地味な顔立ちで化粧っ気もない。中途半端な長さの髪を可愛くアレンジする方法も知らなかった。 何度か見かけた、郭くんと話していた女の子たちは可愛かった子が多かったななんて、鏡に映る自分を見てため息をつく。 それでも、いつもより少しだけ早く起きるようになった。今までよりも身だしなみをチェックする時間が増えた。 郭くんはきっと、そんな私の些細な変化を気にしない。 それでも、彼の前で少しでも"女の子"であろうとする自分は、なんだかくすぐったくて照れくさかった。 友達協定 無意識なのかもしれないけれど、郭くんは友達の話をよくする。 特に多いのが、同じサッカーチームに所属しているという親友二人。 それは端から聞けば、からかっているようにも、馬鹿にして呆れているようでもあるけれど、彼らの話をしている郭くんはどこか活き活きしている。 そんな郭くんをよく目にしていたことが、彼が友情を大切にしていると思った大きな理由だ。 「いいなあ。」 「何が?」 「郭くんとその友達。何も言わなくてもわかりあえるって感じ。」 「・・・昔から一緒だから。その分近しい関係にもなるでしょ。」 「なんというか、ザ・男の友情!だよね。」 「なにそれ。」 「一緒に努力して、戦って、敵を倒したときの爽快感を共にする・・・みたいな。」 「俺たちは一体なにと戦ってるわけ?」 私のいまいち伝わりづらいたとえに呆れながらも、やっぱりどこか嬉しそうだ。 うるさくて人の話を聞かないとか、プライドが高いくせに落ち込みやすいとか、 いつも面倒だって言いながら、結局はその人たちを気遣って、どうしたらいいかって考えてる。 「戦うなら郭くんは賢者か僧侶っぽいよね。」 「RPG?、ゲームもするんだ。」 「小学生まではやってたかなあ。最近は小説の知識だねえ。」 「そこも本からなんだ。本当にいろんなジャンルに手を出すんだね。」 「郭くんはゲームする?」 「時々。」 「RPGだと職業は何を選ぶことが多いの?私の予想、あってた?」 「遊び人。」 「なっ・・・なんという意外性・・・!」 「というのは冗談だけど。」 「あーびっくりした。」 「はたとえるなら・・・」 「なになに?」 「村娘?」 「冒険に行くことすら出来そうにないんだけど!」 本の話に、ゲームの話。相変わらず、色気のかけらもない話題。 郭くんは"友達"に向けて、静かに楽しそうに笑う。 それでも、私の心は穏やかで、焦ることも戸惑うこともなかった。 この間、同じクラスの友達に勘付かれ、好きな人が出来たことを白状した。 友達以外の関係にならないという約束は伏せ、気持ちに気づいたけれど状況は良くないと話した。 なんでそう思うのかと聞かれても、理由は言えなかった。 私の様子を見てか、それ以上深く問い詰められることはなく、事情はわからなくても二人は私を応援してくれた。 今、友達としか思われていなくても、この先はわからない。の頑張り次第で変わるものもあるんじゃないか。 最後に私の背中を押すようにそう言った。 気持ちを無理やり押し込めるのではなく受け入れる。隠す必要なんてない。 それは私に向けられた言葉じゃなかったけれど、一人で抱えていた重苦しさが軽くなった気がした。 「・・・そういえば、さ。」 「なに?」 「よく喋るようになったよね。」 「・・・え?」 「この間まで魂が抜けたような顔してたくせに。」 「!」 優しい言葉なんてなくて。人をからかうような態度で隠して。 彼の向けるわかりづらい優しさが嬉しかった。 「おかげさまで。」 落ち込んで悩んでいた理由は言えないけれど。 安心させられるように、もう大丈夫と伝えられるように、ニッコリと笑う。 そんな私を見て郭くんも小さく笑みを浮かべ、「そう」と一言だけ呟いた。 友達だからこそ、成り立っている関係なのだと知っていた。 だけど、約束を破り、私は郭くんを好きになってしまった。 隠すことなんて出来ないと思うくらいに、彼の行動のひとつひとつに反応して、心は揺さぶられた。 それでも、現状を変えたいと強く思っているわけじゃない。 だって、彼と笑って話せるこの場所はとても居心地が良い。 「・・・ふふ。」 「何にやけてるの。」 「優しいなあ。」 「は?」 「郭くんには隠し事できないね。」 「がわかりやすすぎるんでしょ。」 決まった時間、決まった車両、他愛のない会話。 些細なことが、些細な時間が、楽しくて温かくて大切だった。 好意を気持ちを隠す必要も無く、今までどおり彼の隣にいられるならば、それでよかった。 それだけで充分だった。 「おはよう、郭くん!」 「おはよう。」 思う存分自分の時間をとれる休日よりも、毎朝彼に会える平日の朝が待ち遠しくなった。 表面上は今までと何も変わりがないのに、彼と過ごすたった15分が特別なものに思えた。 郭くんに借りた小説の展開が衝撃的だったこと、お互いの学校の話、ちょっとした愚痴でさえ。 呆れられても、ため息をついても、私の隣で話を聞き続けてくれることが嬉しかった。 「、最近良いことでもあったの?」 「ん?いやあ、別に?」 「うわ、そのにやけた顔、腹立つ。」 「え!す、すいません・・・!」 「なに本気で怖がってるの。」 「郭くんの視線が思った以上に冷ややかなんだもの。」 「ああ、安心しなよ。割といつも冷ややかな目でのこと見てるから。変わらないよ。」 「そうなの!?」 「ははっ。」 好き、という感情はすごい。 想うだけで、楽しくて嬉しくて幸せになれる。見える景色がこんなにも違う。 もっと会いたい、話したいと思うのは贅沢なんだろうけれど、帰りの電車でも思わず彼の姿を探してしまう。 けれど、やっぱり偶然は滅多に起こらなくて、小さくため息をついて肩を落とす。 きっと休日に遊びに誘うことくらいは出来た。 でも、彼が忙しいのはわかっていたし、いつもと違う環境になることは、私にとって勇気が必要だった。 もし二人で出かけようものなら、毎日をこんなに楽しみにしている自分のタガが外れてしまうんじゃないか。 この気持ちを思わず言葉にしてしまうのではないか。そんなことを思った。 でも、それと同時に、もしそうなったらと可能性を浮かべるようになっていた。 私の頑張り次第で、変わるものもあると言った友達の言葉が、脳裏をよぎる。 諦めるしかないと思った。このまま友達でいることが一番だと思っていた。 それなのに、あまりにも小さかった希望が、徐々に大きくなっていく。 憧れで終わると思っていた。友達にすらなれないと思っていた。 それでも私たちは友達になり、信頼関係が築けている。 時間がかかっても、少しずつでも、この先何かが変わるかもしれない。変えられるかもしれない。 そう思い始めた矢先だった。 夕方、久しぶりに郭くんの姿を見つけた。 迷わず声をかけようとして、けれど、結局声はかけられなかった。 彼の隣に女の子がいたからだ。 また冷たく接しているのだろうかと思いながら、彼らを眺めて、いつもと様子が違うことに気づく。 ふわふわの栗色の髪に、柔らかそうな物腰、笑顔がすごく可愛い女の子。 楽しそうに笑っているのは、彼女だけじゃなかった。 別におかしなことなんてない。郭くんだって笑って話せる女の子くらいいるだろう。 私が知らなくても当たり前だ。私が彼と話すのは朝の電車内だけ。そんな些細な時間で、彼のすべてを知れるわけもない。 あの子も友達なのだろうか。私と同じ約束を、あの子ともしたのかもしれない。 けれど、すぐに思い直す。慎重な郭くんは、私へ向けた言葉を何度も同じように使わないだろう。 私とは友達として続いても、下手をすればかなり面倒なことに成りかねない。 それに彼は以前、女友達は私一人だと言い切っていた。 「・・・っ・・・」 隠れるように二人から離れて、深呼吸を繰り返した。 それでも心臓の音は大きく、鼓動は速くなっていく。 それ以上考えたくなかった。 知っていたからだ。友達以外の可能性を。 彼が女の子に冷たくしていたのは、過去の経験から、何の疑いもなく好意を受け取ることが出来なかっただけ。 その想いが誠実なものだと伝われば、疑いさえ晴れれば、状況はいくらだって変わる。 冷たくされても、軽くあしらわれても、友達よりもっと先を求めていた子がいたとしたら? 私のように約束に縛られず、友達という関係に満足せず、諦めないで追いかけ続けた子がいたとしたら? この先何かが変わるかもしれない。そう思っていた。 変化は起こる。それが大きくても、他人からすれば小さなことでも、その変化が私に対するものじゃなくても。 いくつもある可能性を浮かべては打ち消しながら、ひとりよがりで自分勝手な考えばかりが浮かぶ。 毎日が楽しくて、幸せだから、このままでいいと思ってた。 彼と隣に並んで、笑いあう日々が続くと錯覚していた。 私は何もわかっていなかった。 彼を好きになった時点で、それを隠したまま、友達で居続けることなんて出来なかったんだ。 TOP NEXT |