そんな悲しい笑顔なんていらない。
泣いたって、我侭を言ったっていいから。
たった一人の君へ
がいなくなって、心配だったのは一馬だけじゃなかった。
俺は普段自分から送ることのないメールを送った。
電話はしなかった。というよりも・・・できなかった。
もともとそんなに多くを話せる人間じゃないし、出てくる言葉は
『大丈夫』とか『頑張って』とかそんなありきたりなものでしかないから。
大丈夫なわけがない。きっともう彼女は頑張ってる。頑張りすぎてるくらいに。
メールで一言、最近の様子を聞いたり、体調を気遣ってみたり。
そんな他愛のないことを送る。けれど彼女はいつも同じ言葉を答えるんだ。
『大丈夫だよ。ありがとう。』
どうしてそんなに一人で背負いこもうとするの?
頼ってくれていいのに。縋ってくれていいのに。
泣いて我侭を言ってくれたってよかったのに。
「・・・英士・・・。こんな時間に大丈夫なの?寮の門限・・・。」
「うん。結人に任せてきたから。」
「でも、そんなことして英士に迷惑が・・・」
「こっちの方が大事でしょ。」
先ほど出会ったばかりのに連絡を取った。
もう夜は更けて暗くなっていたけれど、俺はすぐにでもに会う必要があった。
会ってすぐに、あんな悲しいこと止めさせたかった。
「・・・英士が言いたいこと、わかってるよ。」
「わかってるなら、どうしてこんなこと・・・。」
「・・・。」
が言葉を言いづらそうに俯いた。
そう、もわかってるんだ。こんな悲しいこと、間違っているのだと。
「・・・私が一馬にしてあげられること、これくらいしかないから。」
「・・・何それ・・・。そんなわけないでしょ?!」
「私もそう思ってた。私でも一馬を元気付けられるんじゃないかって。声を・・・聞いてくれるんじゃないかって。」
「・・・それなら・・・」
「だけど。」
俺の言葉を遮り、俯いていた顔を上げた。
俺を見つめるその瞳は、悲しく、切ない。けれど、覚悟を決めたようにまっすぐで。
「だけど、『私』じゃ一馬に言葉は届かない・・・!」
彼女のまっすぐな瞳に、俺は続けようと思っていた言葉を失う。
彼女が叫んだ言葉は、俺の胸をも痛ませる。
俺は、知ってる。俺たちの言葉も聞かず、ただ自分の殻に閉じこもっていた時の一馬を。
「それでも・・・それでも、一馬が自分で解決するべきことだろ?!」
「じゃあ英士は!」
俺の強い言葉にも決して物怖じせずに、叫ぶ。
こんなを見るのは初めてだ。
「英士は・・・またを失ったときの一馬に戻ってもいいっていうの?
皆、皆喜んでる。私だって・・・英士だってそうでしょう?」
「・・・!」
「私が『』でいれば、一馬の支えになれる。『』の声なら、一馬に届く・・・!」
普段叫ぶことなどほとんどないだろうに、それでも必死で一人で背負いこもうとしてる。
一馬が俺たちと話をしてくれるようになったとき、表情が戻ったとき、単純に喜んでいた自分を悔やんだ。
どうして気づかなかった?その影でこんなにも必死で、つらい思いに耐えていた存在を。
「・・・ごめん。心配してくれたんだよね。でも・・・」
どんなにつらくても、悲しくても。君は笑って。
「ありがとう。私、大丈夫だから。」
笑って、そう言うんだ。
「・・・の言葉なら聞いてくれる。少しずつ元気を取り戻してくれればいいと思う。」
ねえ、どうして?
「そうして少しずつ、前を向いて・・・のことも受け入れてくれるよ。」
どうして君はいつも、一人で背負いこもうとするの?
「・・・それではいいの?」
「・・・うん・・・。」
として側にいて、として見られて。
じゃあはどこに行くの?こんなに一馬を想っているのはなのに、その存在さえ見てもらえないで。
それでも傍にいることが、どんなにつらいのかなんてもうわかってるだろう?
「・・・どうして嘘つくの?」
「え・・・?」
「いいわけないだろ?!どうして、どうして大丈夫だって言うんだよ・・・!」
「!」
突然声を荒げた俺には驚きながら、目を見開いて俺を見た。
「そんなことをして、悲しくないわけないだろ?!つらくないわけ・・・ないだろう?」
「・・・そんなこと・・・。私、大丈夫だよ?」
「・・・っ・・・どうして?」
「え、いし・・・?」
「どうして、こんなときまで笑おうとするの・・・?」
大丈夫だなんて言葉、いらない。
そんな悲しい笑顔、望んでない。
「一馬を待つ・・・その『少し』の間に・・・はどれだけ傷つくの?」
自分のことを見てくれないのに、それでも一馬はを好きでいる。
こんなこと、自身が誰よりわかってる。
「このままになんて、しておけない。」
が望むのは、彼女一人だけが苦しむことだった。
いつも、いつもそうしてきたから。
自分ひとりが苦しむのなら、それでいいと思ってるから。
「俺が言うよ。本当のこと。」
の表情が強張る。
一馬を思っているんだろう。真実を伝えた一馬が、以前の表情をなくした一馬に戻ってしまうんじゃないかと。
たとえそうなったとしても、それでも一馬には俺たちがいる。だっている。
あの時の一馬に言葉は届かなかったけれど、俺たちはずっと傍にいるから。
はずっと不安な表情のまま、けれどそのことに反対はしなかった。
この現実をも一馬に言っていないんだろう。
伝えなければとは思っていても。それを伝えるのが怖かったから。
俺だって怖い。その一言でまた一馬を絶望へ突き落とすことになるのかもしれない。
でも、だからと言ってが一人で苦しむ必要なんてないんだ。
「お願いだから、。」
「・・・。」
「もう一人で、背負いこもうとしないで。」
「・・・っ・・・。」
「は一人じゃない。俺が・・・俺たちがいるんだから。」
驚いた表情のまま、俺を見つめて。
泣きそうな表情なのに、決して涙は流さない。
「・・・ありがとう・・・。」
きっと周りからは、と比べられたがか弱い女の子に見えていただろう。
確かに弱い。けれどは、こんなに儚くて弱いのに・・・必死で強くなろうとしてる。
そして、何もかもを背負いこもうとするんだ。
いつだって大丈夫だと、穏やかに笑う。
そんな彼女に気づいたとき、俺はこの感情の意味を知った。
一人で泣かないでほしい。
一人で苦しまないでほしい。
他の奴を見ていることを知ってても、
君を、守りたいんだ。
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