押し込められていた記憶。






そう、俺の隣には確かに。















落ちてきた天使
















「おーっす英士!ってあれ?寝不足か?」

「別に。」

「何かお前、最近調子悪そうじゃねえ?」

「別に普通だよ。何てことない。」

「そっかー?ま、無理はすんなよな!」

「わかってるよ。」





いつもの日常に違和感を感じて。
それに気づいてから、何故だかよく眠れない。
こんなこと、漠然としすぎていて、誰かに相談することさえバカらしい。





「なー英士英士!風祭にみゆきちゃんとどこまでいったか聞いてみようぜ!」

「止めなよ、バカらしい。」

「バカらしくなんてねえよ!健全な高校生男子の健全なギモンだ!!」

「勝手にして。俺は付き合う気ないから。」

「マージーでー!何だよ、俺一人欲求不満みたいじゃんか!」

「そうかもね。」

「ひでー!いいよもう!一馬連れてってやる!」





ああ、一馬を誘うじゃなくて、連れてってやるなんだ。
もう確定か。どうせ一馬は断りきれないから一緒に行くことになるんだろうけど。

ていうか、そうか。
理由は日常がどうとかじゃなくて、ストレスがたまってるのかも。
毎朝このうざったいくらいのテンションに、実は俺も疲れがたまっていたのかもしれない。





「ていうかさ、結人も彼女作れば?いくらでもいるでしょ。」

「おう!いくらでもいるさ!いるけど今はいいや!サッカーあるし。英士は?」

「俺も別にいらない。」

「だよなー!英士には・・・あれ?英士好きな奴いなかったっけ?」

「・・・何を・・・。いないよ。」

「なーんか俺も最近おかしいよなー。夢でも見てて、現実とごっちゃになってんのかなー。」

「そうじゃない?」

「夢にまで出てくるなんて、英士よっぽど俺のこと愛してるなっ?!」

「逆でしょ。まあ結人に愛されても気色悪いだけだけど。」

「ぎゃー!ひでーよ英士!」





俺自身も何かおかしく感じてるけど、確かに結人もおかしい。
桜井も何故か俺のクラスに来たり、水野もこの前何か俺に借りがなかったっけ、と聞いてきた。

そんな違和感など他愛のないことで、お互いの勘違いが重なっただけなんだけど。
気にすることなどないほどの、小さなことのはずなのに。

それでも何か落ち着かない。
そしてその理由を考えてみても、何も思い当たらない。
何かが胸につかえているような、そんな感覚が気持ち悪い。



















「はー。何だか二人での食卓は寂しいわねー。」

「は?」





夕食を食べているときの突然の一言。
驚いた顔をして母さんを見つめる俺を見て、母さんが小さく笑う。





「最近どうも寂しく感じちゃって。やだわ、年かしら!」

「・・・。」





その言葉に何も答えなかったのは、母さんの言葉に呆れたということもあった。
父さんが単身赴任を始めて、それからの数年間はずっと二人での食事だ。
もう慣れきっている二人での食卓なのに何を今更。

だけど、もうひとつの理由。それは。

俺もこの二人での食卓に何かを感じていたから。
それが寂しさだなんて、思いもしなかったけれど。





「たまには父さんに帰ってきてもらったら?むしろ母さんが父さんのところに行くのでもいいし。」

「そうかなー・・・。そうよねー?じゃあ英士も一緒に行きましょうか?」

「俺は寂しくないから、遠慮しとく。夫婦水入らずで楽しんできたら?」

「まっ!英士がそんなこと言ったらお父さん泣いちゃうわよ!」

「そんなことで泣く父親なんて嫌だよ。」





そんなくだらない話をしながら笑いあっていると
少し離れた場所から電話の音が響く。
母さんが席を立ち受話器を取ると、「あら、久しぶりー」なんて主婦独特の喋りが始まる。
ああ、母さんの知り合いか。そう思い、母さんの電話を気にすることなく俺は食事を続けた。





「英士ー!ユンくんよ!」

「は?ユン?」





10分ほど会話が続いた後に、母さんが笑顔で俺を呼ぶ。
って、電話の相手ってユン?!何でユンと母さんで話が盛り上がってるんだよ。
てっきりどこぞの主婦仲間かと思ってたのに。

まあユンの人あたりがいいのはいつものことだし、とため息をつきながら受話器を受け取る。すると瞬間、





『ヨンサーーー!!元気だったっ?!』





結人ばりの声の大きさに、思わず顔をしかめ耳から受話器を離した。
(ていうか既に離し気味だったけど)





『あれ?ヨンサ、ヨンサ?!聞こえてる?!』

「・・・聞こえてるからもっとボリューム下げて。」

『ちゃんと返事してくれなきゃ!最近連絡とってなかったけど元気だった?』

「まあ何も変わりはないよ。」

『結人は?一馬は?』

「相変わらず。」

は?!』










・・・え・・・?










も元気?今そこにいるの?』

「・・・は?」

『だからだってば!!』

「何、言ってるのユン。誰それ。」

『何?もしかしてまたとケンカでもしたの?もー!ダメだよヨンサ!女の子には優しくしてあげなきゃ!』





ユンが何を言っているのか、さっぱりわからない。
俺とケンカするような女の子なんて、近くにいた記憶はない。





「何なのユン。からかってるの?」

『ヨンサこそなんでそんな意地悪言うの?がかわいそうだよ!』

「だからって誰?」

『だからー!えっと・・・知り合いのムスメさんで、それでヨンサの家で預かってるんでしょー?!』

「知らないよ、そんな子。家には俺と母さんのずっと二人で・・・」






二人、で?






「はー。何だか二人での食卓は寂しいわねー。」



「あれ?でも英士、あの二人のこと結構気にしてなかったっけ?」



「・・・そうですよね!何で私このクラスの前にいたんだろう・・・。」



「郭、俺お前に借りがなかったか?」



「だよなー!英士には・・・あれ?英士好きな奴いなかったっけ?」







ずっと、感じていた違和感。








「だからだってば!!」









胸に何かがつかえて、俺を引き止めるような、そんな感覚。








『何のケンカしたんだか知らないけど、素直にならなきゃダメだよヨンサ!のこと好きなくせにー!』








忘れたくないと、叫び続けていた俺の記憶。









「私、頑張るから・・・!待っててね英士!」









俺の隣には、確かに誰かがいた。









思い出すことのできないその人の表情だけが見える。










笑ってる。










その子も、隣に並んでいる俺も。










二人で、一緒に。












「ごめんユン!」

『ちょっ・・・ヨンサ・・・?!』













俺は受話器を置いて、すぐさま外へと駆け出した。
後ろからは母さんの驚いた声がしたけれど、そんなこと気にしてる余裕なんてなくて。

ずっと俺を呼び止めていたのは誰?
思い出すことなんてできないのに、その人は、彼女は確かにここにいた。



ここにいて、俺の隣で一緒に、笑っていたんだ。













「・・・はあっ・・・はあ・・・」





必死で走り辿りついたのは、近くの公園。
もう暗くなったそこには人気はなく、光を照らし出すライトがチカチカと点滅している。





「・・・っ・・・。」





何故ここに来たのかはわからない。
けれど俺には、ここしかなかった。
何も思い出すことなんてできないのに、何故かこの場所に来ることしか頭になかった。



空を見上げる。
広がる星と、夜空を照らす月しかない。

けれど、俺は確かにここで出会った。





何に?







誰に?








誰に・・・?















「・・・っ!!」














自分でも驚くくらいの大きな声で、その名前を叫んだ。
そして、その直後。










きゃああああああああーーーーーーー!!!」










聞こえてきた、雄たけびのような声。
それとともに豪快に俺の目の前に落ちてきたのは、一人の少女。

どこから落ちてきたのかわからないその少女は







「ぷはー!!死ぬかと思った!!」







そう言って、その場にいた俺を見上げる。
そして、嬉しそうに、幸せそうに微笑んだ。








「私の名前は!人間になって英士に会いにきました!」









混乱した頭では、状況が何も理解できなくて。
俺はその光景に驚きながら、呆然と立ち尽くしていた。












TOP  NEXT