恋愛の定義とは何か。 辞書で調べても解釈は様々で、人に聞けばそれ以上に複雑な感情が入り混じる。 ある人は言う。とにかく好きで、大好きで、授業なんてほったらかして一緒にいたいと思える存在。 ある人は言う。精神的なつながりは勿論のこと、肉体的な意味でも相性が重要なのだと。 ある人は言う。離れれてもその人を想うだけで幸せになれる、自分以上に大切にしたい人。 誰もが納得するような、明確な答えなどない。 周りからどんな風に見られても、仲が良かろうと悪かろうと、当人が恋だと思えば恋であり、友情と感じればそれは友情。 彼は友達。これ以上変わりようがない関係なのだと知っている。 私は迷う必要も、悩む必要だってないのだ。 友達協定 「この間もらったクッキー、美味しかった。ありがとう。」 「・・・え!?あ、そ、そう?よ、喜んでもらえたならよかった。」 「なに照れてるの。」 「べつに、照れてないですけど?」 「意地張るなら、もう少し冷静に返せるようになってからにしなよ。」 「・・・だって、郭くんが素直に褒めてくれることなんて滅多にないじゃない。動揺くらいしますよ。」 「そう?普段からいろいろと褒めてるつもりだったけど。」 「・・・そうだっけ?たとえば?」 「そうだな・・・素直だし、意外性が無いと思えば割とあるし、見てて飽きない。」 「・・・言い換えると?」 「単純で騙されやすくて、真面目そうなのに割と勉強に必死で、感情が動作に出て面白い。」 「なにひとつ褒められてない!」 「ええ?褒めてるのに。」 気さくに話すようにはなったけれど、基本的に憎まれ口でからかわれることの方が多い。 だからごくたまに、良いことや感謝の気持ちなんて伝えられてしまうと、どうしてよいかわからなくなる。 笑って素直に受け取ればいいものを、動揺して妙な反応になってしまい、結局いつもどおりだ。 「あと、皆からも。お礼言っておいてって。」 「皆?郭くんのおうちの人?」 「うん。それと友達。」 「友達?」 「同じユース所属で、昔からの仲間。鞄にしまってたクッキー見つけられて、その場で一緒に食べたから。」 「え、そ、そうなの?」 「渡しちゃまずかった?」 「そんなことないけど、ちょっと緊張するっていうか・・・」 「好評だったから大丈夫。それとも何?そんなに自信がないものを俺に渡したの?」 「へ?いや、そんな、まさか!」 「じゃあ自信持ちなよ。ごちそうさま。」 少しのことで不安になって、動揺する私とは真逆で、郭くんはいつも冷静でスマートだ。 お礼の言葉はもちろん嬉しいし、私もなるべく伝えるようにしている。 でも、私にとって、お礼の言葉はもちろん嬉しいけれど、言う方も言われる方も少しだけ照れくさい。 同年代の男子は特に、私と同じ反応を返すことが多い気がしていたけれど、郭くんからはそんなものが微塵も感じられない。 「じゃあ、また作ってきてもいいですか?」 「別に許可はいらないと思いますけど。」 「紅茶のカップケーキなんてどう思いますか?」 「良いんじゃないでしょうか。」 「じゃあ作ってきます。」 「お好きにどうぞ。」 「・・・なんで敬語で会話してるんですかね?」 「ふはっ・・・わかってて続けてるんじゃなかったの?」 厚意を無下にしたりしないから。迷惑だなんて顔を浮かべずに、感謝の言葉を伝えてくれるから。 それがお世辞や嘘じゃないとわかるから。自信のない私も安心できる。 そう思わせてくれる郭くんの態度や言葉が、本当に嬉しかった。 「ああいうの作るの得意なんだ?」 「得意・・・というか、よく作るよ。自分が甘いもの好きだから食べたくなって。」 「・・・意外と食い意地張ってるんだね。」 「べ、別に甘いものばっかり食べてるわけじゃないよ?それに、作る過程も楽しんでるし!」 「ふーん。」 確かに人よりも甘いものに対するこだわりはあるのだけれど。 それを誰かに、しかも男の子に指摘されるのは、思いのほか恥ずかしく感じる。 焦って否定すればするほど言い訳になり、それを見透かすように郭くんは笑う。 「あとは、ほら、友達も喜んでくれるしさ。」 「学校の?」 「そうそう。お昼の後のデザート代わりとか、おやつで食べるんだ。 でも、ダイエット気にしてる子もいるから、持っていくのは少しだけ。だから作っても余っちゃうことも割とあったりするんだけど。」 「ああ、女子はそういうの結構気にするよね。」 「だって女の子だもの。」 「は?気にしないの?」 「・・・・・・き、気にしてるよ?だから甘さ控えめで美味しくなるよう研究に研究を・・・」 「ふはっ」 「郭くん!?人に聞いておいていきなり笑い出すってどういうこと!?」 「って本当、嘘がつけないよね。」 どうしてだろう。 郭くんの前では気負わなくていいって思っているのに。 いまだに格好つけたくなって、下手な言い訳を考えてしまう。 一番初めに持っていた、彼に対する意地のようなものが、まだ残ってでもいるんだろうか。 「クラスの男子とかに分ければ?」 「え、う、いや、私、男子とほとんど喋らないし・・・。」 「そうなの?」 「女子といるほうが気楽というか・・・男子はちょっと緊張してしまう。」 「へえ、意外。」 「どうして?」 「俺と話してるときのふてぶてしさはどこにいったのかと。」 「どこがふてぶてしいの!」 「ああ、でも・・・初めの頃の緊張具合から考えたら、わからなくもないか。」 「初めの頃って・・・」 そういえば、はじめは郭くんとまともに話せていなかった。 話したこともなく、こっそりと郭くんを見ていたときも、話すようになってからもしばらくは。 同学年と予想はしていても、敬語を崩すことは出来なかったし、ちょっとした会話さえもうまく出来なかった。 そんな自分を思い返して、思わず頭を抱えてしまうくらいには、緊張しきりだった。 「慣れるとこうなるのか。」 「こうなるって・・・いい意味に聞こえないんだけど。」 「褒めてるんだよ。」 「そう聞こえないもん。」 「ハイハイ。拗ねない拗ねない。」 過去の自分の行動を恥ずかしく思ったけれど、それが笑い話になるくらい、私たちの関係は変わったということだ。 昔の郭くんだったら、私が怒っていようが拗ねていようがお構いなしで、おそらく無視や罵声でも浴びせられていたことだろう。 そう思うと、からかわれているのに、なんだかくすぐったい。 「女子の手作りお菓子って男子は大体喜ぶと思うし、余るくらいなら渡してみれば?」 「嫌いって即答した郭くんに言われても、説得力ないんだけど。」 「俺は例外。さっき話した友達なんてのこと知らないのに、女子が作ったものっていうだけでがっついて食べてたし。」 「そ、そうなの?」 「元々食い意地はってるのもあるけど。と同じだね。」 「だから私は食い意地はってないってば!」 「ああ、そうだった。」 「心がこもってない!」 女の子として見られていないことを悲しく思った。これからの進展を望めない関係を寂しく思った。 けれど彼は、男女なんて関係なく、私を知って、見てくれている。 「ああ、でも、いざというときの武器に残しておいてもいいかもね。」 「武器?」 恋愛という括りに縛られる必要はない。 だって私たちの関係はある意味、恋愛よりも特別なもの。 「好きな人が出来たら、その人だけに渡してみなよ。」 恋愛と友情の境界線に、誰もが納得する明確な答えなんてない。 けれど、私たちの関係には、既に答えが出ている。 男と女で性格も言動も価値観も違っていても。 変わらないとわかっているからこそ、私たちは安定し安心できる関係でいられる。 そんなの、とっくに知っている。 それでも私は、彼の何気ない一言に不意に揺さぶられてしまうんだ。 TOP NEXT |