片想いをしているときが一番楽しい、だなんて書いてあったのは、どの恋愛小説だっただろうか。 それを読んだとき、どうして両想いじゃなく片想いなんだろうなんて、疑問に思ったものだ。 けれど、今なら少しだけわかるような気がしていた。 その人の言葉に、行動に、些細なことであっても胸躍らせる。 そわそわして、落ち着かなくて、それなのに少しでも傍にいたい。 楽しくて幸せで、その人との明るい未来を想像しながら、毎日を過ごす。 「うあー・・・あー・・・」 ベッドに寝転がりながら、単語にもならないうめき声をあげて、一体自分はどうしたら良いのかと考える。 数日前までは確かに、私はそんな片想いをしていた。 でも、現実を叩きつけられて、幸せな時間はあっという間に崩れ去った。 彼と話していた女の子のことを聞きたかった。 軽いノリで、この間見かけたよって声をかければ済む話なのに。 好きな子だとか、彼女が出来たとか、そんなことを言われたら、平静でいられる自信がない。 友達ならば祝福こそすれ、恋愛の意味での嫉妬なんてしない。 もし違っていたとしても、今のままでいれば、いつかは起こりえることなんだ。 その時笑顔で祝福することなんて、私にはきっと出来ない。 時間が経つほどに想いは深くなっていくのに、近くにいすぎて諦めることすらままならない。 友達協定 「寝不足?また夜中まで本読んでたんでしょ。」 「あはは、まあね。」 土日をはさんで、いつもどおりに彼と隣り合わせで席に着く。 この休みは一日中家でごろごろしていた挙句、結局解決策は見つからなかった。 気分転換に手にした小説も、内容が頭に入ってこなくて、結局すぐに読むのをやめた。 口数少なく、だるく眠そうに見える私を見て、郭くんがそう声をかけるのも当然だろう。 「寝てれば?」 「・・・そうする。」 こういうとき、無理に会話をしようとせず、気兼ねも無く自由でいられる今の関係が私は好きだし、安心する。 友達で無くなってしまえば、こんなやり取りさえ無くなってしまうんだろう。 何か理由をつけて、しばらく期間と距離を置き気持ちが冷めるのを待つ。 このまま何事もなかったかのように、彼に彼女や好きな人が出来ないことを祈りながら、友達で居続ける。 好きになってしまったことを、伝える。 選択肢は限られているのに、私はどれを選ぶことも出来なかった。 壊したくなかった。無くしたくなかった。変わってしまうことが怖かった。 「・・・?」 郭くんが私の名前を呼ぶ。 おかしいな。寝ているはずの私に彼が声をかけるなんて、滅多にないのに。 目を開けて彼の方へ視線を向けると、郭くんが真剣な表情で私を見ていた。 「調子悪い?」 「・・・どうして?」 「どうしてって・・・」 突然そんなことを言った彼に疑問の表情を向けると、郭くんは呆れたようなほっとしたようなため息をついた。 「昨日、何読んだの?」 「・・・えーと、」 郭くんがなぜそんな質問をしたのか、いまいちわからなかったけれど、私は素直に読んだ本を思い返す。 内容は頭に入っていなかったけれど、あれは確か。 「殺人ピエロの・・・えーとタイトルすごい長いんだけど、なんだったっけ。」 「わかった。もういい。」 「え?」 「いくらジャンルが幅広くても、夢見が悪くなるようなのはやめときなよ。」 「え?え・・・どういう・・・」 「まだ気づいてないの?さっきすごい顔しながら寝てたけど。」 「す、すごい顔!?」 「ピエロに追われる夢でも見てた?寝不足の原因も同じじゃないの?」 「・・・。」 「今にも泣き出すかと思った。」 私に元気がなくても、寝不足でも、泣き出しそうな顔をしても。 心配はしても、その原因が自分にあるとは夢にも思わないだろう。 この想いは、友達である限り、決定的な言葉を口にしない限り、隠し続けることが出来る。 けれど、叶わないと思いながら、彼が他の誰かを好きになることを怖がりながら、隠し続ける想いに意味なんてあるんだろうか。 「・・・実はちょっと泣きそうでした。」 「やめてよ。隣にいる俺に変な疑いでもかかったらどうしてくれるの。」 「だって思ってた以上に怖かったんだよ。」 「知らないよ。自業自得。」 このままでいたい。気兼ねなく笑いあえる今の関係が大切で、無くしたくない。 でも、今以上を望んでる。誰かに取られたくない。渡したくない。 友達だけじゃない。彼にとって、もっともっと、大切に思える人になりたい。 望みはいくらだって浮かぶ。 それなのに私は、変わることが怖くて、一歩を踏み出す勇気すら無い。 私の様子がおかしいことは、既に気づかれていたかもしれない。 けれど郭くんは、時々分かりづらく私を気にかけながら、相変わらずいつもどおりだった。 「、来週の土日、どっちか暇?」 「ん?暇だよ。」 「映画行かない?この間話してた実写化のやつ。」 まさかの郭くんからのお誘いに、私は目を丸くして、思わずかたまってしまった。 私たちは仲良くなったけれど、それは電車の中だけだった。 はたして平静でいられるのか。抑え込んでいた気持ちのタガが外れてしまわないか。 以前とは違い、気持ちを隠すことに必死だった。もしかしたら受け入れてくれるかもしれないなんて、前向きの思考は完全にシャットアウトされていた。 「結構好き嫌いが別れる話だから、他の友達には向かないと思うんだよね。」 「あ、じゃあ、二人で?」 「うん。」 断ってしまった方がいいんじゃないか、と思ったのに。 郭くんが誘ってくれたこと、二人で行こうと言ってくれたことに、不安よりも嬉しさが勝る。 「・・・。」 「気が乗らないなら別にいいけど。」 「え!や、そ、そうじゃなくて・・・!」 「?」 「い、いいのかなって・・・」 動揺して思わず呟いてしまった一言。 私は気持ちを隠しているのに。郭くんとの約束を破っているのに。 彼に本当のことを言わないまま、二人で出かけてしまってもいいのか。 でもまさか、そんなこと言えるはずがない。 怪訝な表情を浮かべる郭くんを誤魔化そうと、私は慌てて言葉を続けた。 「あ、あの、郭くんこの間、女の子と話してたし・・・私と二人でいいのかなって。」 「・・・この間?」 「先週かな?ほら、ふわふわの栗色の髪で、優しそうな雰囲気の・・・帰りに見かけたんだけど。」 思わず口走ってしまったのは、先週見かけた女の子。 自分から聞いてみようと決意したって、なかなか切り出せなかったのに、嘘を誤魔化すための咄嗟の言い訳で使うことになるとは。 曜日も時間もその子の容姿もはっきり覚えていたくせに、思い出すように演技をする私はひどく滑稽だった。 「ああ、それ、友達の彼女。」 「・・・ともだち・・・」 「の、彼女ね。俺が彼女よりもアイツに会う機会が多いから、八つ当たりされてた。あとは惚気話。」 「・・・あはは、そうなんだ。」 「彼女がいたらさすがに、二人で行こうなんて言わないよ。も一応女子だし。」 「い、一応って何!」 ずっとひっかかっていて、いろんな可能性を考えて、ぐるぐると悩んでいたのに、彼の回答はあまりにもあっさりしていた。 現状から何かが変わったわけでもないのに、安心して思わずほっとしてしまった私は、現金な性格だろうか。 「それで、行くの?行かないの?」 解決策を見つけたわけじゃない。 いまだにどうしたら良いのか、悩んでいるけれど。 「・・・行きたい。その映画、私もずっと気になってたんだ。」 「了解。」 私がいくら考えたところで、正解は見つからない。 自分の気持ちを抑え込むだけじゃ、何も変わらない。 踏み出した一歩が、どんな結果になるかもわからないけれど。 悩むだけで動くことさえしないならば、可能性すら見えてこない。 TOP NEXT |