演じ続けるなんて、できるの?
そんなこと、ずっとわかっていたのに。それでも続けると、大丈夫だとそう言ったのは私だ。
覚悟だって決めたつもりだった。
一馬が私をとして見ていても、私の存在を無視してしまったとしても
それでも一馬の支えになりたいと思った。何でも、何だってできると思った。
でも、私がを演じられなくなったら、一馬はどうなる?
あの時の一馬に戻ること。それが何よりも怖かった。
だから私は大丈夫だって、笑ってそう言った。それよりも怖いことはないと思ったから。
私はにはなれない。
日に日に強くなる醜い心とこんなにも卑怯な自分。
大好きなが、一馬がただ遠くなっていくだけの日々。
『ごめん、ちょっと風邪ひいて、しばらく連絡できないかも。』
私はなんて浅はかだったんだろう。
こんな一文で、先延ばしにしても何も変わらないのに。
それでも、どうしたらいいのかわからない。
誰も、傷つけたくない。それはきっと自分でさえも。
自分でこうなるとわかっていながら、それでもを演じ続けたくせに。
それでも、、一馬。
私は二人とも大好きで。
大好きだから、これ以上嫌な自分になりたくなかった。
こんな自分のまま、になることも、一馬に会うこともできなかった。
失いたくない。
二人に会いたい。
どうしたらいいのかわからない。
わからないよ。
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