たどり着いた気持ちの行き先。





たとえそれが、間違いだと知ってても。
















たった一人の君へ


















電気はついているのに、薄暗く感じるたったひとりの部屋。慣れることなんてない、一人の寂しさ。
私はベッドに横たわり、ただ天井を眺めていた。





ピリリリ、ピリリリ





頭の上に置いてある携帯から、メールの着信音が聞こえた。
私はゆっくりとそこへ手を伸ばし、携帯を開く。画面には結人の名前が表示された。





『一馬、ちゃんと元気出てきたぞ!段々いつものアイツに戻ってきてる。
ちゃんと怒るし、笑ってる!この間も・・・心配させてごめんな。』





メールを見て、胸が締め付けられるかのようだった。
私を見て、私の中のを見て、光を取り戻した一馬。心配してた皆が喜んでる。

でも、私は・・・。





「・・・どうしたらいい・・・?」





携帯を握り締めながら、誰もいないその部屋で呟いた。
あの日、逃げるように部屋を飛び出て、それから一馬とは会っていない。
一馬に会うのが、怖い。私を見ていない目が、光を取り戻したはずの目が、とてもとても怖かった。

それでも『』を見つけた一馬はもう、今まで通りの生活に戻ろうとしてる。
彼を大切に思っていた人たちも、そんな一馬を見て笑顔も温もりも明るさも取り戻しつつある。

一馬が私をだと思い込んでいるだなんて、そのせいで一馬は気力を取り戻しただなんて、
誰に言えるだろう。ようやく訪れた明るさも温もりも壊すようなこと、誰に言える・・・?



一馬が光を取り戻すなら、何でもできると思ってた。
一馬とならば、この悲しみも乗り越えていけると思ってた。
けれど、想像以上に一馬の傷は深くて。
現実から目をそらした一馬に、何を言ったら、何をすればいいのかなんてわからなかった。



一馬を元気づけていたのは



一馬が愛していたのは



私に何ができる?私は、どうしたらいいの?





どうしたら、一馬にこの声が届くの?




















ちゃん・・・。」

「おばさん・・・。こんにちは・・・。」





夕方になってポストから郵便物を取り出していると、丁度買い物から帰ってきていた一馬のお母さんに会う。
軽くお辞儀をして家に戻ろうとすると、おばさんがこちらへと走ってくる。





ちゃん。」

「あ、は・・・はい。何か・・・?」

「一馬ね、ちょっとずつ元気になってきてるの!ご飯もちゃんと食べるし、話せばちゃんと返事も返してくれる!」





おばさんの笑顔に、また胸がズキリと痛んだ。
何と返していいのかわからない。だから、曖昧な笑みを浮かべて。





「そう、ですか。よかった・・・。」

ちゃんのおかげよ!ありがとう!」

「そ、んなこと・・・ないです。」

「ううん、ちゃんが家に来てからなの。またいつでもいらっしゃいね!」

「・・・でも、私は・・・。」





言いたかった。今の一馬を取り戻したのは、私ではないと。
一馬は私の中にいるを見て、もうここにはいないはずのを見て、元気を取り戻しているのだと。

一馬に会いたいと願ってた。だけど、今はもう彼に会うのが怖くて。
私の中にを見た一馬。
それなら、彼の中で『』はどこへ行ってしまったの?

一馬が光を取り戻すなら、私にできることならなんだってしたかった。
だけど、私の存在すら無視してを見ようとする一馬に会うのは怖い。



私たちは双子だけど。



いつも光に包まれているになりたいと何度も願ったけれど。



それでも私は、にはなれない。



どんなに願っても、なれないんだよ。












「・・・私、しばらく一馬には会えません。」

「・・・どうして?」

「・・・。」





おばさんが悲しそうに私を見つめた。
ああ、おばさんにこんな顔なんてさせない、もっとうまい言い方もあっただろうに。
どうして私はこんなに言葉が下手なんだろう。うまく、いかないんだろう。





「あの・・・」

「お願いよちゃん・・・。一馬を支えてあげて・・・?!」





おばさんが必死の形相で私の両肩を掴む。
その気迫に押され、体が強張った。





「私はもう、あんな一馬を見たくないの・・・!」

「・・・っ・・・。」

ちゃんにしかできないの・・・!!」





私にしかできない?私がずっと長く一緒にいた幼馴染だから・・・?
でも、このおばさんの様子は、言葉はまるで・・・





「おばさん・・・。」

「ごめんなさい・・・。私、私知ってるのよ・・・。」

「・・・。」

「貴方が帰った後、一馬は貴方のことを・・・ってそう呼んでた・・・。」

「!」





無意識に、体も手も震えていた。
涙ながらに話すおばさんの言葉が、私の中を巡る。





「残酷なことを言ってるってわかってる・・・。だけど、だけど・・・もう私はちゃんに頼るしかないの・・・!」





私はその悲しい叫びを、悲痛の表情を見ているだけしかできなくて。
けれど早鐘を打つように鼓動を繰り返す心臓。胸が、痛い。





「お願い・・・!一馬がしっかりと現実を見てくれるまで・・・!あの子がちゃんと生きる気力を持ってくれるまで・・・!!」





私も、そう思ってた。
一馬に現実を見て欲しいって。虚ろな瞳、何も映さない瞳が怖かった。

だから、私にできるなら。
私にできることなら何だってしたいと。



私じゃ何もできないと思いながら、本当は少し、ほんの少しだけ期待してたのかもしれない。
長い、長い時を一緒に過ごしてきた。それは恋愛ではなかったけれど、それでもお互いが大切だった。
だから、私でももしかしたら一馬を救えるんじゃないかって、淡い期待を持っていた。





けれど、





「会いたかった・・・。」





私の声も、言葉も、一馬には届かない。





・・・。」





私じゃ、ダメなの。








じゃなきゃ、ダメなんだ。



















「母さん・・・と、?」

「「!!」」





学校から帰ってきたらしい一馬が、『』とおばさんを呼ぶ。
おばさんはすぐに涙を拭って、笑顔で一馬におかえりと声をかけた。





「なんか・・・部活部活で全然会ってなかったな。俺ももうすぐ寮に戻っちまうし・・・。」





調子が悪いと家に帰ってきていた一馬。
けれど、徐々に元気を取り戻した彼は寮に戻って、大切な親友たちとサッカーに集中する。
きっと、今度こそレギュラーを目指して、目標に向かって走っていく。





「でもお前なら・・・わかってくれてるって思うから・・・。」





一馬の言葉に返事を返さない私を、おばさんが悲しそうに見つめた。





「・・・?どうした?」





私はじゃない。にはなれない。
けれど、それでも、今の一馬を支えているのは、私。
私の中の、の姿。





「私はもう、あんな一馬を見たくないの・・・!」





私も、もう見たくないよ。
貴方にはいつだって笑っていてほしい。
目標に向かって、まっすぐであってほしい。









「・・・何でもない!勿論わかってるからさ、頑張ってきなよね一馬!」









笑って、精一杯に笑顔を浮かべて。
のような光はないけれど、きっとうまく笑えてなんていないけれど、それでも私は。










「おう、ありがとな!お前も部活頑張れよ!」

「任せて!」










間違っていること、わかっているの。
こんなことをしても、きっと何の解決にもならない。

だけど、バカな私はどうしたらいいのかわからなくて。
どうしたら貴方に声が届くの?どうしたら貴方を取り戻せるの?





私が、貴方を支えられるのなら。何だってするよ。
たとえ貴方が私を見ていなくても。
貴方の中に、私という存在が見えなくなっていたとしても。





それでも貴方の笑顔が見たいと思う。元気でいてほしいと願う。





一馬が笑って、だから私も笑う。





になれるわけもない、偽りの表情。





悲しい、悲しい笑顔で。











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