「これ、読み終わったから返すよ。結構面白かった。」 「やっぱり?郭くんなら、そう言ってくれると思ったんだよね。」 はじまりの印象が嘘だったのかように、彼と自然に話をするようになった。 初めて出来た読書仲間で、読んだ本の話題が通じることが嬉しかった。 相変わらずからかわれることは多かったけど、馬鹿にされるようなことは減ったように思う。 「もう1冊は、先の展開が読めちゃったけどね。」 「そうかなー。私、全然わからなかったよ。」 「、数は読んでても、読解力足りてないんじゃない?」 「な、なんですって!」 「というより、推理系に弱いのかな。現実でも簡単に騙せそう。」 「・・・郭くんみたいな人は、最初から警戒して疑ってかかるから大丈夫だもん。」 「言ってくれるね。」 見せる表情も柔らかくなった。 はじめて向けられた笑顔は敵意すら感じたというのに。 お互いの好きなもののことばかりを話していて、深い話をするような仲になったわけじゃない。 すごく盛り上がって大笑いするようなこともない。ただ、なんてことのない他愛のない話で、お互い静かに笑いあう。 ちゃんと友達になって、下心なんてなかったと証明したかった。 でも、もうそんな建前なんて忘れ、彼と過ごす時間を心から楽しんでいる自分がいた。 友達協定 夕方、郭くんの姿を見かけることがある。 人が多くてなかなか声をかけられず、離れた場所から彼を見ていると、無表情ながら不機嫌そうにしているのが見てとれた。 彼が朝早くの電車に乗っている理由は、人ごみが大嫌いだから、だそうだ。そのときの会話を思い出して苦笑する。 そういえば、彼と友達になったあの日も夕方の電車だった。 見知らぬ女の子が一緒にいて気まずい雰囲気だった、なんてこともあった。 いつも穏やかな朝とは違って、夕方は何かしらの変化が起こっているなあ、なんてぼんやりと考える。 「郭くん!」 女の子の声が聞こえた。この間の子とは違って同じ学校の制服・・・友達だろうか。いや、もしかしたら彼女という可能性も・・・。 郭くんとはそういう話は一切していなかったけれど、私が彼に会うのは基本的に朝だけだし、帰りに関してはいつも一緒に帰るような子がいるのかもしれない。 「・・・なに?」 「偶然だね!私もこの電車なんだー。」 「そう。」 「ねえねえ、郭くんこの後時間ある?偶然同じ車両に乗った縁ってことでさ、遊びにいかない? せっかく同じクラスになったんだし、私、郭くんと話してみたかったんだ。」 なんだかデジャヴを感じた。 そうか。ああやってサラッと、自然な感じで言えばよかったのか。 誰だ。私と友達になってくれませんか、なんて使い古されたストレートすぎる台詞を使ったのは。 「俺は用ないし。」 「用なら作ればいいじゃーん。クラスメイトと親睦を深めるってことで!」 「別に深めたくないし、そもそも偶然だとか縁があるとか、自分で作った状況なのによく言えるね。」 「え・・・」 「俺が今日、ユースの練習がないこと知ってたんでしょ。 だから帰り道、後をつけて、偶然同じ電車に乗ってるように見せかけた。」 「そんなことないよ!」 「駅までは友達数人も一緒だから、俺が一人になるのを待つ・・・だっけ?その計画、全部聞いてるんだけど。」 「だっ・・・誰から!?あっ・・・」 「俺、小細工とか嫌いなんだ。」 周りの気まずそうな雰囲気をものともせず、颯爽と電車から降りる郭くんを見送りそうになりながら、私も慌てて電車を降りた。 郭くんって基本的に冷たいのだろうか。 確か、前に見た女の子にも冷たい人だと罵られていた気がする。 さっきの子は確かに郭くんに嘘をついていたみたいだけど、好きな人に近づくための可愛い嘘だとも思える。 私だったら、ちょっとドキッとしてしまうかもしれない。偶然とか、運命的な出会いなんて、いかにも女の子が好きそうなシチュエーションだ。 「?」 「!」 「やっぱり。同じ電車に乗ってたんだ?」 「う、うん。」 気のせいだろうか。 先ほどまでの氷のような冷たい無表情が、少しだけ和らいだ。 私を見て少しでも安心してくれた・・・なんて、まさか。自惚れが過ぎるよね。 「・・・。」 「・・・。」 「ああ、見てた?」 「み・・・?あ、う、見・・・見てしまいました。」 「なんで申し訳なさそうにしてるの?こっそり覗きでもしてた?」 「してません!・・・だけど、その、あまり見られたくなかったかなって。」 「別に。隠すようなことはなかったし。」 郭くんはいつも堂々としてて、潔いなあ。 私が同じ状況だったら、やっぱりきまずいし、どんな顔していいのかわからなくなると思う。 彼があまりに普通にしているから、私はそのまま思っていた疑問をぶつけてしまった。 「郭くんってさ、もしかして、女の子が苦手?」 「そんなことないけど。どうして?」 「さっきのと、ほら、随分前になるけど、駅のホームで女の子と言い合ってたり・・・。」 「ホーム・・・って、ああ、そういえばらしき人がいた記憶があるな。あれか。」 「あれって・・・そういう記憶がいくつもあるの?」 驚く私を見ながら、郭くんはひとつため息をついて、時計を見た。 乗り換えの電車が来るには、まだ時間がある。ホームの椅子に座り、私もその隣に腰掛けた。 「・・・まあ、割と。」 「遊びに誘われるとか?」 「それはまだマシ。告白してきて断っても何度も付きまとわれることもあるし、何人もの女子を引き連れて見世物みたいに囲まれたこともある。 学校に私物を置いておくと、いつの間にかそれが無くなってたりね。」 「・・・そ、それは・・・本の中の物語ですか?」 「現実です。残念なことに。」 「そうなんだ・・・。」 「中学のときが特にひどかったし、まだ子供な分うまい対処法も思いつかなくて、ストレスも大きかった。 だから、ああいう小細工なんてされたら、余計に信用なんてできない。」 モテるだろうとは思っていたけれど、私の想像以上だったみたいだ。 平凡な私にはわからない世界。好かれすぎて逆に迷惑だなんて、そんな人が本当にいるんだ。 「俺のことをそういう対象に見てるっていうだけで、まともに付き合えなくなることも多かったから、身構えるのは確かかな。 それまで普通に話してたと思ってたのに、ちょっと関係が変わっただけで、束縛されたり独りよがりな考えを押し付けられて冷たいって言われるし。」 「・・・。」 「相手のことを考えずに好意を示されても迷惑。好きだから何をしてもいいってわけじゃない。」 友達になりたいと言った私に、彼がため息をついた理由がわかった気がする。 自意識過剰ともとられかねない制約をつけたのも。馬鹿にしたり、嫌味を言って、私を試すようなことをしていたのも。 そして今、自分の過去を話してくれるくらいには、心を許してくれているということも。 「こんなこと、に言っても仕方ないけどね。」 「・・・そうかもしれないけど。でも、話を聞くことくらいはいつでも出来ますよ?」 「へえ、優しいね。」 「あらら、私はいつでも優しいのに。」 「てっきり貸しを作って、黒猫シリーズを貸せって言うのかと思った。」 「貸してくれる気になった?」 「貸さないけど。」 「くっ・・・!って、ちがーう!そんな条件つけなくたって、話くらい聞くよ!だって、」 「「友達でしょ?」」 私の言葉を予想して、郭くんが声を重ねた。 目があって数秒。思わず二人で吹き出す。 意地になって、嫌味のように繰り返されていた言葉。 でも今は、本当の意味で使えるようになった。 友達だから、安心できる。 気を許して悩みだって話せる。 私がそれ以上にはならない存在なのだと、初めからわかっているから。 仲良くなっていけることが嬉しかった。 徐々に近づいて、笑いあえるようになったことが嬉しかった。 嬉しくて、だけど少しだけ、寂しかった。 TOP NEXT |