変わってしまった日常。





笑うことのできない自分。





その理由はわかってる。
















落ちてきた天使


















「やっぱり任務失敗か〜。さすが落ちこぼれだねー?」

「仕方ないって!つーかわかってたことだろ?言ってやるなよなー。」

「フォローになってねえよお前。まあする気もねえんだろうけど!」





クラスメイトの笑い声が聞こえる。
私の席から少し離れた場所で、けれど私に聞こえる声で。

いつもは何かしらの反論を返したり、笑って誤魔化したりしていたけれど。
今ばかりはそんな気分になれず、彼らの声が聞こえないフリをして、席に座り窓の外を眺めていた。





「あれ?何も反応なし?つまんなーい!」

「それだけ落ち込んでるんじゃねえの?わかってたことだろうにな。」

「ちゃんと側で言ってやった方がいいんじゃねえの?お前は落ちこぼれなんだって。」





その声はどんどん私に近づいてくる。
ああ、今は誰とも話したくないのに。皆、私が嫌いならばほっといてくれればいいのに。





「おーい落ちこぼれ・・・」

「うるさいわねアンタたち。」

「うわっと、委員長!」

「アンタたちだってギリギリの任務成功でしょう?課題だって残ってること忘れないでよ?」

「わ、わかってるよ!」





ああ、委員長だ。
成績優秀でめでたく天使長補佐に昇格した委員長には誰も逆らえない。





「・・・ちょっと。」

「・・・ん?」

「いつまで落ち込んでるわけ?アンタただでさえ任務に失敗したんだから、やることいっぱいあるのよ?!」

「あー・・・うん。そうだねー。」





私が気を失っている間に、全ては終わっていた。
任務は失敗に終わったこと。人間界にいた記録は全て消されたこと。
そして英士と結んだ契約によって、彼の私に関する記憶は戻ることがないこと。
全て、聞かされた。

あの契約が記憶を消すためのものだったなんて、ひどいなあ。
結局私は自分の力で英士の記憶を消したんだ。





「あの人間のことは忘れなさい。人間との恋だなんて、叶うわけがないんだから。」

「・・・あはは。」





私もそう思ってた。
叶うわけなんてないと、そう思ってた。
私が英士をどう思っても、それは彼を不幸にするだけだって。



だけど、英士は。
不幸になんてならないと、待っていてくれると、そう言ってくれた。











「・・・もういいわ。後ろばっかり向いてる奴にこれ以上何言っても無駄ね。」

「ははっ。相変わらず厳しいなあ、委員長は。」





私をここへ連れ戻した委員長。
英士と過ごせるほんのわずかの、最後の時間までもなくなってしまった。

委員長を恨んでいないと言ったら嘘になるけれど、それでも彼女の行動は間違っているものではない。
規律を重んじる委員長らしいというか・・・。

私はまた窓の外を眺めて、たった1ヶ月の、けれどとても幸せだった日々を思った。
その思い出は、とても温かくて幸せで、けれど切なかった。



たった少しの間だったけれど、私は本当に幸せで。
私は英士を好きになり、英士もまた私を好きになってくれた。

私たちはもう会うことはできないけれど、それでも私は英士が幸せになってくれればそれでいい。
最初からそう思っていたはずだ。その場所に私はいないけれど、それでも。

そうだ、それでいい。
英士は私を忘れ、心にしこりが残ってしまうようなこともないだろう。
それでいい。私の胸は暫く痛むのだろうけれど、私は天使として彼の幸せを願おう。



それで、いいんだ。














「マジでー?こんなこともできないのかよ落ち零れー!」

「うるさいなっ!人にはできることとできないことがあるのー!いいとこ悪いところがあるのー!」

「はっ!お前にいいところなんてあんのかよ!」

「成績悪くても、任務失敗しても、へこたれないこの強靭な心!」

「それいいところじゃねえよ!」

「そうだねー。君みたいに成績悪くて、ママに怒られて、一晩泣くとかはできないもーん!」

ちょ・・・なんで知って・・・ってちがーう!そんなことあるわけねえだろー?!」

「あははっ!人のことバカにするからだっ!」






あの短かった、幸せな日常じゃないけれど。



それでも、今までの日常を送る。



たとえどんなに冷たい場所でも、私は大丈夫。



ずっとこの生活だった。どんな言葉を投げつけられたって全然平気。





「本当ムカつくぜ、落ちこぼれのくせに!」

「落ちこぼれ上等だー!かかってこーい!」

「何だよコイツ。任務失敗してから更に落ちこぼれ度が悪化してねえ?」

「もういいよ。行こ行こっ!こんな奴に関わってらんないよ。」





呆れたように私をチラリと見て、クラスメイトは去ってゆく。
そんな蔑みの目も、バカにした言葉も慣れきっていたから。たいしたことじゃなかった。






















「おい!落ちこぼれ!ちょっと飯買ってこいよ!」

「え、やだよ。何で私が。」

「お前が落ちこぼれだからだよ!それくらいできんだろ?」

「え、やだよ。何で私が。」

「クラスで一番の落ちこぼれなんだから、当たり前だろ?!」

「え、やだよ。何で私が。」

「バカにしてんのか?!」

「いえ、ただの主張です。」

「最悪だ!ぶん殴られてえのか?!」

「はははっ!できるものならやってみなさい!先生に言いつけてやる!そして処分対象にでもなるがいい!」

「やっぱり最悪だコイツ・・・!」

「最悪なのはお前だ!弱いものイジメなんてしてっ!」

「いじめられてる本人が言うな!本当ムカつくなコイツ!」





そうして悪態をつきながら、今日の弱い者イジメも一段落つく。
私をただのパシリにできると思ったら大間違いだ。





、ちょっと来て!」

「委員長。え!委員長も弱い者いじめ?!」

「違うわよ!話があるの!」





怒っているかのように(っていつものことか)、私の腕を乱暴に掴んで廊下を歩いていく。
外に出て、中庭につくと委員長が私の腕を離し、小さなベンチに腰掛けた。





「・・・気持ち悪い。」

「え?!何が?!私に介抱してもらう為にわざわざここまで?!どんなツンデレ?!」

「違うわよ!もう・・・どうしてそうアンタは・・・!」

「えー。じゃあ何・・・?」

「わざとらしさが見えすぎて。気持ち悪いって言ってるの。」

「・・・え・・・?」





わざとらしい・・・?何が?何のこと?





「アンタは今までと同じようにしてるんだろうけど・・・!わざとおちゃらけて見せて、わざとらしく笑って・・・!
見てるこっちとしては気持ち悪いったらないわ!」

「・・・何・・・言ってるの?委員長・・・。」

「そうやって隠せてるつもり?こっちが不快になるから、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよね。」





「・・・毎回顔に出して俺を不快にするくらいなら話せば?」





委員長の言葉に、英士の言葉が重なった。
ひどいことを言うようで、私の心を見抜いていた英士。
なぜ今、委員長まで同じような言葉を使うの?





「前のアンタの方が自然だった。理由はわかってるけど・・・。
私を恨んでるなら、そう言いなさいよ。だからいつまで経ってもそんな顔のままなのよ。」





そんな顔・・・?
私はどんな顔をしていた?
英士と離れて、どんな顔で過ごしていた?





「ははっ・・・。何言ってるの委員長・・・。」

「それ、その顔。」





委員長が小さな手鏡を取り出し、私に突きつけた。
その鏡に映る、自分の顔。引きつったように笑う、自分の笑顔。





「・・・。」

「わかった?私、アンタのその顔を見てるとイライラするの。
だから、言いたいことがあるならはっきり言って。勿論、私も意見は言わせてもらうけどね。」





その鏡は、私の姿を忠実に映し出す。
変わることなんてないと思っていた。
今までと変わらず、どんなに冷たい場所でも、ずっと今まで通りでいればいいって。

ちゃんと今まで通りに過ごせてるって思ってた。今まで通りに、笑えてるって・・・そう、思ってた。





なのに。





「あ、ははっ・・・。」

「だから、その笑顔は止めてって・・・!」

「ダメだよ委員長。それは、無理。」









私、この場所でどうやって過ごしてた?








どうやって心の隙間を埋めていた?









どんな顔で、笑ってた?













「そんなの・・・わかんない。忘れちゃったよ・・・!」

「・・・。」












ねえ、どうしよう。









どうしたらいい?










私、英士の側じゃなきゃダメみたい。










英士の側じゃないと、ちゃんと笑えないよ。











英士が幸せになれればそれでいいだなんて、そんなのただの強がり。
本当は、英士とずっと一緒にいたい。英士に私のこと、思い出してほしい。
英士の側で、ずっと笑っていたい。





英士と一緒に・・・幸せになりたかった。










「・・・来なさい。」

「委員長?」

「いいから!とっとと動く!」

「はっ・・・はいっ!」









再度腕を引っ張られ、私はなすがままに委員長の後を追った。
何を聞いてもいつもの怒っているような態度で、睨みつけられるだけ。



人間界で私の心に気づいてくれたのは英士だった。
天界にも同じように、私の心に気づく人なんているわけがないと思っていた。



なのに委員長は私の心に気づいて。隠していた気持ちを引っ張り出して。
委員長が私をこの世界に連れ戻したのに。少しの時間の猶予も許してくれなかったくせに。

そんな委員長が何故こうして私を呼び出して、無言で腕を引いているのかわからない。
ただ、厳しいはずの委員長の目は少しだけ優しく見えて。
冷たいはずの委員長の手は、なぜだかとても温かく感じた。








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