仲良くなってしまえば約束なんて関係ない。そんな風に思えればよかった。 けれど私には、どうしてもうまくいく想像が出来ない。 知っているからだ。彼が私と友達以外にならないと言い切ったわけを。 知っているからだ。友情から恋情に切り替わることで、彼がしてきた苦労を。 彼は人一倍友情を大切にし、人一倍恋愛感情に警戒心を持っている。 特別な感情を持っても、結末は見えている。 気持ちを伝えても、関係が壊れるだけだと知っている。 自分の気持ちは認めても、これまで築いてきた信頼関係を崩そうとは思わない。 そんな勇気を私は持つことができない。 友達協定 「?」 「・・・・・・わあ!な、なに!?」 「こっちこそ何って聞きたいよ。人の顔無言で見つめるのやめてって前にも言ったと思うけど。」 郭くんへの気持ちに気づいてしまった。 いや、隠し続けていたものを認めざるをえなくなってしまったと言うべきか。 彼とした約束。 それが彼から私に対する、信頼の証となったはずだった。 気持ちが気づかれるようなことがあれば、友達ですらなくなり、私の前から去っていくだろう。 彼からの友情の前提は、恋愛感情が絡まないということだから。 「ご、ごめん。」 「・・・いいけど。何か言いたいことでも?」 しかし、私は出会ってすぐの郭くんにすら見透かされていたように、感情を隠せないという大問題がある。 現に今だってそうだ。気持ちが言葉に出来ない分、無意識に静かに本を読む彼を見つめてしまっていたらしい。 「なにも。全然なにも、ないです。」 「・・・。」 痛い。視線が痛い。 明らかに何かあるだろうって顔を浮かべている。 せめて私にもう少し、郭くんのようなポーカーフェイスを保てる技でもあれば・・・。 「言いたくないならいいけど。」 「・・・。」 「理由も言わずそんな辛気くさい顔してるなら、どこかよそでやって。」 理由は貴方にあります、なんて言えるわけもない。 それを伝えて、良い方向へ進む想像がまったく出来ない。 実は郭くんも私を好きになっていただなんて、都合の良すぎる展開はやってこない。 振られるだけならまだしも、彼は私を拒絶するのかもしれない。 せっかく仲良くなったのに、友達関係を築けたのに、結局今までと同じだったとがっかりする姿が目に見える。 嫌だ。私を信用してくれているのに、自分からそれを壊すなんて。 「ごめん。自分で解決しなきゃいけない問題。」 「・・・そう。」 「朝からこんなんじゃだめだよね。シャキッとする!」 「無理に気合いれても空回るだけだから、ほどほどにね。」 「あはは、さすがよくわかってる。」 何も言えない。伝えてはいけない。 今の関係を続けたいのなら、隠し通さなければならない。 今までどおりに、私たちの関係は友達以外になりえない。そう思い込むんだ。 「何か話すつもりなら、早く言わないと聞かないからね。 あとで問題になって焦っても、自業自得。助けないよ。」 悩みがあるのなら、早く話せとでも言うように。けれど無理強いはしない。 一見突き放すような言葉とは裏腹に、表情は柔らかい。 郭くんと仲良くなった子たちが、彼に惹かれた理由がよくわかる。 気持ちを伝えた直後、冷たくされて、裏切られたと感じてしまった理由も。 だって、彼の友情はこんなにも、温かくて優しい。 私だって約束がなければ、勘違いしていたかもしれない。 もしかしたら彼も、私と同じ気持ちなのかもしれないと。 そして期待をこめて告白して、その後の展開に愕然としていただろう。 「ありがとう。郭くん。」 呼び方を変える機会はあったのに、私は彼を今までどおりに呼び続ける。 それは、この気持ちを隠し続けるための防衛線だった。 「告白しちゃえばいいのに。」 先生に頼まれごとをされ、教室に戻ってくると、聞こえた台詞。 友達2人が私の席近くで、楽しそうに話している。 今自分が抱えている問題に気づかれたのかと、一瞬焦ってしまった。 「あ、。おかえりー。」 「ただいま。何の話?」 「えっちゃん、隣のクラスに仲良い子出来たって言ってたじゃん?好きになったんだってー。」 「バカ!声が大きい!」 けれど、私は朝電車が一緒になって、話すようになった男の子がいるとは言っていたものの、彼への気持ちについてはまだ何も話していない。 そんな台詞を、しかも私のいないところで言われるはずがないのだ。 案の定、話題は私のことではなく、友達の好きな人の話だった。 怒りながらも顔を真っ赤にして、周りの様子を窺う彼女を微笑ましく思いながら、私は自分の席に腰をおろす。 「たまにうちのクラスに来る彼でしょう?二人ともすごく仲良いよね。いつも楽しそうだし。」 「それは・・・楽しいけどさ。あっちは友達としか思ってないかもだし・・・。」 「だからそれを確かめるために告白してみればって。」 「だって告白して振られたら、もう今までどおり話せなくなるかもしれないじゃない。」 その気持ちに共感して、思わず手を取って豪快に頷こうかと思った。 けれど、私の例は少し特殊だし、心配をかけてしまうかもしれない。 そもそも、誰かに話せるほどに自分の中でまとまってもいない。 「えー言わないのー?」 「アンタ、ちょっと面白がってるでしょ?」 「他の誰かに取られる前に言っちゃえばいいと思うけどなー。」 「私はアンタみたいに思い立ったら即行動じゃないの。だから、もうちょっと待つ。隠しとく。」 「・・・隠せるの?」 「え?」 思わず口にしてしまった一言に、2人とも私の方へ振り向く。 何か勘付かれてしまったかと慌てて言い訳を考えたけれど、それは杞憂に終わり、友達は考え込むように俯いていた。 「確かに・・・!ちょっと最近まともに顔見れないんだよね!」 「別に隠さなくてよくない?」 「だからー・・・」 「友達なんでしょ?」 「・・・へ?」 「友達を好きなのは当たり前じゃん。」 「それは、そうだけど・・・。」 「それとも何?抑え切れなくて彼を襲ったりしちゃうわけ?」 「しません!」 あっさりと淡々とした答えに目を丸くする。 友達のままでいたい。だから気持ちを隠しとおす。私の導き出せる答えはそれしかなかった。 「どんな形だって好意を伝えられるのは嬉しいでしょ。 無理に隠してギクシャクするよりも、可能性を考えさせて少しでも意識してもらうほうがいいんじゃない?」 「・・・それで、私の気持ちがばれて避けられたら?」 「そのときはそのとき。突っ走るしかないね。 でもさあ、自分のこと好きなのか?くらいは思っても、はっきり言葉にしなければ確定的にはならないと思うけど。」 友達を好きなことは当たり前だ。 私が彼に向ける好意は今、友情を超えた特別な意味を含んでいるけれど。 いくら郭くんの勘がするどくても、私がわかりやすい性格でも、"前提"がある私が示す好意はきっと、友情として捉えられる。 「も、そう思う?」 「・・・そうだね。隠しきれなくて変に思われたり、心配かけるよりも、その方がいいと思う。」 「そっか。」 「・・・ちょっと。」 「え?」 「アンタ、好きな人できたでしょう?」 「へ!?」 「何今の、気持ちわかるよって顔!いっちょまえに恋する女の顔して、相手は誰だ!はけー!」 「え、いや、ちょっと待って!なんで急にそんな話になるの!?」 「あはは、、めっちゃ動揺してる。言っちゃえ言っちゃえー!」 結末はわかっているのに、気持ちを伝えることなんて出来なかった。 彼を落胆させて、距離が離れてしまうくらいなら、今のままでよかった。 だから無理やり、気持ちを閉じ込めて隠し続けるしかないと思った。 でも、隠す必要なんてないのかもしれない。 彼の女友達が私一人で、どんなに仲良くなっても、優しい言葉をかけられても。 隠し切れない好意を示したって、それ以上の進展はないと私たち自身がわかっている。 約束が無ければ、こんなに悩まなくてよかったんじゃないかと思った。 だけど、それが無ければ私たちは友達にすらなっていなくて、あんなに楽しい時間を知ることはなかった。 約束があるから、私は郭くんを好きなまま、彼の友達でいられる。 TOP NEXT |