「おい若菜!このヤロウ!!」

「いって!何だよ!!」





ざわついた朝の教室。朝練を終えた俺は、昨日の夜更かしと練習の疲れのせいで
机に突っ伏して心地よい眠りにつこうとしていた。





「隣の女子校の子から手紙もらっちゃったんだけど!」

「そんなの知るか!俺は眠いのー!お前の自慢はまた後でな!」

「俺じゃねえよ!お前にだっての!だからムカつくんじゃねえか!!」

「・・・へ?」





俺らの学校は男子校でしかも寮生活。それこそ女子の姿なんて見かけるはずもない。
そんなムサい生活の中で潤いが感じられる唯一のオアシスが、隣の敷地にある女子校だ。





「マジでー?!いやあ、モテる男はつらいねー!」

「うっわ、すげえムカつく!」

「また若菜かよー!いつも若菜か郭にじゃねえか!どうして俺たちのところには寄ってこねえの!世の中おかしい!」

「いやいや、女はいい男ってのがわかるんだよ。な、英士!」

「さあね。」

「やだ!またこの子格好つけちゃって!」





そんな中でたまにもらえるラブレターのようなものは、それはそれは羨望の的なわけで。
それを結構な頻度でもらえる俺と英士(一馬もたまにもらってるらしい)はそりゃもう優越感に浸れる。





「で、どうすんの?返事すんの?それなりに可愛かったけど!」

「マジ?!・・・うーん、でも俺、今はまってる子いんだよな〜。」

「うっそ!女大好き若菜がハマるってどんな子?!」

「そりゃもうお前、例えるならば天使!あの可愛さに叶う子は絶対いないね!」





恥ずかしげもなく自信を持って宣言する。
だって俺、マジであの子以上に可愛い子なんて見たことねえもん。





「何それ!お前がそんなこと言うなんて、どんだけすげえんだよその子!」

「そうだろうそうだろう。半端ねえぞあの子は!」

「結人、嫌われてるけどね。」

「それを言うなっての英士!」

「え、郭も知ってんの?マジでそんなに可愛いの?!」

「そうだね、可愛いと思うよ。」

「郭まで?!やっべえその子超見てえ!!」

「ていうか若菜が嫌われてるってどういうこと?女たらしの若菜が珍しいじゃん。」

「誰が女たらしだ!俺はいつだって自分の気持ちに正直なだけだ!」





ぐっ・・・英士が余計なこと言うから、へんな興味まで持たせちまったじゃねえか。
俺は天使のようなあの子のことを自慢したかっただけなのに!

そんな話をしてた、丁度その日。
なんとタイミングのいいことに、その子が俺たちの学校へとやってきた。
女に飢えてた男たちはもうお祭り騒ぎ。そりゃそうだ、だってあの子はマジで天使みたいに可愛い。



彼女を見つけて全速力で走り去った一馬を追って、俺と英士も彼女のもとへと向かった。
いやあ、寮に入ってからは会ってなかったから久しぶりだ。前に会ったときよりもきっとさらに可愛くなってんだろうな!





「おーい、ちゃーん!久しぶり!」

「久しぶり、。」





彼女の姿を見つけて、その名前を呼ぶ。
そう、天使のような女の子。俺が入れ込んでるのは真田。一馬の妹だ。

本当、マジでありえないんだって。
ふわふわサラサラの長い髪に、大きな目。
白い肌にピンクの唇。スラリと伸びた足・・・って俺変態みたいじゃねえか!
いや、違うぞ!断じて違う!これはあれだ、健全な男子高生の証拠だから!

ていうか何より信じられないのは、この天使が一馬の妹でしかも一馬大好きなブラコンってことなんだけど。





「あ、英士くん!久しぶり!!」

「え?俺は?!」





いや、あのさちゃん。
俺も挨拶したんだけど、むしろ英士以上に大声で手まで振ってみたんだけど。





「英士くん、お兄ちゃんと同じ学校なんて羨ましいなあ。」

「はは、一馬が寮に入っちゃったからは寂しいんだもんね。」

「そうなの!だから英士くんが羨ましすぎる・・・!!」

ちゃん!俺も、俺もこの学校いるんだけど!羨ましーいーかー?」

「黙れ結人。」





むりやり話に入り込んでみたら、天使に悪魔みたいなオーラを出して睨まれた。(でも可愛いんだけど)
もうマジで俺、泣きたくなる。

ちゃんが一馬にベッタリなのはわかるよ。ブラコンでシスコンなんだもんあいつら。
まあそれはいいよ。兄妹だから許せる。一馬のくせにとか思わない。許してやる。
でもさ!英士は俺と同じ立場なわけだろ?
大好きな兄ちゃんの親友なわけだ!なのにだ!何で俺にはこんな冷たいんだよちくしょう!



俺も見たい!ちゃんの笑顔が見たい!
他の奴らには冷たいのに特定の奴にだけ可愛くなるって超いいじゃん!それって男の夢!




ていうか、うん、まあわかってるんだ。俺が嫌われてる訳。





・・・思い出すな。彼女と初めて会った日のこと。





懐かしい・・・。





懐かしさと切なさで涙出てきそうだぜ。























『一馬!その子お前の妹?!すげえ可愛いな!』

『一馬妹いたんだ。』





それは俺たちがジュニアユースで仲良くなって、初めて一馬の家に遊びに行った日。
一馬の後ろに隠れて俺たちを見上げていたのがちゃんだった。
俺たちは妹を可愛がるような感覚で彼女に笑いかける。人見知りだったらしいちゃんが
ようやく隠れた体を出して、俺たちの前に出てきた。

そう、ここまではよかったんだ。





事件はこの後起こった。





『俺ちょっと飲み物とか持ってくるよ。、ちょっとだけ待てるよな?』

『う、うん!』

『悪いな一馬!』

『お構いなく。』





一馬が飲み物をとりに部屋から出ると、少しだけ緊張した様子のちゃんが目に入った。
ああ、俺もこういう妹欲しいなくそう。こんな子を隠しとくなんて一馬の奴め、相当なシスコンだな。





『あの・・・ふ、ふたりは・・・』

『ん?あ、俺結人ね!』

『俺は郭英士。』

『あ!わたし、真田です!』





思い出したように焦った顔で挨拶までして。
もう何この子。お持ち帰りしてえええ!!





『で、どうしたのちゃん。』

『ふたりはお兄ちゃんのお友達なんだよね・・・?』

『おう!つーか、俺ら一馬の保護者だよな!英士!』

『ほごしゃ・・・?』

『あいつ、俺らがいないとダメダメなんだもん。ナイーブだしー、ヘタレだしー。』





俺はいつも一馬をからかう調子で話を続けていたんだけど、
その時の雰囲気を読むべきだった。空気読めてなかった。もう遅いけど。





『そんなことないよ!お兄ちゃん格好いいんだから!なんでもできるんだから!』

『えー、まっさかあ!』





兄ちゃんをかばって、顔を赤くして怒るちゃんがあまりに可愛かったから。
俺はちょっといたずら心を出してみたんだ。そう、本当にちょっとの気持ちだったんだ。





『だよなー!なー!英士!』

『・・・。』





英士は同意もせずに無言のままだ。
何だよノリの悪い奴だなあと思ったのも束の間、出てきた英士の言葉に俺は耳を疑ってしまった。





『そんなことないよ結人。一馬はいつも俺たちを引っ張ってくれてるじゃない。』

『ええ?!』

『俺は一馬を尊敬してるよ。アイツと友達でいれることはすごく嬉しいことだと思う。』

『はあーーー?!どうした英士!お前がそんなこと言うなんて!熱でもあんのか!』

『やだなあ結人。俺は本気だよ。結人の方こそおかしいんじゃないの?』

『おかしくねー!一馬はいじめてこそナンボのキャラじゃんかよー!!』





その台詞を言った瞬間。
何も変わってなんかいないのに、部屋の空気が重くなった気がした。





『・・・いじめ・・・?』





あれ、今そこにいた可愛い子はどこ行った?
俺らに緊張しながら話しかけてきた奥ゆかしい、癒しオーラの女の子は?





『おにいちゃん・・・いじめてるの・・・?』





そして俺はようやく理解した。
俺らに会ってから終始一馬にベッタリだったこの子は、ただの人見知りではなかったのだということを。





『そうやってうそばっかりついて、お兄ちゃんにひどいこと言ってるんだ・・・!』





この子は相当なブラコンだ・・・!
しかも思い込みも激しいときた!





『ちょ、ちょっと待ってちゃん・・・!これは友達としてのコミュニケーションというものでね?』

『うるさいうそつき・・・!ヘラヘラ顔!はっぽうびじん!』





いたっ・・・!いたたっ・・・!全部外れてるって言えないから余計痛い!
ていうかどこでそんな言葉覚えたの・・・?!





『落ち着いてちゃん。』

『・・・えいしくん・・・。』

『仕方ないんだよ、一馬みたいに完璧な奴滅多にいないから・・・。アイツも悪気はないんだ。ただ、ねたんでるだけで・・・。』





コラー!!英士ーーー!!

お、お前、自分だけ難を逃れようとしてるな・・・?!
は!ていうかさっきの発言もいち早くちゃんの性格に気づいたからじゃねえか!
この策士!抜け駆け!薄情者ーーー!!





『えいしくんみたいな人がおにいちゃんのお友達でよかった・・・!』





ぎゃー!何その笑顔!超可愛いんだけどー!!





『やだな、大げさだよちゃん。俺は本当のことを言ってるまでだから。』

『ふふっ!ありがとうえいしくん!』





英士ー!!何その笑顔!お前の笑顔は胡散臭い!!





ガチャリ





『お待たせ・・・って何してんだお前ら。』

『一馬ーーー!!』





飲み物やら茶菓子やらを手に、ようやく戻ってきた一馬に駆け寄る。
すると先にちゃんが一馬の傍にはりついた。





『おにいちゃん!この人わるい人だよ!おにいちゃんのことひどく言った!』

『は?』

『言ってない言ってないー!俺も一馬素晴らしいと思う!』

『・・・は?』





一人だけ状況がつかめていない一馬はほっておいて、俺も英士と同じように一馬を褒め称えてみる。
だって、俺だけこの子に嫌われるって嫌だし!ていうか俺にもあの笑顔を見せて!





『おにいちゃんが来たらいい人のフリした・・・!』





ギャー!!逆効果ーーー!!





『・・・っ・・・。』





英士ー!お前は笑ってないでフォローをしろフォローをー!!
俺のピンチが見えないのか!!





『バカだね結人。』





違ーう!欲しいのはそんな言葉じゃねえ!
つーか何その爽やかな笑顔!お前の爽やかな笑顔は胡散臭い!





『もうやだ!あのひと嫌い!おにいちゃん、あんな人が友達じゃかわいそうだよー!!』

『え、ちょっ・・・』





一馬!お前が最後の頼みの綱だ!
なんとかしてくれお兄ちゃん!





『そりゃ結人はすぐ調子に乗るし、面倒なことは人に押し付けるし、しかもそれを笑ってごまかすような奴だけど・・・
でもいいところも
『帰れゆうとーーー!!』





バカー!バ一馬ーーー!!そんな落として上げる高等技術を今使うなバカー!!
最後のいいところって全然聞こえてないよこの子!!もう何も聞かないよ絶対!!



















と、言うわけで、ちゃんは俺を悪い奴と思ったまま成長してしまったのでした・・・。せつねー!何この切なさ!!
ああ懐かしい。あれ、おかしいな目の前が霞む。

なんて、過去の悲しい思い出を思い出してたら、どうやら一馬たちはここから移動するみたいだ。
まあそりゃここうるせえもんな。ていうか、こんな男に囲まれてたら一馬の胃が大変なことになりそう。





、俺も一緒にいていいかな?」

「うん、英士くんならいいよ!」





英士が優しく問いかける。勿論ちゃんも優しく笑う。
そして俺もそこに便乗してみる。





ちゃん、俺も・・・」

「結人は来なくていいよ。」





まだ言ってない!最後まですら言葉言ってないのに・・・!!
もう俺たち会ってから何年経ってると思ってるんだ!そろそろ俺にもその天使の笑顔を・・・!





俺の話を聞いた奴がいたら、ここまで毛嫌いされて何でそんなに必死になれるんだって思うだろう。
だけどな、だけどな?!それはこの子の可愛さを見てから言ってくれ!!

小さい頃はただの妹みたいな子だった。いや、もうその頃から天使だったけどね!
でもその子も段々成長してくるわけで。可愛さも綺麗さも増してくるわけだ。
本当この子の可愛さは限度を知らない。最後には神にでもなるんじゃね?





小学生がどうした。年の差がどうした!
この子の可愛さの前にはそんなもん塵と化す!





は一馬以上の男じゃないとダメなんだもんね?」

「うん!」

「あの人たちは全然届いてないもんね?」

「当然っ!」





そうそう、今はまだ小学生なんだよなこの子(見えないけど)
だから一馬にベッタリのブラコンなわけで。もう少ししたらきっと、違った世界も見えてくるはず。
俺の魅力に気づくのはもうちょっと先だな!きっと大人になって見えてくるものもあるはずだからな!





「結人は?」

「圏外!」

「ぐはあっ!!」





・・・うん、いいボディブローだった。
まあいい、ガードが堅いことはいいことだ。





「・・・ふーん。」

「英士くん?」

「じゃあさ、俺は?」

「えっ・・・?」





・・・ええーーー?!
おまっ・・・ガードは?!ガードはーーー?!
英士は俺なんかよりよっぽどひどい男だぞ!悪い男なんだぞ?!
何顔赤くしてんの?!ああもう、言葉につまってるちゃん可愛いな!!






いかんいかん。それはいけないぞちゃん。
英士なんかに惚れたらやけどなんかじゃすまないぜ!

一馬は頼りないし、やっぱり俺が守ってやらなければ!
そしてゆくゆくはあの天使の笑顔をゲットだぜ!



そんな決意をしているうちに、一馬とちゃんはこの場から去っていった。
ちゃんがこちらに向けて笑顔で手を振る。





「じゃあね、英士くん!」





ねえ、だから俺は・・・?!





まあでもホラ、いやよいやよも好きのうちって言うし!





きっといつか、そう、ちゃんがもう少し大人になったら。
この想い伝わるよ!な!





俺はそう信じてるからな!ちゃん!









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