可能性が低くても





縋れるものがあるのなら。






諦めない、諦めたくない。















落ちてきた天使


















「チャンスをあげる。」

「・・・え・・・?」





委員長に手を引かれてやってきたのは、大きな水鏡の前。
ゆらゆらとゆれる水面には、何も映っていない。





「天使長様と話をしたわ。」

「天使長様・・・?」





そうか、そういえば委員長は天使長補佐に昇格したんだった。
そりゃ天使長様とも話すことはできるだろうけど・・・。





「アンタの最近の状態と、今後の処置について。」

「・・・?」





何を言っているのかわからない。
私はただただ疑問の表情で委員長を見上げていた。





「知ってる?うちの天使長様はサポートパートナー廃案に反対している第一人者。
そして、アンタの母親の先生でもあったの。」

「お母さんの・・・?!」

「天使長様は悔やんでいらっしゃったわ。アンタの母親を止められなかったこと。
でも、最近のアンタを見ていて、考え方が変わったんですって。」

「・・・私・・・?」





委員長が目の前の大きな水鏡に手を向けた。
大きなうねりと共に、そして映し出されたその光景は。







「・・・英士・・・!」







結人と一馬と一緒に笑っている英士の姿。
私がいなくなってからも変わらぬ日常を過ごしている。






「そう、アンタの好きな郭くんよ。」

「英士の姿を見せるために連れてきてくれたの?!」

「そうね。だけどそれだけじゃないわ。」





委員長がもう一度水鏡に手を触れると、英士の姿が消える。
そしてまた、何も移さないただの鏡に戻る。





「・・・私、常々アンタがクラスには必要ないって思ってたわ。」

「なっ・・・!委員長までひどい!」

「だって当然でしょう?アンタ一人のせいでどれだけうちの平均点が下がったと思ってるの?
委員長評価も一緒に下がって踏んだり蹴ったりだわ。」

「だ、だってしょうがないじゃん!人には向き不向きというものがあるんだよ!」

「そうね、だから思うの。」

「・・・?」

「貴方の居場所は、ここじゃないのよ。」

「!!」





私はその言葉に驚き、委員長を見つめた。
彼女は全く表情を変えず、飄々とした顔で言葉を続けた。





「天使長様は言ったわ。貴方の母親を元の天使に戻そうと、彼女の編み出した力を自分も研究したと。」

「・・・え・・・?」

「それを結局使うことはなかったけれど、天使長様はそれを完成させている。」

「・・・委員長、何が・・・言いたいの?」

「わからない?天使長様なら、アンタの母親と同じことができるのよ。」

「・・・それって・・・!!」

「早とちりしないで。」





目を輝かせた私に、委員長の冷たい言葉が突き刺さる。
何さ、思わせぶりな言い方したのは委員長のくせに。





「何か?」

「いえ、何でもありません。滅相もございません。」

「・・・。」





なんか委員長・・・。英士属性だ。
なんていったら、お互い怒るだろうか。





「何笑ってるの?ここからが本題よ。」

「イエッサー!」

「・・・そのテンション嫌いなのよ。さっきまでの大人しさはどこに行ったの?」

「宇宙の彼方へ!」

「・・・聞きたいことはひとつよ。」

「(スルー!)何?」









「貴方は、人間になりたい?」









委員長の問いに一瞬、言葉がつまった。
それはその問いの答えに迷ったわけじゃない。
未だに残る後悔。私がそれを望んでいいのかわからなかったから。



だけど。





「俺は、不幸になんてならないよ。」



は俺と一緒にいたいの?いたくないの?」



「それだけわかってれば充分でしょ。」





それを望んでいいのだと、教えてくれた人がいるから。











「なりたい!」











その言葉は、迷いなど吹き飛ばして私に勇気をくれる。







「・・・そう。ならば、チャンスをあげるわ。」

「チャンス?」

「賭けをするの。」

「賭け?」

「貴方が勝てば、人間に。負ければ、一生ここにいてもらう。郭君の姿をこうしてみることも禁止よ。」

「!」

「それでも、賭けてみる?」





委員長の全く変わらない表情。
なんだかとてもプレッシャーを与えられている気がする。
だけど、このまま何もせずにこの気持ちを終わらせることなんてできない。

だから。





「上等だ!私はやるよ!委員長!!」

「そう。わかったわ。」

「で、私は何をすればいいの?!」

「アンタがすることなんて、何もないわ。」

「は?」





せっかく気合を入れたのに、委員長の言葉に拍子抜けする。
じゃあ一体何が条件だというのだろう。








「賭けの内容は、彼が・・・」








水鏡がゆれ、再度英士の姿が映し出される。









「郭英士が貴方のことを思い出すかどうか。」

「!!」









心臓の音が、少しずつ早くなっていくのがわかる。
私自身の力で封じられた英士の記憶。
いくら私の力が弱くても、直接契約したその力はあまりにも重い。

思い出す確率は、きっととても低いはずで。








「怖気づいた?」

「・・・全然!」

「期間は1ヶ月。任務と同じ期間ね。」


















それから私は、委員長と一緒に毎日この水鏡を見に来た。
私がいなくても続いていく英士の日常。

結人や一馬と一緒にいて、笑って、時々タレ目さんとケンカをして。
私が来る前の日常に戻っただけ。もしかしたらもう私を思い出すことなんてないのかもしれない。
日に日にそんな不安が自分の胸を襲った。少しずつ水鏡を見ることが怖くなった。

そんなとき、いつも私と一緒にこの場所に来ていた委員長が私に話しかける。





「天使長様はね。」

「・・・え・・・?」

「術が完成したとき、すぐさま貴方の母親を天使に戻そうとしたそうよ。」

「!」

「だけど、そのために向かった人間界で・・・天使長様は見てしまった。」

「・・・何を・・・?」

「貴方の母親の、見たこともないような幸せそうな顔。」

「・・・!!」





今も人間界で暮らしているお母さん。
私が安易に力を使い、引き離されてしまった人。
強くて、優しくて、私を守ろうとしてくれた。
お母さんはいつも、笑っていた。だから私もこの場所で笑えていた。





「その時、思ったそうよ。本当の幸せとは何なのだろうって。」

「・・・。」

「天使長様にとっては、人間界で暮らすことなんて不幸でしかなかったの。
人間なんて限られた寿命で醜い争いばかり。貴方の母親もそのうち嫌気がさすはずだって。
そうなる前に、こちらの世界に戻してやりたかったって。」





委員長の表情は相変わらず、何も読み取れなくて。
だけどこうして1ヶ月近く、今まできちんと話したことのなかった委員長と話して。
彼女が冷たいだけの人ではないことはもう、わかっている。





「アンタがこちらの世界に連れてこられて。ずっとイジメられてきたのも見ていた。
母親を知る人たちがアンタのせいで彼女はいなくなったと嘆き、冷たく接していることも知ってた。」

「・・・。」

「天使長様はアンタを助けることなんてしなかった。正直、どう扱っていいのかわからなかったから。
だけど、アンタはいつでも笑ってた。誰の陰口にも負けることなく。」

「あはは、だって・・・笑うしかできなかったからね。私には。」

「それは何故か。それは、アンタが両親の側にいた短い時間があったからでしょ?」

「!」

「それを支えに出来るくらいに、幸せだったからでしょう?」





私は目を見開いて委員長を見つめた。
この冷たい場所で、誰も理解してなんかくれないと思っていた場所で。
私をわかってくれている人がいた。





「何、驚いてるの?」

「・・・へへっ。委員長っていい人だよね。」

「・・・。そんなこと言われたの初めてだわ。」

「え、本当?皆見る目ないなー!まあ私を見下す時点で見る目ないけどね!」

「・・・笑ってる場合?しっかり見てなさいよ。」





委員長が私から顔を背けて、水鏡を覗き込んだ。
彼女との約束の日は、もうすぐそこまで来ていた。
けれど英士が私のことを思い出す気配は一向に見えなかった。













「ねえ委員長。」

「・・・何?」

「どうして天使長様は、私にチャンスをくれたの?反対の意見だっていっぱいあったでしょう?」

「・・・さっきのでわからなかった?」

「・・・え・・・?」

「私たちは誰かを不幸にしたいわけじゃない。誰にだって、幸せになってもらいたいのよ。」

「・・・!」

「天使長様は貴方たちの気持ちを試しているの。アンタを人間に変えてもいいのか。
その先郭くんは不幸にならないか。貴方たちがどれだけ・・・」









「お互いを想いあっているのか。」










「いくら落ちこぼれって言われるアンタの力とはいえ、封じた記憶が戻るなんて奇跡が起きたのなら
信じてもいいと、そう思っているのよ。」

「・・・そっか・・・。」





委員長に向けて、小さく笑みを向けると彼女はまた顔を背けた。
天使長補佐になったとはいえ、私にここまで付き合ってくれる彼女。
私と行動することが多くなったことで、クラスメートにもバカにされたのかもしれない。
でも、それでも委員長は私の側にいてくれた。





「ありがとう委員長。・・・ううん、ちゃん!」

「なっ・・・いきなり名前で呼ばないでよ!」

「やっだー!呼ばれなれてないのかなー?!赤くなっちゃってー!」

「からかわないで!アンタのそういうところがウザイってのよ!」

「しょうがないの!そういう性格なんです!」

「しょうがなくないわよ。性格なんて自分で直そうと思えば直せるものなんだか・・・」






バシャッ・・・






「・・・水面が・・・。」

「・・・まさか・・・!」





静かな波だけを起こしていた水面が、バシャリバシャリと音を立てて動き出した。
歪んだ水面を覗くと、そこには受話器を持って呆然とした英士の姿。

そして、英士はその場を駆け出す。





「何・・・?!どうしたの英士!」

「記憶が・・・!嘘でしょう・・・?!」





英士が向かったのは、私たちが初めて出会った公園。
息を切らし、周りをキョロキョロと見渡す。

そして、今私たちが見ているのがわかっているかのように。
上を向き、おそらく彼の目に映っているだろう夜空を見上げた。



そして。



そして、英士は口を開き








っ!!」








私の名前を、叫んだ。






普段大きな声なんて出さないのに、





もう戻るはずのなかった記憶だったのに





それでも、今彼は確かに。








「・・・英士っ・・・!!英士!英士!!」







聞こえるはずなんてないけれど、私は水鏡に映る彼に向かって必死で叫んでいた。

















「・・・賭けはアンタの勝ちね。信じられないけど。」

ちゃん・・・。」

「それじゃあ・・・」





ちゃんが優しい顔で笑ってる。
綺麗で、優しくて、温かい笑顔。





ちゃっ・・・ありがと・・・」

「それじゃあ、行ってらっしゃい。」

「・・・は・・・?」





その綺麗な笑顔で、前のめりで水鏡を覗いていた私の背中を軽く押した。
当然、私の体は水鏡の中に向かい倒れてゆく。





「わ、わ、」

「後は天使長様に任せて。一刻も早く会いたいんでしょ?」

「それでもこんな急にはどうかと思っ・・・きゃあああああーーーー!!」





ついにバランスを保てなくなった私は、水鏡の中に体ごと突っ込んだ。
けれど、怖くはなかった。つらくもなかった。







だってこの先にはきっと、ずっと欲しかった幸せが待っているから。













TOP  NEXT