彼に好意を持っていたことは本当だ。
たくさん話して、仲良くなって、もしかしたらその先・・・なんて下心が全然なかったとは言わない。
だけど何より大きかったのは、純粋に、ただ話してみたいという気持ちだった。



「ただの友達。それ以外には絶対にならない。」



それなのに、その気持ちに対する彼の答えは一体何なんだ。
確かに彼はモテるのだろう。その見た目や雰囲気から考えれば明らかだ。
しかし、私は告白をしたわけじゃない。ゆくゆくは恋人になりたいだなんて一言も言っていない。
一体何様なんだ。そんな人だとは思わなかった。



「それでいい?」



ふざけるな、バカにするなと怒って、帰ってしまえばよかった。
でも、ただの下心から声をかけたと思われるのは癪だった。





「いいよ?それ以外の意味なんて無かったし!」





売り言葉に買い言葉。
意地の張りどころを間違えた気がする。だけど、もう後に引くことはできなかった。

彼は少し驚いた表情を浮かべた後、それで良いならどうぞ、とでも言うように笑った。
応えて笑った私の表情は、おそらく引きつっていただろう。



その日、私たちは友達になった。
特別な何かを感じたわけでもなく、あとで話せるような感動的な繋がりも無く、意地の張り合いから始まった言葉だけの関係だった。













友達協定














次の日、駅に向かう私の足取りは重かった。
今日もいつもどおり、彼は駅にいるだろう。

助けてもらって嬉しくて、仲良くなれるかもなんて夢を見て、声をかけるんじゃなかった。
憧れは憧れのままにしておけば、憂鬱になることもなく、彼の姿を見るだけで幸せな気持ちになっていただろう。
いっそのこと出かける時間をずらして、顔を合わせないようにしようか。
いやいや、それこそ格好がつかなくなって逃げたと思われる。そう、私は純粋に彼と話したかった。
下心なんて無・・・かったとは言わないけど、彼にため息をつかれるような、鼻で笑われるような行動はしていない。

そうだ、思えば笑われるような行動をとっているのは彼ではないのか。
いくら明らかにモテるような外見をしていたとしても、私にその気はなかった。
それなのに、友達以上にはならないなんて、完全なる勘違いだ。そう、自意識過剰な発言だったはずだ。

笑い返してやればよかった。私にはそんな気全然ないのに、何言ってるのって。
強がってムキになっている場合じゃなかった。もっと冷静になれば一本とってやれたのに。





「それって癖?」

「何が・・・って、ひゃああ!!」

「化け物を見たような悲鳴あげないでよ。」





突然かけられた声。
知り合いのいなかった朝の駅で、誰かに話しかけられることなんてなかった。





「っ・・・え、えっと・・・」

「おはよう。」

「・・・お、おはよう、ございます・・・。」





さらにそれが、今考えていた人ならば、悲鳴もあがるというものだ。
私が話しかけでもしない限り、無視されたり、迷惑そうな顔のひとつでもされるかと思っていたし、
まさか、彼から声をかけてくれるとはまったく予想していなかった。
見た目に反して、割と明るくて誰とでも気さくに話すタイプだったり・・・





「なんでそんなに怯えたような顔してるの?」

「え、」

「友達なんでしょ?」





私の様子を窺うように笑みを浮かべる。

その笑顔は気さくとは程遠い。私をからかって、反応を見て面白がっているんだ。
友達になりたいって言ってたのに、やっぱり下心があったんだって、そう言いたいんだ。

悔しい。思い通りになんてなってやるもんか。





「べ、別に怯えてなんてないし、びっくりしただけです。」

「そう?」

「そうです。」





電車の走る音が聞こえ、駅員さんのアナウンスが響く。
到着した電車に乗り込むと、一人分の隙間を空けて、彼の隣に座った。





「・・・。」

「・・・。」





・・・何を話せばいいんだろう。
話したいことも、聞きたいと思っていたことも、たくさんあったはずなのに。
いざ彼を目の前にすると、何も浮かんでこない。





「あの、」

「何?」





別に私が気を遣う必要なんてないのに、必死で話題を探す。
真っ白になった頭の中へ初めに浮かんだのは、今まで考えていた話題のどれでもない。先ほどの彼との会話だった。





「癖ってなんですか?」

「癖?」

「さっき。それって癖かって私に聞きませんでした?」

「ああ、よく一人で百面相してるよねって話。」

「・・・百面相?」

「思ってることが顔と動作に出る人なんだなと思って。
一人でガッツポーズしたり、にやけたり。さっきは怒ってるんだか、悩んでるんだか、笑ってるんだか、よくわからなかったけど。」

「なっ・・・!」

「昨日さ、自分の存在に気づいてなかったかもしれないって言ってたけど。気づかないわけないでしょ。」

「え?」

「可笑しな人だなって思ってたよ。」

「!!」





彼に持っていたイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていく。
なんなのこの性格の悪さは・・・!楽しそうに笑っていることにもまた腹が立つ・・・!
私を怒らせようとでもしてるのか。友達なんてなかったことにって言わせたいのか。





「ふ・・・ふふ・・・そうなんですかー。それは気づかなかったなあ。これから気をつけますね。」

「別にどっちでもいいんじゃない?」

「え?なんで・・・」

「俺には関係ないし。」

「っ・・・そ、そうですね!」





このとき、もはや残っていたのは意地だけだったんじゃないかと思う。
想像どおりじゃなくて、それどころかだいぶ性格が悪くても。
私を見下しているかのようなこの人と、きちんと友達になることが出来れば、一泡吹かせてやれたことになるんじゃないかって、そう思った。

だからといって、突然思い通りに仲良くなれるはずはなく。
私の気合もむなしく、彼は自分の鞄から本を取り出した。
私が隣にいて、今の今まで話していたというのに・・・!そりゃぎこちなくてつまらなかったかもしれないけど。

仕方なく私も本を取り出し、そちらに意識を集中することにした。
必死で話題を探したり、怒りを抑えたりするよりも、よっぽど気が楽だ。



それからは、いつもどおりの静寂が流れていた。違っていたのは、いつもは離れた席にいる彼が隣に座っていることだけ。
先ほどまであんなにぐるぐると目まぐるしく変化していた感情は、いつの間にか落ち着きを取り戻していた。
丁度良い場面まで読み終わり、栞をはさんで一呼吸する。
彼はまだ集中して読んでいるなあ。こうして見ているだけなら素敵な人なのになあなんて考えながら、彼の読んでいる本に視線を向けた。





「・・・あ!」





思わずあげてしまった声。しまったと口を抑えてももう遅い。
彼は顔を上げて、少し迷惑そうに私を見た。





「ご、ごめんなさい。大きな声出して。」

「いいけど。何?」

「え、えっと、それ・・・その本って・・・」

「これがどうかしたの?」

「黒猫シリーズの・・・絶版になってて、幻って言われてる・・・」

「・・・ああ。古本屋で見つけて・・・」

「どこの!?私も探したんだけど、全然見つからなくて諦めてて・・・!」

「・・・。」

「はっ!すすす、すみません!」





彼が手にしていたものが、私のずっと探していたものだったから、興奮して思わず詰め寄ってしまった。
私が掴んで出来た服の皺を直しながら、彼は本を鞄にしまう。

いつもブックカバーをしていたから、彼が私がよく読むシリーズを持っていたとは知らなかった。
貸してほしい・・・なんて言ってもダメだよね。絶版になっていて、手に入れるのがすごく難しいらしいし。



乗換駅に着き、揃って電車を降りる。
学校が違う私たちは、ここからは別々のホームへ向かう。





「それじゃあ私、こっちなので。」

「・・・あのさ。」

「・・・!なに?」





今、私の頭には彼の持っていた本のことしかなくて。
声をかけられて、もしや貸してくれるのかなんて、都合の良いことを考えた。
・・・まあ、そんなわけないんだけど。





「なんで敬語なの?同い年だよね?」

「やっぱり高1なんだ・・・。確信が持てなかったから、敬語の方がいいかなあと思って。
そっちこそ、なんで私が同い年だってわかったんですか?」

「駅に現れた時期と、真新しい制服を見たら予想はつくよ。」





同級生だろうという予想は出来ていたとしても、私にとって彼は憧れの存在だった。
緊張してしまうのも、気を悪くしてしまわないように敬語になってしまうのも当然だ。
今となってはそんな気を遣う必要なんてないとわかってはいたけれど、すぐに意識を切り替えられるほど、私は器用ではないのだ。





「じゃあ心置きなく敬語はやめるね。えっと・・・」





そこで初めて気づく。
そういえば年齢どころの話ではなく、私はまだ彼の名前さえ知らない。





「郭英士。」

「あ!はい、どうも。です。!」

「・・・っ自分の名前を言うだけで必死だね。」

「・・・人の表情や動作見て笑うのやめてくれる?」

「じゃあ笑わせないでよ。」

「くっ・・・」





見かけてから数ヶ月。友達になって2日目。
私はようやく彼の名前を知った。





「そうだ、この本。」

「え!?」

「そんなに期待した目をされても、貸さないよ。」

「・・・!!」





茫然とする私を一瞥すると、彼は背中を向け、行き先のホームへ向かって歩き出した。
表情はほとんど変わっていないのに、なんだか楽しそうに見えたのは気のせいだろうか。

近づいてみたいと思った彼は、想像とはかけ離れていた。性格は悪いし、意地悪だし、私ばかりが振り回されている。
それなのに、思っていたほど幻滅することもなく、がっかりすることもなかった。
なんだかそわそわして気持ちが落ち着かないのは、憧れていただけの頃の彼が、まだ私の中に残っていたからなんだろう。






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