「おはよう。」 「おはよう。」 遊びに行ったり、笑いあったり、自分の趣味を嬉々として語り合ったり。突然そんな関係になれるはずもない。 変わったことと言えば、顔をあわせればお互い挨拶をするようになり、隣あわせに座るようになったことくらいだ。 その後は今までどおりにそれぞれの時間を過ごし、時々思いついたように他愛のない会話をかわす。 彼と話すようになった直後は、緊張し必死で話題を探していたけれど、そんな私をあざ笑うかのように郭くんはマイペースだった。 会話が途切れても慌てたりしないし、それどころか必死な私を鼻で笑うような態度。 一人であたふたしている自分が馬鹿みたいだった。 私が横で話をしていようが、緊張していようが、黙っていようが、何をしていても彼にとっては些細なことなのだ。 「・・・なに?」 「え?」 「無言でじっと見ないでくれる?怖いから。」 「失礼な!」 からかうために受け入れた『友達』の申し出に、予想外に乗っかられてしまったがためのイレギュラーな存在。 気遣いや愛想の無さに怒って、私が去っていったとしても、彼にとっては痛くもかゆくもないんだろう。 緊張しても、気負っても、仕方がない。 友達協定 一度割り切ってしまえば気が楽だった。 顔をあわせるのはほとんどが朝、電車に揺られる15分ほど。 タイミングや話題があえばその15分を会話に費やすこともあるし、ほとんど喋らない日もある。 不思議と居心地は悪くなく、緊張が解けるまでにそう時間はかからなかった。 「郭くんってさ。バイトとかしないの?それとももうしてる?」 「してないし、するつもりもないよ。」 「お小遣いたくさんもらってて必要ない、とか?」 「サッカーあるし。」 「・・・サッカー?・・・・・・って、もしやサッカー部!?」 「なんでそんなに驚いてるの。学校では入ってないけど、クラブチームに入ってる。」 「郭くん、運動系じゃないと思ってた。」 「はいかにもな文化系だよね。意外性、期待していい?」 「・・・残念ながら見た目どおりですけど。」 「だろうね。」 「・・・。」 よく顔をあわせてはいても、会話量に比例して、彼自身を知ることは少ない。 初めに抱いていたイメージとは、性格も含め、どんどんかけ離れていったけれど、それが新鮮で楽しくもあった。 「いつも荷物が多いなあって思ってたんだ。放課後はそのクラブチームに行ってるの?」 「うん。」 「だから夕方はほとんど会わないのかあ。部活か委員会でもあるのかと思ってた。」 「夕方、何の用事もないは、バイトでもしようと思ってるんだ?」 「人を暇人のように・・・。」 「違うの?」 「・・・そう、バイトしようかなって。」 「暇だから?」 「お小遣いがね、足りなくて。」 「暇してるのに?」 「あーもー!スルーしてごめんね!どうせ帰宅部で遊びにも滅多に行かない暇人ですよ!」 「そんな自分を卑下しなくてもいいのに。」 「誰が言わせたの!」 静かな彼は見てるだけでも心が穏やかになりそうなのに、話し始めるとこれだ。 心穏やかとは程遠く、からかわれてはムキになって、いつの間にか彼のペースになり振り回されてしまう。 「本が欲しいの。シリーズ物。」 「ってたくさん持ってそうだけど。小遣いが足りなくなるほどなの?」 「だって私が読みたいのは学校の図書室にも、市の図書館にも揃ってないんだもん。」 「そんなにメジャーじゃないんだ?」 「それほど名は知れてないかもしれないけど・・・でも、面白いんだよ!?」 「ふーん。」 「しかもハードカバー版しかないから高いし!せめて文庫本になってくれたら・・・!」 「どうせ図書室にも通い詰めなんでしょ。揃えてもらうよう頼んでみたら?」 「通い詰めどころか、そのために図書委員になったよ?でもね・・・たかが1生徒、そして1年生の意見なんてあってないようなものだった・・・ 世間は若者に活字を読めって推奨してるくせに、読みたいって言ってる本を揃えてくれないなんてひどいよね!」 「職権乱用。」 「だから、乱用しようとしたけど出来なかったんだってば!」 「・・・っ・・・そんな、堂々と主張されても・・・」 普段あまり表情を変えない彼が笑うのは嬉しかった。 それは最初の頃に見せた、人を馬鹿にしたり、蔑んだりするようなものじゃない。 話す量は多くなくても、一緒にいる時間は増え、少しずつでも距離が縮まっているような気がした。 初めはなんて失礼な人だと思ったけれど、彼に好意を持っていた時点で、私の負けだったのだ。 こんな些細な変化で、怒りよりも意地よりも、嬉しいという気持ちが勝ってしまうのだから。 「ちなみに何の本?」 「茜空と碧空シリーズ。ミステリーがメインなんだけど、ストーリーも人物設定もしっかりしてて面白いんだ。 茜と碧で視点と結末が違うの。でも話自体は繋がってて・・・」 「・・・。」 「知らない?」 「・・・なんというか、ことごとく・・・」 「・・・・・・・・・まさか、持ってる・・・?」 「・・・。」 「持ってるんだ!ずるい!」 「なんで俺がずるいの。」 「既刊ぜんぶ?自分で買ったの?」 「親が好きなんだよ。」 「ずるいー!!」 私の家で本を一番読むのは私だ。 親も読まないわけではないけれど、ごくごくたまに読むというレベル。 友達にも読書家はいないから、私は自力で買ったり、探し出したりするしかない。 だからこういうとき、同じ趣味の誰かが傍にいるというのがすごく羨ましい。 同じ趣味の・・・ 「・・・郭くん。」 「何?」 「郭くんが読みたい本ってない?」 「は?」 「私、持ってるかもしれないし、図書館もよく行くから、あるところ知ってるかもしれないなあって。」 「・・・。」 「・・・。」 「素直に言えば?」 「貸していただけませんか!」 そう、私たちは友達なのだ。 たとえ繋がりが深くなかろうと、たまに話す程度で仲が良いわけでなくても、友達になったのだ。 この間の黒猫シリーズといい、今回のことといい、実は私と郭くんの好みは割と似ているみたいだ。 「必死だね。」 「お財布事情が関わってるので。」 「俺が素直に貸すと思うの?」 「うん。」 「よく即答できるね。」 「だって私たち、友達でしょう?」 どうだ、これ以上の理由があるかとでも言うように笑みを浮かべた。 友達になりたいと言った私を彼は受け入れたのだ。否定はできないだろう。 友達だからって、すべての物の貸し借りが簡単に出来るかと言われれば、それはまた別問題だけれど。 ・・・これがきっかけで、チャンスとばかりに、絶交しようとか言われたらどうしよう。 「ってさ、もっと大人しい人かと思ってた。見た目もそうだし、いつも本を読んでばかりだったし。」 「え?そう?」 「本のことになると人が変わるみたいにテンションあがるし、堂々と職権乱用しようとするし。」 「・・・見た目とのギャップなら、郭くんも人のこと言えないと思うけど。」 「へえ、どう思ってたの?」 「・・・・・・本を貸してってお願いしたら、もちろんだよ、いいよって優しく笑って快く貸してくれるかと思ってた。」 「、しつこいって言われない?」 知的で静かで穏やかで、優しい笑顔を浮かべながら、話を聞いてくれる。 そんな想像をしていたなんて、なんだか気恥ずかしくて言えなかった。 ・・・もしそう言ったら、どうせまた鼻で笑われるだろうし。 「・・・やっぱりダメかあ。でも郭くんの親のだもんね。元々無理だったかもしれないし、仕方ないや。頑張って自分で買うよ。」 「別に貸さないとは言ってないけど。」 駅への到着を知らせるアナウンスにまぎれて聞こえた言葉に、驚きながら彼を見た。 郭くんはそんな私などお構いなしに、鞄を持ち席を立ち上がって、こちらを振り向く。 「その代わり、のおすすめ持ってきてよ。」 それは、優しく笑って快く、とは程遠かったけれど。 彼なりの『友達』の証だったのだろうか。 TOP NEXT |