守れると思った。





救えると信じてた。





大切な人たち。















たった一人の君へ
















「明日、午後の練習休みだよね。ちょっと付き合ってほしい。」

「え?別にいいけどさ。な、何だよ改まって・・・。」





と話してから数日。
俺はすぐにでも一馬に本当のことを話そうとしたけれど、それはによって止められる。
自分がいないと一馬は絶対に信じないと。自分も一緒に一馬と話す、とそう言って。

すぐにでも彼女を助けたかった。けれど、その言葉に逆らえるはずもなかった。
の言葉は彼女自身が身をもって知った真実。
だと思い込んでいる一馬に、口でなんと言おうともきっと信じない。





「なーんて言いながら実は一馬んち押しかけ計画だからっ!家にも連絡入れとけよ!」

「・・・はあ?!何だそれ勝手に!」

「いいじゃんいいじゃん。俺たちの仲なんだから!」

「まあ・・・別にいいけどさ。」





真実を知った後の数日は一馬とうまく話すことができず、その分はずっと結人がフォローしてくれていた。
表面的には冷静にしていても、すぐにの顔が浮かんで。胸が痛んだ。
大切な人を失って苦しんで現実から逃げ出した一馬、その一馬を救う方法に自分が身代わりになることを選んだ

二人にとって、きっと何より大事だった存在。その人が突然いなくなった悲しみ、苦しみ。
二人の想いは二人にしかわからない。だから、二人を責めようとは思わない。

けれど、これだけは言える。



一馬もも、そしても。俺は大切に思うから。



だからこそこんな悲しいこと、続けてちゃいけないんだ。





















「あら、こんにちは二人とも。」

「こんちはー!!」

「お邪魔します。」





一馬の母親が笑顔で俺たちを出迎える。
少し前の疲れた表情が嘘のようだった。





「飲み物持ってくるけど、どうする?お茶でいいか?」

「OK!任せる任せる!」

「うん、任せた。」





一馬の部屋に入り、結人はいつも通りに笑ってみせていたけれど少しの緊張が見えていた。
こんなとき、結人がいてくれてよかったと思う。
俺一人だったら、こんなにもいつも通りな雰囲気は出せなかったし
真実を知った後の数日間、一馬と冷静に話せる自信はなかった。





「・・・は?」

「今、来るよ。」

「・・・だい、じょうぶかな・・・?」

「・・・。」





そんなのわからない。でも、今の俺はこうするしかできなくて。
きっとも一馬も苦しむことは想像できる。一馬が簡単に納得することもないとわかってる。
だけど、決してこのままにはできないから。
1歩でも、少しでもいい。小さなきっかけとしてでも構わないから。この現状を変えたい。





「持ってきたぞー・・・っと・・・?」





お盆に飲み物のグラスをのせて、一馬がドアを開けると同時に
玄関のチャイムが鳴った。一馬はそれに一瞬反応して、けれどただの客だろうと気にもせず俺たちの前に座った。





「冷たいのでよかったんだよな?食べ物も適当に・・・」





静かに、一段一段階段を上る足音がする。
俺も結人も一馬の言葉は耳に入らず、その音だけが頭に響く。





トン、トン





ゆっくりと、ドアを叩く音がした。





「え?母さん?」

「私。」

「・・・?」





ドアが開く。そこには、と同じ顔をしたの姿。
切ってしまった髪は短いままだが、その服装は以前のと同じ。





「なんだよいきなり。どうしたんだ?その格好も・・・。」





混乱した様子の一馬に、は静かに微笑んだ。
の代わりの笑顔じゃなく、の穏やかな優しい笑みで。





「・・・入れてくれる?」

「あ、ああ、いいけど・・・。」





そう言うとはそのまま、俺たちの横に座る。
目があうと小さく頷き、そしてまた切なそうに微笑んだ。










「一馬、話があるんだ。」











テーブルを挟んで、俺たちの前に腰掛けた一馬をまっすぐ見つめて。
神妙な顔をした俺たちに、一馬が戸惑ったような表情を向ける。





「・・・え?な、何だよ?」

「・・・。」





言わなきゃいけないこと、あれだけ考えてきたのに。
なのに、本人を目の前にするとうまく言葉が出てこなかった。

あれだけの前で格好をつけたくせに、それでも怖かった。
今の一馬を失う恐怖。また、何も見ない、何も聞かない、一馬になってしまうのではないかと。





「お前らまた何かたくらんでんだろ?!まで一緒になって・・・!」





そして、当たり前のように出てきたその名前に、ようやく俺は覚悟を決めた。





じゃないよ。一馬。」





一馬が驚いたように、目を丸くした。
何を言っているんだ、と表情で語るかのように。





「何だよ?英士が冗談なんてめずらしい・・・」

「冗談じゃない。本当のことだよ。」

「何言ってんだよ。どう見たってだろ?俺がを見間違えるはずないんだから。」

「一馬。」





俺の目があまりにも真剣だったから。
少し怒って反論した一馬が、言葉を止める。










はもう、いないんだ。彼女は・・・交通事故で亡くなってる。」









時が止まったようだった。
そこにいる誰もが沈黙し、動かない。









「何・・・何、言ってんだよ・・・!冗談でも笑えねえよ!」

「冗談じゃないって言ってるだろ・・・?」

「そこにいるじゃねえか!じゃあそこにいるのは誰なんだよ!!」

だよ。」





二人を大切に思って、いつだって穏やかに笑ってた。
二人のために、いつだって自分の気持ちを押し殺してきた。



ずっと一馬を想って、自分の存在さえも隠して、を演じた。



そうまでして一馬を支えようとしていたのは、なんだ。





「・・・・・・?」

「そう。じゃない。一馬ならわかるでしょ?」





一馬がに視線を向けた。
は戸惑うように、それでも一馬の視線に応えた。





「なあ・・・嘘だろ?お前は・・・、だよな?」

「・・・っ・・・。」





が悲しそうに顔を歪めた。
隣に座るの体が震えている。





「・・・私、だよ・・・。」

「!」





必死でしぼりだすようにして出した小さな声。
けれど、静まり返っていた俺たちの耳に届くには、それで充分だった。





「何だよ・・・嘘、つくなよお前ら・・・。おい、結人・・・!」

「・・・本当のことなんだ一馬。俺たち、お前をよくからかうけど、冗談でこんなこと・・・しねえよっ・・・。」





ずっと沈黙していた結人に、助けを求めるように問う。
けれど結人も苦しそうに一馬を見て、本当のことを伝えた。





「・・・う、そ・・・だ・・・。」

「一馬・・・。」

「嘘だっ・・・嘘だ!!」

「一馬っ!!」

「俺は信じないっ・・・!俺はっ・・・俺はっ・・・!!」





一馬が混乱したように叫びだした。
俺たちは必死で一馬の意識をつなぎとめようと、彼の名前を呼ぶ。









「・・・っ・・・。」









けれど、彼が望むのはやはりで。
を見ながら、ずっと好きだった最愛の人の名前を叫ぶ。









っ・・・!!」

「っ・・・!」








苦しそうに叫ぶ一馬の姿に、が手を伸ばそうとする。
けれどその震える手を必死で押さえた。







「・・・っ・・・。」







手を伸ばしても、その手を掴んでほしいその人はもういない。
一馬は最後に絶望の表情を浮かべて、彼女の名前を呼びながらその場に倒れた。






「「一馬!!」」

「・・・かずっ・・・ま・・・。」






一馬の悲痛な叫びが、俺の中を巡って支配する。
本当に・・・本当にこれでよかったのだろうか。
その名前を呼んで、意識を失うほどに彼女を望んだ一馬。



を助けたかった。



一馬を助けたかった。



けれど、目を覚ました一馬は・・・またあの時の一馬に戻っているのかもしれない。






「ちょ、ちょっとどうしたの貴方たち・・・?」






ドアの外から声がする。
おそらく一馬の声に驚いた、一馬の母親が部屋の様子を見に来たんだろう。

この状態をなんて説明すればいいのか。
家に押しかけて、こうして一馬を苦しめて。
俺たちは誰一人、その声に応えることができなかった。





「入るわよ・・・・っ・・・!!一馬!!」





ドアを開けたおばさんは、倒れている一馬を見て驚愕の表情を見せた。
そして真っ先にベッドに横たわった一馬に駆け寄った。





「一馬・・・!貴方たち・・・一体何が・・・?」

「すみません・・・俺が・・・一馬に・・・。」

「何を・・・何をしたの?!」





俺たちの知る一馬の母親は、理由も聞かず怒鳴るような人ではなかった。
今日来た俺たちを迎え入れてくれたような、穏やかさがある人で。
けれど、今は話が別だ。この人も、あの時の一馬を知っている。
寮から自宅に戻った一馬とずっと一緒にいて、一馬の何も見ようとしない虚ろな瞳も知っている。





「一馬に・・・のことを・・・。本当のことを・・・言いました。」

「!!」

「このままじゃダメなんです・・・こんなこと、悲しすぎるだけでしょう・・・?」

「・・・。」

「現実から逃げても、いつかそれを知らなければならない日が来る。いつまでもでいられるわけじゃないんです。だから・・・

「だから?だから、無理やりに一馬からちゃんを奪おうとしたの?」







おばさんは一馬を抱きしめて、俺たちを睨むように見つめた。
いつもの優しい面影は、感じられなかった。





「貴方の言ってることは確かに正論よ。だけど、こんな・・・一馬が倒れるほどに追いつめてどうするの?」

「・・・っ・・・。」

「せっかく戻った一馬の笑顔を、今度は貴方が壊すの?」





何も、言えなかった。
ようやくもとの一馬に戻っていたのに。
それでも、を救いたくて、一馬に前を見てほしくて。



に・・・俺たちがいるからと、格好つけたことを言って。



今、この現状を引き起こしたのは俺だ。





「でも、こんな状態で・・・がっ・・・!」

「残酷なことを頼んでるってわかってる!だけど・・・だけど、もう私も一馬もちゃんに縋るしかないのよっ・・・!」

「・・・そ・・・んな・・・」

「最低だって思ってくれていい・・・。それでも私が大切なのは一馬なの・・・。」





今日の笑顔が嘘だったのかのように、一馬の母親の顔が悲しく歪んだ。





ちゃん・・・お願い・・・。お願いよ・・・。」

「・・・おばさん・・・。」






「英士は・・・またを失ったときの一馬に戻ってもいいっていうの?
皆、皆喜んでる。私だって・・・英士だってそうでしょう?」






あの日、は覚悟を決めた瞳で、悲しい瞳でそう言った。
こうして願われて、縋られて、間違っているとわかっていても願いを聞き入れるしかなかった。

の言葉しか届かない一馬。
俺だってどうしたらいいのかなんてわからなかった。







「・・・ん・・・。」

「一馬!」

「何だよ母さん、何でここに・・・。」






そして、一馬が目を覚ます。
俺たちが恐れていた虚ろな瞳ではなく、ちゃんと話し、ちゃんと目の前の人を見てる。

一瞬、さっきの話を一馬は受け入れてくれたのかと思った。けれど、






「英士、結人・・・と、何でもいるんだっけ?」





けれど、何も変わることはなくて。






「一馬、今貧血起こしたみたいなの。それで私が呼ばれて・・・。
もう皆にも帰ってもらうところだったのよ。寮には私が連絡を入れておくから、今日は家に泊まっていきなさい。」

「え・・・嘘?いいよ別にそんなの。」

「ダメよ。もうお母さん、寮に連絡入れちゃったから。」

「は、はあ?!何で勝手なことするんだよ!」

「はいはい。文句は後で聞くから、もう寝てなさい。」





おばさんは何事もなかったかのように一馬に話し、俺たちを見た。





「皆、今日はありがとうね。」

「じゃあ俺、見送り・・・」

「ダメ。フラフラなんだから、寝てなさい。また倒れたら皆が困るのよ?」

「・・・っ・・・。」





そう言って、半ば強引に俺たちを部屋から出す。





「なんだよもう・・・!お前ら、ごめんなー!」














一馬の言葉を最後に、部屋のドアが音をたてて閉まった。
そのまま無言で俺たちを玄関まで連れていくと、おばさんは俺たちの方へと振り向いた。





「・・・ごめんね・・・。ごめんなさい・・・。」

「おばさん・・・。」

「お願い・・・お願い・・・。」

「・・・。」

「もうあんな思いは・・・したくないの・・・!」





一馬を家まで送った日。ひどく疲れた顔をしていたおばさんを思い出した。
もう精神的に限界まで来ていたのかもしれない。だから、あの時の一馬をひどく怖がってる。





「おばさん、泣かないで?」

ちゃん・・・。」

「・・・もう少し、頑張ってみるから。おばさんを悲しませて、ごめんなさい。」





が笑う。もう、見たくなかった微笑み。
誰かのために、自分の気持ちを押し殺して笑う、悲しい笑み。

一馬の母親は何度もお礼の言葉を繰り返し、に縋るように泣き崩れた。














そして一馬の母親と別れ外に出ると、はまた微笑んで。





「・・・私、もう少しこのままでいようと思う。」

「!」

「英士も結人も・・・心配してくれてること、わかってる。
だけど、私もおばさんと一緒なんだよ。」

「っ・・・。」

「あの時の一馬には、もう戻ってほしくないの。」





それがにとって、どれだけ苦しいかわかってるくせに。
たいしたことないんだ、とでも言うように。





「今日、一馬が倒れて・・・すごく怖かった。」

「・・・。」

「このまま目が覚めないんじゃないかって。覚めても・・・あのときの一馬に戻ってしまうんじゃないかって。
そしたら、私の・・・『』の声でさえも届かなくなるんじゃないかって・・・。」





のその言葉に、俺は何も言えなかった。
自分勝手な思い、浅はかだった自分。
にそんな想いをさせたのは俺で、皆を巻き込んだ。







「その怖さに比べたら平気!大丈夫、しょっちゅう会ってるわけじゃないんだし。」







平気なわけ、ないのに。








「そうして少しずつ・・・一馬の力になってあげよう?一緒に・・・協力してくれると嬉しい。」

「するよ!するに決まってんだろ?!」

「・・・っ・・・。」





そう言いながら、結局は自分で何とかしようと思ってる。
きっと、俺たちにこれ以上負担を与えたくないと思ってる。

そんなの想いがわかっても、俺にはどうすることもできない。
どうしたらいいのかも、わからない。





一馬の想い、おばさんの願い。そして、の決意。
俺たちなら一馬を救えると、俺たちならきっと大丈夫だと浅はかな自信だけを持って。
そんなあまい考えのまま、それを押し通した。
結局俺は、彼らを引っかきまわしただけで、何もできなかった。










ただ、助けたかった。





救いたかったんだ。





愛しい人を失って、自分の中に篭って、何も見なくなった親友を。






誰かの幸せばかりを願って、いつも自分を犠牲にしていた彼女を。







大丈夫だと笑う彼女に、言葉をかけることすらできない







自分の不甲斐なさが、どうしようもなく悔しかった。










TOP  NEXT