いつだって誰かのことばかりで。






優しすぎる君はいつも、自分の幸せより誰かの幸せを願うんだ。

















たった一人の君へ




















「あ!噂の一馬の幼馴染?!うっそ!すっげえ可愛いじゃん!」

「ちょっ・・・、おい結人!」

「おおっと、じゃあ君たちが噂の一馬の親友?うっわ、格好いいね!」

「そうでーすっ!俺、若菜結人。こっちが郭英士な!よろしく!」

「初めまして。よろしく。」





彼女たちに初めて出会ったのは、練習の帰りに一馬の家に遊びに行った日。
買い物か何かの帰りで、一馬の家の前でバッタリと出会った彼女たち。
一馬から話を聞いていた双子の姉妹。なるほど、確かに一馬が顔を赤くするくらい、綺麗な顔立ちをしてる。

いきなりの結人の発言にも驚くこともなく、ノリを合わせてきたのが





「私は。で、こっちが妹の。一馬がいつもお世話になってます。」

「おう!いつもお世話してるぜ!」

「あ、それは私たちもだけど!」

「ゆ、結人!ー!!」





結人に合わせるかのように、楽しそうに笑顔を浮かべる
そして彼女の後ろで、未だ何も発言せず、その様子を眺めていたのが
けれど、それはつまらなそうにしてるわけでも、寂しそうにしてるわけでもない。
その表情は騒ぐ彼らを見守るように、穏やかな笑顔で。

その日、俺の心に焼きついたのは、誰もが目を惹かれるではなく
そのに隠れるように、けれど穏やかに優しく笑うの姿だった。






















「一馬、英士!遊び行こーぜ!どうせ暇だろお前ら!」

「どうせ暇って何。俺は部屋でゆっくりしようと思ってたんだけど。」

「ばっか!若いのに何言ってんだ!たまの休みに遊ばなくてどーする!」





サッカーの強豪校。毎年、国立へ行ってる常連校。
中学を卒業して、俺たちは同じ高校、寮に入り、サッカーづけの毎日を送っている。
部活部活の毎日でそれが苦痛なわけじゃなけれど、結人なんかは気分転換がしたいっていつも喚いてる。





「わり!俺、約束あんだ!」

「何!一馬のくせに生意気な!!」

「何だとバカ結人!俺にだって用事くらいあるっつーの!」

「何だよ、もしかしてデー・・・っとと!」





結人が慌てて口をつぐんだ。
一馬が疑問の表情で結人を見る。



が交通事故で亡くなって、もう数ヶ月が経つ。
直後は虚ろな目で俺たちの言葉さえも聞くことのなかった一馬が、ようやくここまでに戻った。

俺たちの言葉も聞かず、サッカーにも集中できていなくて。寮から自宅に帰されるほどだった。
何も映さなかった瞳は、俺に寒気を覚えさせた。あんな一馬は見たことがなかった。
は一馬にとって、それほどに大事な人だった。
まるで一馬の世界すべてのように。一馬が元気でいるための光だったかのように。





「何だよ結人。」

「何でもねえよ!勝手に行っちまえ!薄情者ー!いいもんね、俺英士と遊ぶから!」

「俺、出かけるなんてまだ言ってないんだけど。」

「ひでー!傷心の結人くんを一人にすんのか!」





でも、ようやく一馬の表情も戻った。
だからと言って、すぐにの話題を出すほど俺たちは無神経じゃない。
口が軽い・・・というか、思ったことはすぐ口に出す結人は結構苦労しているようだけど。





「じゃ、じゃあ行くからな俺は!」

「行っちまえ薄情者!バーカ!」

「結人ー!」

「一馬、気にしないで行っておいでよ。結人の面倒は俺が見とくよ。」

「あ、ああ。サンキュー英士!じゃあな!」





そう言って駆け出した一馬の後ろ姿を見送って。ほっと安堵のため息をついた。
俺にまとわりついていた結人も、俺から離れ一馬の走っていった方向を眺めた。





「なんか・・・嬉しそうだったよな一馬。」

「そうだね。」

「俺たちと遊ぶより嬉しいことって何だよくそう!ていうかアイツ、俺たち以外に友達いんのか?!」

「それ、すっごい失礼だよ結人。」

「だってあんな顔・・・と・・・と会うってとき以来じゃねえ・・・?」





確かにそうだ。不器用で言葉が下手で、それなのにプライドが高くて。
一馬は友達が多いとはいえない。俺たちの遊ぶほかには、に会うってことくらいで・・・。





「・・・もしかして、?」

「・・・ええ?あ、でもありえるかも・・・。」

「・・・。」

「くっそ、聞きてえ!でも聞いていいのかわかんないしなー!」





俺たち以外で一馬が嬉しそうに会う相手と言ったら、確かに後はだ。
一馬が家に帰っている間に二人の間で何か進展があったのかもしれない。
だから一馬も気力を取り戻して、もう今まで通りに戻りつつある。





「じゃあいっちょ街に繰り出すとするか!」





能天気に気合を入れた結人の声が響き、腕を引っ張られる。
結人のなすがままに体を引っ張られながら、なぜか俺は正体のわからない胸のざわめきを感じていた。


















「英士英士、俺、髪の色そろそろ変えよーかと思うんだけど!」

「また先輩に怒られるよ。」

「高校でしかできない青春ってあるじゃん?」

「わけがわからない。まあ好きにしなよ。それで怒られて目つけられても俺は知らないから。
ただでさえ今の色も文句言われてるのに。」

「なんで部活ってこう、規則がガッチガチなんだろうなあ?もっと自由でも問題ないと思うんだけど!」

「俺に言われてもね。」





結人とゲーセンに行き、その後買い物に付き合わされた。
何をそんなに買うんだってくらい、結人は買い物を繰り返してもはや両手はその荷物でいっぱいだ。
結局俺は何も買ってないから手は空いてるんだけど、まあ勿論手伝ってなんかやらない。





「金髪とかどう?」

「それだとすごくかぶる人がいるよね。」

「うお、確かに!じゃあさ・・・」

「?」





くだらない話を続けていると、ふと結人の言葉が止まり、どこか一点を眺めてる。
疑問に思って結人の視線を追った。





「うわー!一馬じゃん!すっげえ偶然!!」

「本当だ・・・。」

「なに、やっぱり女と・・・」





偶然見かけた一馬の姿に、興奮したように騒ぎ出した結人。
けれどその声はすぐに止まって。



一馬の隣を歩く女の子。その子を俺たちはよく知っていた。
何度も、何度も会っていたし、一緒に遊んだこともあったから。












「・・・・・・?」











浮かんだその子の名前を結人が呟いた。



結人だって頭ではわかっていたんだ。その女の子がであるはずがないと。
けれど、その姿はあまりにも俺たちの知ってる彼女にそっくりで。

結人の大きな声に、その子は気づく。一馬は気づいていないようだったけれど。
聞こえた声の主を探すかのように彼女はキョロキョロと辺りを見渡し、そして俺たちの姿に気づく。







「・・・!!」







大きな目を見開いて、驚いた表情を浮かべた。



肩に届かないショートカット。パーカーやジーンズでラフな格好ばかりしていた
肩を越すくらいのセミロング。ロングのスカートやワンピースを着ていた

一馬の横を歩くその子は、まるでの姿そのものだった。
もうはいないのに、彼女が今も生きているみたいに。
けれど、彼女はではない。であるはずがない。







「何、してるの・・・?・・・!」







驚いた表情の彼女は、そのまま俺たちを見てかたまっていた。
ようやく俺たちの存在に気づいた一馬も、驚いたようにこちらを見た。







「お前ら・・・何やってんだよ、こんなとこで。」

「か、一馬こそ!俺たちは仲良くお買い物だっつーのー!一馬こそ・・・デ、デートかよっ!」






何もなかったかのように。
友達と彼女のデートを偶然に見かけたように。結人が声をかけた。






「・・・付き合いだしたって言っただろ?」

「・・・。」





聞いた。確かに、聞いた。けれど、それは・・・。












「何今更驚いてんだよ。なあ、。」












まるで当たり前のようにそう問いかける一馬。
嘘だろ・・・?もうお前は大丈夫だって、そう思って・・・。





「っ・・・一馬!その子は・・・!!」

「英士!!」





俺の言葉を止めたのは、一馬の隣で俯いていたの声だった。
声を荒げるところなど、ほとんど聞いたことのない彼女の声。
俺は思わず言葉を止めて彼女を見つめた。

は無言で首を振る。悲しそうに、苦しそうに、願うような瞳で。





「英士・・・?・・・?」

「な・・・なんでもないよ一馬。それより私、ちょっと具合悪くなっちゃったみたい。送ってくれると嬉しいなあ!」

「え、あ、そうだったのか?!いつからだよ!はやく言えよな!」





その喋り方もまるで、本当にそこにがいるみたいで。
だけど違う。今そこにいるのは間違いなく、なんだ。





「じゃあ俺、コイツ送ってくるから。後でな!」





の肩に軽く触れながら、二人が俺たちに背中を向けて歩き出した。
それを止めようと思った手が空を切る。

があまりにも悲しそうな顔をするから、泣きそうな顔で縋るように俺たちを見るから
それ以上、何もすることができなかった。





「え、英士・・・。」

「・・・。」





が一馬を好きなこと、知ってた。
は何も言わなかった。むしろ一馬とに協力しているかのように見えていた。

はいつも笑ってる。
悲しくても、苦しくても、それでも静かに穏やかに笑うんだ。

だから誰も気づかない。彼女の隠された気持ちも、つらさも寂しさも。
一馬とが付き合いだしたときだって、笑って祝福したんだろう。

だから、俺も言わなかった。
そんなに気づいていたこと。そんなに特別な感情を抱いていたこと。
それは優しい彼女の重荷にしかならないと、知っていたから。
いつだって他人の気持ちばかりで。
どうして自分のために幸せを願わないんだろうって、いつも思ってた。

いつだって穏やかに笑って、本心を見せない彼女。
優しい、優しすぎる彼女。





「・・・と、話すよ。それまでは結人も何もしないで。」

「・・・大丈夫なのかよ。俺も一緒に・・・!」

「俺が、話したいんだ。と。」

「・・・英士・・・。」





だけど、違うだろう?
が一馬にしていることは、優しさなんかじゃない。





が死んでしまって、もどんなに悲しんだだろう。





どんなに、つらかっただろう。





こんなときまで、他人の気持ちを優先なんてしなくていいんだ。









これ以上、自分を追いつめないで。







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