高校に入学したらほしいと両親にせがんで買ってもらった携帯電話。
少し前に流行っていた明るくノリの良い曲を響かせて、携帯のランプが点滅する。





二つ並ぶ携帯。その片方のアドレス帳にはたくさんの人の名前。
けれどその携帯が連絡を待つのは、今はもうたった一人。





「もしもし?」

?俺だけど。』






私たちの大好きな、一馬だけ。
















たった一人の君へ

















私たちのことが英士と結人に知られることになって。
私を心配してくれた二人が、一馬に本当のことを話したのは最近のこと。
けれど何も変わることはなく、一馬は今もの姿を追い続けている。





「一緒に・・・協力してくれると嬉しい。」

「するよ!するに決まってんだろ?!」





二人の気持ちが嬉しかった。





「どうして、こんなときまで笑おうとするの・・・?」






英士の言葉が・・・痛かった。





「もう一人で、背負いこもうとしないで。」





一人で背負いこむだなんて、そんな格好いいことじゃないの。
ただ、怖くて。本当のことを話すことが。誰かを傷つけることが。
一馬を・・・失うことが。そして、自分が傷つくことさえも。
私はいつだって笑ってやり過ごして。本気でぶつかることから逃げていたんだ。













「俺?俺って誰デスカー?」

『ちょ、携帯で名前見てんだろーが!つーか声でわかれよ!』

「ははっ、冗談だってば!何、どうしたの?」





普段私が出すことのない、はしゃぐような明るい声。
一馬と話していた時のを思い出しながら、必死で彼女を演じる。
いつ一馬が本当のことに気づいてしまうのかと不安にかられながら。





『ちょっと・・・時間あったから・・・別に用は・・・特に・・・ねえけどさ。』

「・・・声が聞きたくなったってやつ?」

『ち、ちがっ・・・!いや、違わねえけど、さ!」

「あはは、嬉しいなあ。」





照れながらも一生懸命に気持ちを伝える一馬。
寮生活で土日も部活ばかりだから、なかなか会うことのできなかった二人。
それでも時間を見つけては、こうして話してたんだろうな。

照れやなのに、素直じゃない性格なのにこうして電話をしてきてくれる。





、嬉しかっただろうな。





幸せ、だったんだろうな。








?何黙ってんだよっ。また笑ってんだろ?!』

「・・・わ、笑ってないよ!嬉しいって言ってるじゃない。」







もともと性格が正反対だった私たち。
少し気を抜けばすぐに『私』が出てきてしまう。







「私も、声が聞きたかったよ一馬。」

『っ!』







二人を祝福していたのは本当だった。
お似合いの二人だって思ってた。素敵な二人だって思ってた。

だけど、持ち続けていた想いはなかなか消えないもので。
私は心の奥底で何度も願っていたの。



一馬と楽しそうに話す



一馬にヤキモチを焼かれる



幸せそうに笑う





私であれば、どんなに幸せだっただろう。








私の望んでいた一馬の言葉。
こんな形で聞くことになるなんて、思わなかった。

になりたいと願った。
だけど、望んでいたのはこんなことじゃなかった。
私に向けられた想いの言葉。なのに残るのは寂しさと胸の痛み。





『お前なあ・・・そういう恥ずかしいことペラペラ言うなよ!』

「一馬が先に言ったくせに・・・」

『それはお前が・・・!あー!もういいんだよその話は!』





一馬と話すたびにと一馬の絆を思い知る。
一緒だと思ってた。二人が付き合いはじめても、私の想いが叶わなくても。
大切な二人が、離れていくことなんてないのだと。

なのに、遠くなっていく気がするの。
二人の絆を感じるたびに、一馬が私に向けての名前を呼ぶたびに。
にも一馬にも、もう私は映ってなかったんじゃなかったのかって、そんな醜い感情が押しつぶされそうになる。
二人とも私を大切に思ってくれてたこと、知ってたはずなのに。





笑っていたのに、想っていたのに。





ねえ、胸が痛いよ。


















「・・・・・・?」

「え?」

「あ・・・ごめん、ちゃんだよね。その髪型見てるとどうも・・・。」

「・・・あはは、まぎらわしくてゴメンね。」





になりきるために切った、長い髪。
性格の他に私たちを見分ける手段だったもの。

髪を切った直後はちょっとした騒ぎにもなった。
もともと学校では有名人だった。そのの死でも相当な騒ぎになったのに。
それから少しして、双子の私がと同じ髪型にしてきたものだから
が戻ってきただとか、双子の私が寂しすぎての影を求めてるだとか様々な噂が飛びかった。
全てが嘘ではなかったから、否定もしなかったけれど。





「私ね、バレー部で補欠に選ばれたの。みたいにレギュラーにはなれなかったけどさ。」

「そうなんだ、おめでとう。」

にも伝えといて。・・・ってちゃんに言うのは変かな?」

「ううん、嬉しい。も絶対喜んでるよ。」





と仲の良かったバレー部の子。お葬式ではずっと泣いていた。
けれど今はもう前を向いて、と一緒に頑張っていたバレー部のレギュラーを目指してる。
人見知りで自分から誰かと話そうとしなかった私だけれど、の影響で知り合いは多い。

そんな人たちに会えば、必ず出てくるの話。
彼女がどれだけ皆に愛されていたのかがわかる。





って・・・すごいよね。」

「え?」

「いや、あの子が何でもこなせちゃう器用な子だってのはわかってるんだけどさ。もっと、違う意味で・・・。」

「違う、意味?」

「ただ何でもできるだけの人だったら、ここまで私たちの中に残らないよ。」







その子は切なそうな表情で、窓の外の空を見上げた。









「・・・もっと、一緒にいたかったなあ。」









その言葉に、胸がしめつけられた。
たくさんの人に囲まれて、お互いを高めあえる友達もいて
最愛の人とも、両思いになれた。はきっと、幸せだった。



けれど彼女の突然の死は、それらを全て奪い去っていったんだ。



彼女の中に光を見ていた、たくさんの人たちを残して。







「・・・うん、私も。」







私も一緒に空を見上げて、たった一人の姉を思った。
大好きだった。もっと、ずっと一緒にいたかった。いてほしかった。

がいれば、だったら・・・





「・・・!」

「?どうしたのちゃん。」





突然襲ってきた自分の思考を必死で隠した。
それは決して思うまいと心に決めてきたこと。



私が思ってはいけないことなんだ。


















「・・・だよなー?やっぱり?」

「・・・が・・・」





廊下で出会ったの友達と別れ、私は教室へと鞄を取りに戻る。
教室に近づくと、クラスにはまだ誰か残っていて何やらの名前も聞こえてきた。
そうか、ここでもの話が出ているんだ。





「そういやにはびびったよなー。」

「あー!びびったびびった!が生き返ったのかと思ったもんな!」





の話だけかと思っていたら、突然私の名前も聞こえてくる。
教室に入りづらくなり、私は扉の前で立ち止まった。





「でも話せばやっぱり違うってわかるよなー。、全然違うし。」

「ていうかになれるわけねえじゃんな?」





何を言われることも覚悟して髪を切った。
一馬の前ではになりきる決意をした。
だからそんなこと言われなくてもわかってることだ。





「あー、マジでが死んじまうなんてなー。俺、かなり好きだったのに!」

「俺も俺も!可愛いし性格いいしさ!しかも勉強も運動もできるって反則だし!」

「同じ顔のでも、ああはいかねえもんなー。」

「当たり前じゃん、違いすぎんだろ!」





ああ、本当にすごいなは。
いなくなって数ヶ月が経っても、それでも人をひきつけてやまない。皆がを求めてる。





「・・・じゃなけりゃよかったのにな。」

「え?」

「だってさー、こんなに大勢に惜しまれる子なんて珍しいじゃん。それだけ皆アイツが好きだったってことだろ?」

「まあ・・・そうだな。」





その言葉に、何故か私は自分の拳を握り締めていた。
何かをこらえるように、何かにたえるように。





「ほら、例えばさ。」





何を言われることも覚悟してた。
バカにされることだって、からかわれることだって。

だけど、だけど。





お願い、その先は言わないで。










「もしだったら、皆ここまで引きずらないだろ?」









その言葉は、今までずっと秘めてきた想い。
絶対、思ってはならないことだった。
だって、何も知らずに突然の死を迎えたのはなのに
そんなこと思うなんて、への侮辱以外の何者でもない。





でも、本当は・・・本当はずっと思っていた。





もしも事故にあったのが私だったら、壊れるものはきっと少なかった。





きっと、も一馬も結人も英士も。
苦しんで、悲しんでくれただろう。だけど。





ぼんやりと未だ落ち込むお母さんも、虚ろな目をする一馬も、その一馬を見て苦しむ人たちもいなかっただろう。





私たちの光だったが、きっと皆を元気づけた。きっと、皆を救った。





クラスの中心でバレー部の1年生レギュラーになって、誰とでも仲良くなって皆と笑って。
たくさんの人を助けて、頼られて・・・










「・・・っ・・・。」










泣かない。泣きたくなんてない。
こんな、自分勝手な想いで泣くだなんて卑怯だ。

自分の体を強く掴んで、必死で涙をこらえた。







痛い。





痛いよ、





卑怯で、こんなにも弱くて、ごめん。





一番悲しいのはのはずなのに。







それでも、消えないの。











私は・・・私よりも貴方に生きてほしかった。












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