気持ちを伝えて、郭くんがどんな反応をするのか、想像していなかったわけじゃない。 笑って、俺も同じだよなんて、少女漫画のような展開を期待していたわけでもない。 それでも、わずかな希望も捨て切れなくて。 気持ちに応えてはくれなくても、受け止めてはくれるかもしれない。 きっぱりと振られることで、もう一度友達として仕切りなおせるかもしれない。 友達へ向ける好意をリセットして、新たな関係を築けるかもしれない。 そんな都合の良い考えを、私は頭の片隅で期待していたんだろう。 「・・・どうして?」 淡々と呟くような言葉は、いつもよりもずっと低い声をしていて、 まっすぐに私を見つめていた彼の目は、ひどく失望しているように見えた。 友達協定 これまで何度も見た笑顔が嘘みたいだった。 いつも感じる優しさも温かさも無くなり、冷たく緊張した空気がこの場を支配する。 郭くんと一緒にいて、こんな風に思ったのは初めてだ。 初対面の緊張でも、意地悪でからかわれたようなものでもない。 言葉は無くとも感じ取れたのは、私に対する拒絶だった。 「最初に言ったはずだけど。友達以外になる気はないって。」 覚悟していた。していたつもりだった。 絶対の約束を破って気持ちを伝えればどうなるかなんて。 「それでいいかって俺、聞いたよね?」 それなのに、怖かった。うまく言葉が出てこなかった。 私はこんな郭くんを知らない。 「それでいいって、も言ってたよね?」 大きな声を出しているわけでもなく、トーンも一定。端から見れば、怒っているようには見えないだろう。 それでも、彼から優しさを期待なんてできないと察するには充分だった。 何か言わなければ。黙っていても何も伝わらない。 そう思うのに、なかなか言葉は出てこなくて、ただただ重苦しい空気が流れる。 「・・・言った。私は、郭くんと・・・話してみたかった。友達に、なりたかった。それは、本当、だったから。」 「じゃあどうして?」 ようやく出てきた言葉も、ひどくたどたどしいものだった。 そんなことは気にもとめず、郭くんは間髪入れずに返事を切り返す。 「それ以外の意味はないって言いながら、結局はその先を期待してたの? 一旦友達になって、仲良くなれば、後はどうとでもなるって?」 「そっ・・・そんなこと思ってない!」 「俺のこと元から知ってたみたいだし、女子とのごたごたも見てた。だから、友達だって言って安心させることから始めた?」 「違う!」 郭くんが自分への好意に対して、打算も小細工も大嫌いで、過敏になっていることを知っている。 突然打ち明けられた私の気持ちにも疑いを向けると想像できなかったわけじゃない。 でも、そんな風に思われたくなかった。途中から好意を隠していたことは事実だけれど、彼に向けていた気持ちに嘘はない。 「違うよ!確かに私は最初、郭くんに憧れを持ってた。友達以外にならないって言われて頭にもきたよ。 だけど、一緒にいてみたら想像以上に楽しくて、居心地も良くて・・・郭くんと友達になれて本当に嬉しかったんだよ!」 「俺だってそう思ってたよ。からかうだけのつもりだったのに、いつの間にか自然に話せる存在になってた。 性格も性別だって違うのに、気兼ねなく一緒にいられた。それが苦じゃなかった。そんな相手、滅多にいないと思ってた。」 「そう・・・思ってくれてたなら・・・」 「そう思うなら何?気持ちを受け入れてくれたっていいって言いたいの?」 「ち、違うっ・・・そんな声で・・・そんな顔をして話なんて・・・」 「わかってたんじゃないの?俺たちが今の関係でいられたのは、友達っていう前提があったからだって。」 「!」 「決まった関係だったから、それ以上を考える必要がなかったから、無駄に気を遣う必要もなかった。」 そう。わかっていた。 わかっていたからこそ、迷って、悩んで、気持ちを隠し続けようとさえしていた。 友達のままで居続けることが、私たちにとって、一番平和で楽でいられた道だった。 「・・・わかってたよ。でも、私が気持ちを隠しきれない性格だっていうのは、郭くんがよくわかってるでしょう?」 「隠す必要なんてないって、なら気づいてたはずだよね。」 「!」 「前提があったんだから、俺はからの好意を友情として捉える。」 「・・・それ、は・・・」 「・・・自分の気持ちが伝えられれば、俺がどう思うかなんてどうでもよかったの?」 「そんな風に思ってない・・・! 私だってずっと迷ってた。郭くんが女の子に対してどんな感情を持ってるか知ってたし、どんな反応をするかって、想像だってしてた。 でも、どうしてなんかわかんないよ!自分でも抑えきれなく・・・」 冷静になれず、うまくまとまらない言葉。郭くんにはきっと届いていない。 私は彼を失望させてしまっただろうか。悲しませてしまうのだろうか。そんな思いが胸をよぎった。 「・・・それって本当なの?心からそう思ってる?」 「・・・どういう意味?」 「さっき俺に憧れてたって言ったよね。憧れてた相手と想像以上に仲良くなったから、好きって思い込んでるだけじゃないの?」 「なに・・・それ・・・」 「よくあるでしょ。何かのきっかけで一気に距離が近くなったから、好きになったんじゃないかって思い込む。 気持ちが盛り上がって、好きかもしれないって思い始めて、それが止まらなくなる。」 「私の気持ちもそうだって言うの?」 「・・・。」 彼がなぜ、そんなことを言ったのか、私にどんな返事を望んでいるのか、頭ではわかっていた。 ここで彼の望む言葉を続けなければ、もう後戻りは出来ない。 それでも、止まることはできなかった。 「そうだったらいいって私だって思ったよ!勘違いなら、郭くんとずっと友達でいられて、今のままでいられるって。 でも、何回考えたって、結論は同じだった。抑えられないって思うくらいに私は・・・」 「俺は、」 私の言葉を遮って、郭くんはまっすぐに私を見つめた。 その表情は怒りでも拒絶でもなく、先ほどのように怖いとは思わなかった。 けれど。 「伝えてほしくなかった。」 ただひどく、胸が痛んだ。 言いたいことはまだあったのに、遮られた言葉を続けることは出来なかった。 「友達のままでいたかった。」 どうして今、そんな悲しそうな顔をするの? 私だって気持ちを受け入れてもらえなくて、拒絶だってされている。泣きたいのは私の方だ。 「っ・・・知ってるよ!そんなこと!!」 それなのに、彼が浮かべる切なく悲しそうな表情の方が、もっともっと痛かった。 「知ってて、それでも抑え切れなかった。約束をしてたのに、それを破った。 ・・・自分勝手だよ!こんなの自己満足で、郭くんが失望するのだって当然だって・・・そう・・・」 状況が悪化するだけだって、わかってたのに。 この気持ちをどうしたら良いのかわからなかった。 「でも・・・勘違いじゃない・・・嘘なんかじゃない!私の気持ちまで否定しないで!」 郭くんに対する悲しさも切なさも痛みも、怒りも好きだという気持ちさえ、様々な感情が入り混じって。 それをぶつける場所を探すように、整理のできない頭のまま、想いを吐き出した。 やっぱり冗談だよって、これからも友達でいようって言ったら、元に戻ることは出来ただろうか。 白々しくても、お互いに嘘だと知っていても、何も知らないフリをしながら友達に戻れただろうか。 そうしたら、郭くんはまた私に笑顔を向けてくれただろうか。 「・・・何を言ったら、何をしたら、丸く収まるかって、わかってるよ。」 でも私は、私たちは、そんな薄っぺらい関係を求めてない。 何も知らないフリをして、触れたくないものには触れないで、表面だけで楽しそうに笑っていても空しいだけだ。 「だけど、ごめん。」 そんな関係を続けても、長続きなんてしない。楽しくなんてない。 それならいっそ、すべてを打ち明けて、嫌われてしまうほうがいい。 「・・・好きなの。」 せめてこの気持ちが伝わってほしい。 不器用すぎて隠し通すことも、友達のままでいることすらできなかった、私の精一杯。 「郭くんが、好き。」 私の言葉を聞いても、郭くんの表情は変わらない。 ただまっすぐに私を見つめて、その場に立ち尽くしていた。 「・・・最後に、これは友達として言うね。」 これでもう、私たちの関係は元には戻らない。 今まで私へ向けてくれた笑顔も信頼も失って、彼と関わることはなくなるんだろう。 「郭くんって、外見から想像できる性格とは違うし、それどころか意地悪だし、人のことバカにして鼻で笑うし。 少し近づけたくらいで好きになるほど単純じゃないよ。むしろ、外見とのギャップにがっかりされる方が多いかも。」 けれど、友情と恋愛の間で最後の最後まで悩むくらいに、今の関係を崩したくなかった。 それくらい、大切だった。 「でも、一緒にいるほどに、わかりづらい優しさも、ちょっとした気遣いも、相当な友達想いなところだって見えてくる。 そういうのも全部含めて郭くんで、だから貴方を好きになる。それが友情でも、愛情でも。 外見だけじゃ人は計りきれない。郭くんが好かれるのは、郭くん自身が素敵な人だからだよ。」 今はもう違うって言われてしまうだろうけれど、拒絶されてしまうかもしれないけれど、それでも、 「今までのこと、私は何も知らない。だから、疑うことや警戒することをやめろとも言わないよ。 私のことを信用できないならそれでもいい。でも、郭くんのことを本当に好きな人は、絶対にいるから。」 私の、大切な友達。 「今までありがとう。郭くんと友達になれて、よかった。」 郭くんは最後まで何も言わずに、ただ静かに私の言葉に耳を傾けていた。 足早に歩き出した私を引き止めることもなく、私の友情も恋もあっさりと終わりを告げた。 初めて誰かを好きになった。 楽しくて毎日がめまぐるしくて、ちょっとしたことでも浮かれて、世界が一気に変わっていくみたいだった。 これからも、ドキドキしていたかった。 隣で笑いながら、たくさんのことを話したかった。 彼を想うこの気持ちを、謝りながら伝えたくなかった。 もっともっと・・・大切にしたかったな。 オレンジ色の夕焼けが眩しくて目を細めた。 見慣れていた風景が徐々にぼやけて、視界がかすむ。 そうだ、今日はお気に入りの本を読もう。 巻数もたくさんあるし、今日と明日にかけて一気に読んでみよう。 最近はいろいろなことを考えすぎていたから、無心になって物語の世界に入りこめる。 大丈夫。私にはいくらだって楽しめることがある。 そうして日常に戻っていけばいい。今は少しだけ、悲しいけれど。 時間をかけていつか、笑いながら話せるような思い出になっていくだろう。 TOP NEXT |