あれから、と顔をあわせることは無くなった。 俺の方は時間も車両の場所も変えていないから、彼女が意図的に俺を避けているんだろう。 夕方くらいは姿を見かけそうなものだったけれど、そんな偶然も今のところはない。 隣に誰もいない、人の少ない車両。 元々の光景に戻っただけなのに、違和感はずっと消えなかった。 短い間とはいえ、信頼して、居心地さえ良いと思えた相手。当然といえば当然だ。 問題なんてない。少し時間がかかっているだけ。 友達協定 「郭くん、これ調理実習で作ったんだけど、どう?」 「悪いけど、好きじゃないから。他の奴にあげて。」 「そ・・・そっか。」 特別優しくしたわけでもないし、むしろ俺の反応は冷たいものだと思う。 それでも、なぜか好意を寄せられるのは、なぜなんだろう。 「かーくー!お前もうちょっと愛想よくしてやれよ!羨ましいな!」 「誰にでも愛想よくするとか、俺には無理だし。」 「なんでこんな奴がモテるかなー!絶対俺のが良いと思わねえ?!」 「お前には重要なポイントが足りねえからなあ。」 「何!?」 「顔。」 「くそう!中身を見ろよ!中身を!!」 外見も大事というのは否定しないけれど、友達が話していることは最もだと思う。 俺は初対面に対しては、彼らの言う愛想のない対応をするし、その後、それ以上に関係が発展することも多くはない。 それなのに、未だ声をかけられたり、先ほどのような差し入れやプレゼントの類も無くならない。 友達はそれを羨ましいと言うけれど、本当にそうだろうか。 ほとんど話したことのない俺に好意を寄せるということは、俺の中身や本質を見ていないということなんじゃないのか? 「郭、彼女とか作んねえの?」 「は?」 「お前が彼女作れば、俺らに目を向ける女子が増えるかもじゃん。」 「いやー、郭に彼女が出来てもお前のモテ率に変わりは・・・」 「やかましい!っても、郭、女嫌いっぽいから、すぐにはないか。」 「別に嫌いってわけではないけど。女友達だって・・・」 しまった、と思い、言葉を止める。 頭に浮かべた彼女とは、顔もあわせず、話もしていない。もう友達とは言えない関係だろう。 「あ、そうそう!別の高校のな!これくらいの黒髪でー、素朴で大人しそうな子!」 「・・・なんで知ってるの?」 「見かけたことあるから。郭が女子の前であんな顔すんのめずらしいよな。本当に彼女じゃねえの?」 「違うよ。・・・というか、あんな顔ってなに。」 「なんつーか、えーと、優しい?ってのかな・・・柔らかい、みたいな?」 「何それ、めっちゃレアじゃん!」 「だろー!?俺らにも向けろって話だよ!」 「気持ち悪いからやめてくれる?」 確かに彼女に気を許していたけれど、端から見てそんな風に思われていたのか。 自分としては自然でいたつもりだし、表情が変わることが多いのはむしろ、の方だと思っていたのに。 「本当にただの友達なら紹介しろよー。俺、ああいう大人しい系も好み!」 「嫌だよ。そもそも外見のイメージだけで声かけるってどうなの?実際は真逆の性格してるかもしれないのに。」 「え?別にいいじゃん。俺はそれも楽しいって思うけど。」 「・・・は?」 「理想は理想。それくらいわかってるよ。でも、思ってたのと全然違ってても、楽しいって思えるかもしれないじゃん。 それが新鮮だったりするかもしれない。いいなって思ったのに、声もかけないで、可能性すら自分で潰すの、俺は嫌だな。」 「・・・。」 あっけらかんと、当然のように話す友達に、何も返すことはなかった。 呆れたとか、面倒くさいとか、何かを言っても意味がないと思ったわけじゃない。 「郭は声かけられる側だから、わかんないかもなー。」 「お前格好つけて言ってるけど、何度玉砕したかわかってる?」 「それを言うな!」 「まあでも、そうやって何度振られても向かっていけるところは、ちょっとすげえと思う。」 「だろ!?そうなのよ、俺はなけなしの勇気を振り絞ってだな、」 「ハイハイ。」 「聞けー!!」 普段なら、そんな軽いことを言っているからとか、それでどれだけ成功したのかとか、弱いところをついて言い負かしていたと思う。 反論はいくらだって浮かんだ。彼の言うことを自分に置き換えて、自分ならこうすると、結論づけることが出来たから。 でも、何も言えなかった。 置き換えていたのは、自分ではなかったからだ。 「私と・・・友達になってくれませんか?」 「女子といるほうが気楽というか・・・男子はちょっと緊張してしまう。」 「郭くんが好き。」 いつもと違う時間帯の電車に乗るだけで緊張して挙動不審になって、男子とは気軽に話すことも出来ないとそう言った彼女。 話したことすらなかった俺に声をかけるのに、どれほどの勇気が必要だっただろう。 答えがわかっている告白をするまでに、どれほど思い悩んだんだろう。 知っている。 俺が俺の考えを持っているように、誰しも本人しかわからない考えを持っていること。 が俺を好きだと言ったとき、裏切られた気がしたんだ。 友達だとそう言っていたのに。まっすぐで正直だった彼女だったから、信頼し安心していたのに。 俺が今の関係のままでいることを望んでいると知っていて、なのにどうして。そう思った。 今思えば、あんなにひどい言葉で拒絶しなくても、突き放す必要だってなかったのかもしれない。 ただ一言、友達以外になるつもりはないと言えば、彼女の気持ちは区切りがついて、関係は続いたのかもしれない。 けれど、友達として仕切りなおそうとしても、簡単に元に戻れるものじゃない。 彼女の気持ちを知って、それでも一緒にいることを選択したら、今までの二の舞になるだけじゃないのか。 それだけは嫌だった。大切だったからこそ、あの場で関係を断ち切った。 わかっているのに。わかっていてそうしたのに。 それでも、感じ続けている違和感。 電車に乗っていても、図書室や書店で本を手にしたときも、何気ない会話の中にさえ、 彼女はまだ、俺の中にいた。 「英士!」 現実に引き戻されるように、かけられた声。 その声は何度も聞いたことがあるもので、俺は無意識にその場から離れようとする。 それなのに、その瞬間、の言葉が頭に響いた。 「あの子とさ、ちゃんと話した?」 思わず足を止めて、振り返る。 すると声の主は、驚いたように、そして嬉しそうに俺にかけよった。 「英士、話がしたいの。」 顔をあげて、しっかりと彼女を見たのは、随分久しぶりだった。 いつも避けるようにして視線を外し、少しでも早く会話を終わらせるように、適当な返事ばかりを返していた。 「よりを戻してとか、優しくしてあげてなんて言わないよ。でも、一度、話を聞くくらいはしてもいいんじゃないかな。」 彼女の表情は悲しげでもなく、俺を責めるものでもなかった。しっかりと前を見据え、こちらを強く見つめる。 一瞬、中学の頃に、友達だった頃に戻ったかのような錯覚を覚えた。 人の物を勝手に持ち出したり、後をつけられたり。告白すら徒党を組んで、断れば責められる。 集団で悪口を言うくせに、その中でも俺の味方のフリをして、自分だけはわかっているとアピールしたり。 うんざりしている中で、気兼ねなく話せた女子。女子全体に嫌悪感を持つところだったのを止めてくれたのは、彼女で間違いなかったのだろう。 だからこそ、彼女からの好意を素直に受け取った。 愛だとか恋だとか、よくわからなかったけれど、俺も好意を持っていたのは確かだったから。 けれど、そこからすべてが変わってしまった。 あっさりした性格だったはずの彼女が、俺が他の女子と話していただけで機嫌を悪くした。 サッカーを優先することが続くと、自分のことはどうでも良いのかと怒り、そんな彼女を、彼女の友達がかわいそうだと慰め、俺を責めた。 もう悪役になってもいいからと、別れを切り出せば、絶対に嫌だと泣き出した。 俺がサッカーを優先するのだと、期待するような甘い言葉を伝えることも滅多にしないのだと、わかってくれていたんじゃなかったんだろうか。 応援すると言ってくれていたことは?優しくなくても大丈夫と笑っていたことは? うんざりだった。どうして友達ならばうまくいくものが、恋愛になると途端に崩れてしまったんだろう。 俺が子供だったこともあるだろう。自分の主張ばかりして、彼女の気持ちに気づかなかったのかもしれない。 それでも、もう嫌だった。これ以上、彼女とのことで頭を使いたくなかった。それくらい考えることを拒絶していた。 だから、俺は彼女の話を聞く気はなかった。何度来られてもまともに取り合うこともなかった。 何を言われても、自分の負担にしかならないと、そう思っていたから。 「本当に自分のことしか考えてないのかな。慎重な郭くんが仲良くなって、付き合ってもいいとまで思えた相手なんでしょう?」 それなのに、は、俺の友達はそう言った。 俺が無意識に考えないようにしていたことまで言い当てて。 俺に気を遣って、深くは聞いてこなかったくせに。 その話題に明らかに不機嫌になる俺を、怖がっていたくせに。 俺を好きだと言いながら、昔の彼女と話せとそう言うんだ。 バカだな。矛盾してる。それで俺が彼女と和解したら、どうしていたんだろう。 俺が好きだというのなら、昔の彼女なんて険悪な状態のままでいた方が、にとって都合がよかったはずなのに。 「これで最後にする。だから、話を聞いてほしい。」 「わかった。聞くよ。」 気づけば彼女の申し出に頷いていた。 俺の言葉を聞くと、彼女は安心したように小さく笑った。 時間にして、わずか数十分。 彼女の話を聞いて、別れを告げた。 中学の頃のこと、そのときの彼女の気持ち。ひとりよがりで我侭だったと、彼女は俺に謝った。 俺のことが好きで、それが叶って嬉しかった。その気持ちが大きすぎて、俺を独占したい気持ちが暴走してしまったと言った。 別々の高校に入って、俺と離れて落ち着いて、自分がどんなに勝手だったかを知った。だから、俺に謝りたいと思った。 そして、出来ることならば、もう一度やり直したかった。 けれど、俺は聞く耳を持たず、結局は喧嘩になって終わった。それが何度も、何度も、繰り返された。 俺たちはお互いが子供だった。今だってそうだ。 相手の気持ちを聞かず、知らず、自分よがりな考えばかりを優先してしまう。 彼女がそうだったように、俺も彼女の気持ちを考えなかった。 だから、俺からも自然と謝罪の言葉が出てきたのだと思う。 元に戻ることは出来ないけれど、こうして話が出来たことで、俺も彼女も過去にとらわれなくなるだろう。そう思えた。 「こういうことがあるたび、嘘をついて、誰かを傷つけるの?」 「彼女を遠ざけるための冷たい言葉を伝える郭くんだって、何も感じないわけじゃないでしょう?」 ほんのわずかなことでよかった。 一歩踏み出すだけで、変わるものがある。 ひとりよがりの考えで、勝手に自己完結して、相手が何を思っているかなんて、わかるはずがないのに。 そのきっかけをくれたのも、そんな風に考えるようになったのも、誰が影響してるのかなんて考えるまでもない。 「私のことを信用できないならそれでもいい。でも、郭くんのことを本当に好きな人は、絶対にいるから。」 自分がどうしたいのか、どうしたらいいのか、わからなかった。 を突き放して、もうこの関係は終わりだと思いながら、それでも彼女のことを思い出す。 自分が彼女と同じ気持ちを持っているとは思えない。 ずっと友達でいたいと、そう思ったことに偽りもない。 それなのに、一緒にいたいだなんて、都合が良すぎるにもほどがある。 お互い違った気持ちのまま、うまくいくはずがないんだ。 それならば、このまま離れていくことが、一番いいんじゃないか。 これ以上、傷つくことも、傷つかせることもない。 考えをまとめている途中に、乗っていた電車が降車駅に到着した。 アナウンスとともに電車を降りると、見慣れた制服の女の子が俺と同じタイミングで違う車両から出てくるのが見えた。 「「・・・・・・。」」 お互いがかたまったまま、声を発せずにいた。 これまで全くといっていいほどに、会うこともなかったのに、どうして今、このタイミングで。 きっとそんなことを思っていただろう。 「、」 「きゃあああああ!!」 思わず声をかけると、彼女は叫び声をあげて、一目散に駆け出した。 確かに俺はひどいことを言ったけれど、突き放して傷つけるようなことも言ったけれど・・・ まるで変質者でも見たかのようなこの反応は・・・あまりにも・・・ 彼女を追うように自然と駆け出していた。 すぐに追いついて腕を掴み、無理やりこちらを向かせると、は息を切らせながらひどく驚いた表情を見せた。 「それって癖?」 「何が・・・って、ひゃああ!!」 「化け物を見たような悲鳴あげないでよ。」 友達になったばかりの頃を思い出し、なんだか懐かしくなって、思わず頬が緩んだ。 同じ気持ちがないのに、一緒にいたいとか、今までどおりでいたいだなんて都合が良すぎる。 うまくいくはずがない。このまま離れていけば、もうお互いが傷つくことはない。 そう思っていたのに、俺はの後を追い、その腕を掴んだ。 先ほどまで考えていたことと、矛盾している。もう彼女には関わらないとそう思っていたのに。 それなのに体が勝手に動き、思わず彼女を追いかけた。 全速力で誰かを追いかけるだなんて、俺らしくもない。 けれど、それがなぜか、わかっていた。 そんな自分でも理解できない行動をしてしまうくらいに俺は、 に会えたことが、ただ単純に、嬉しかったんだ。 TOP NEXT |