届かない願い。
悲しく響く声。
この声は貴方に届くだろうか。
たった一人の君へ
「一馬くんね。調子が悪いらしくて、一時的に家に戻ってきてるそうよ。」
がいなくなって、光が無くなったかのような静かな食卓。
それでもポツリポツリと続く会話。出てきたのは一馬の話だった。
「・・・そうなんだ、ここ最近ずっと見かけてたから・・・どうしたのかと思ってた。」
高校生になって、一馬と私たちは別々の高校に入った。
一般の公立校に入学した私たちは家から通っていたけれど、
サッカーの強豪校に入った一馬はその高校の寮に入っていた。
それなのに朝、目の前の家から出てくる一馬を疑問に思っていた。
そうか、今一馬は家に帰ってきていたんだ・・・。
そういえば中学のときも同じだったな。私たちよりも少しだけ早く家を出る一馬を家の窓から見つけて。
私たちは一馬を追いかけ、追いついて。
女に囲まれて毎日学校に行くだなんて格好悪いと一馬は嫌がっていたけれど
それでも私たちに・・・に押し切られて、なんだかんだで一緒に学校に通っていた。
きっと今の高校にも早めにつくんだろう。真面目な一馬の性格。あの頃と同じ。
ただ、あの頃と違うことはたくさんあった。
早めに家を出る一馬を私は追いかけない。
一馬に追いつくんだとはりきって、私をせかすがいない。
必ず挨拶をして家を出ていた一馬の声が聞こえない。
一馬に・・・表情がないんだ。
「・・・心配ね。一馬くんのお母さんもすごく疲れているみたい。」
そういうお母さんも、まだ平気ってわけじゃない。
私だってそう。のいない毎日が、悲しくないわけじゃない。寂しくないわけじゃない。
だけど私たちは、今までの生活に戻ろうとしてる。
を忘れるわけじゃない。この胸の痛みはきっとずっと続くんだろう。
だけど、それでも過ぎていく時間は少しずつ少しずつ、その痛みを和らげていく。
表情を変えず、声も出さず、うつろな目で毎日家を出て行く一馬。
私はもうどれだけ一馬の声を聞いていないだろう。
彼の表情の変化を見ていないだろう。
まるで一馬だけ、時間が止まってしまっているかのように。
それからまた数日。相変わらず毎朝、一馬の姿だけを見る日々。
一向に変わる様子のない一馬。かけようと思えばいつだって声はかけられた。
けれど、胸に引っかかった想い。いつまで立っても私は一馬に声をかけられずにいた。
情けない。意気地なし。こんなとき、だったらどうしただろう。
学校から帰ってたった一人の自分の部屋に戻り、なんとなく時間を過ごして。
暗くなりはじめた外の景色を見て、窓際のカーテンに手をかける。
窓際から見える一馬の家の前に、見知った男の子たちが立っていた。
ドアの前には一馬のお母さんが立っていて、その子たちにお礼を言っている。
一馬は何も言わずに自分の家へと入っていった。
男の子たちの一人が空を見上げるように上を向いた。そして、私と目があう。
驚いたように目を丸くして、それから複雑な表情で微笑んだ。
「・・・久しぶり、。」
「・・・うん、久しぶり。」
「・・・あ、その・・・元気だったか?」
「大丈夫。心配かけちゃったよね。」
彼らと目があうと、私は外に出た。
久しぶりに会う彼らは、一馬の親友。
一馬の家に何度も遊びに来ていた二人とは何度も会っている。
と一緒に彼らと遊んだことだってあった。
「英士と結人も元気だった?」
「・・・ああ、俺たちは元気。」
「・・・うん・・・。」
心配そうに私を見る英士。そして、悲しそうに俯く結人。
優しい二人。おそらく未だ調子の戻らない一馬を心配して、ここまで送ってきたんだろう。
「俺たちで力になれることがあったら言ってね。」
「そうだぞ!俺たちがついてるからな!」
「うん、ありがと。」
その言葉が嬉しくて、私はぎこちない笑みを返した。
もっとちゃんと笑いたかったけれど、なかなかうまくいってくれない。
「一馬も・・・俺たちいつだって力になるのに・・・。なりたいのに・・・。くそ・・・。」
いつも明るい結人が悲しそうに呟いた。
一馬は家だけでなく、彼らの前でも心を閉ざすように表情を消してしまっているのだろうか。
「・・・ちょっとだけ聞いたよ。調子が・・・悪いって。一馬、学校でも同じなの・・・?」
「・・・。」
「・・・同じだよ。俺たちが何言っても聞きやしねえし・・・!」
うつろな瞳のままで、何も映さずに。
彼らの言葉も、一馬には届いていないの?
「あんな一馬、見てられねえよ!サッカーも参加してはいるけど・・・全然集中してなくて。
このままじゃアイツ、レギュラーどころか補欠にだって・・・」
「結人。」
「だって・・・っ・・・。」
「サッカーも・・・集中できてないの・・・?」
楽しそうに話してた。
サッカーの強豪校で、まだ1年だけど英士と結人と一緒にレギュラーとってやるんだって。
言ってることがあまりににそっくりだったから、私はそれを思い出して笑ってしまったんだ。
一馬はなんで私が笑ってるのかわかってなかった。隣にいたは自分と同じことを言ってるってやっぱり一緒に笑ってた。
大好きなこと、夢中になれること、必死になれる目標。
二人ともすごくキラキラしてた。私、そんな二人が好きだった。
「はまだ一馬と・・・話してないんだね。」
「・・・。」
「別に無理して話せって言ってるんじゃないよ?」
「・・・話したいとは、思ってるの。だけど・・・。」
うつろな目をして、何も映していない一馬を少しだけ怖いと思った。
私はそんな一馬を知らなかったから。
だけど、話せなかった理由はそれだけじゃなかった。
「私の顔を見て、一馬はつらくならないかな・・・?」
英士の言葉が止まり、結人も一緒に私を見つめる。
性格も環境も正反対だった。だけど、にそっくりな姿。
を失った一馬は、さらに追い詰められてしまうんじゃないかと、そんな想いがずっと胸に引っかかってた。
「・・・でも、はだろ?」
「え・・・?」
「確かに付き合ってたのはだけど・・・でも、一馬にとってだって大切な幼馴染なんだ。
だから・・・も一馬と話してやってくれよ・・・!」
「・・・結人・・・。」
「どうにもならないのは悔しいけど、俺たちじゃ・・・届かないんだよ・・・!」
「・・・。」
「頼むよ!アイツを・・・一馬を助けてやってくれよ・・・!!」
結人が悲しそうに叫ぶ。
一馬を支えたいのに届かない声。それはどれだけ悲しいことだろう。
「結人、少し落ち着きなよ。」
「だって、俺・・・!一馬があんな・・・!」
「結人。」
混乱したように叫び悲しそうに俯く結人の肩に、英士がそっと手を置いた。
結人は自分の拳を握って、悔しそうに表情をゆがめる。
「ごめん。俺たち、今日はこれで戻るね。」
「・・・うん。」
「・・・ごめん。俺、ちょっとおかしかった。・・・俺たちも・・・頑張るからさ!」
結人の叫びに、願いに頷くことができなかった私に
二人は最後には笑顔で手を振って、その場を去っていく。
あの二人でさえ届かない声。
私にできるだろうか。逆に一馬を傷つけてしまうことはないだろうか。
と同じ顔の私。だけど私はじゃない。
一馬が傷ついたとき、落ち込んだときに、いつも一馬を元気づけていたのはだった。
それでも、
それでも、私の声が届くのなら。
何だってする。何度だって叫ぶから。
笑ってほしい。
会いたい。
意地っ張りで可愛くて優しい、一馬に会いたいよ。
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